ある日、突然、始まる親の介護。脳梗塞で身体に麻痺が残ったり、認知症を発症したりした親御さんを前に、戸惑いを隠せない人もいるのではないでしょうか。東京都在住で大手百貨店に勤めるユカコさん(50歳)もその一人です。

ある日、離れて住む母が認知症になったら
ある日、離れて住む母が認知症になったら

【ケーススタディ】シングルで、他に兄弟もいないユカコさんは、遠く離れた故郷の岡山県でひとり暮らしをしていた母・ヤエコさんに認知症の症状が出始めた当初、誰にも相談できずにいました。ヤエコさんが病院に行くことを頑なに拒んだこともあり、要介護認定を受けられず介護保険を利用することもできません。そのため、日常的な食事や洗濯などは民間のヘルパーに依頼し、週末になるとヤエコさんの面倒を見るために、東京と岡山を飛行機で往復する日々が始まったのです。

【前編:恐怖の「親の介護で離職」を防げる制度があること、知っていますか?】
【中編:親の介護にかかる平均期間は4年11か月。その間に「介護破産」しないためには?】

1年後、そんな生活に限界を感じたユカコさんは、一時は会社を辞めて退職金でヤエコさんの面倒を見ようと決意します。でも、上司の勧めで3カ月間の介護休業給付を取って、その間に地元の事業者と相談して介護体制を整えたことで、仕事をしながら遠距離介護ができるようになりました。

 心強かったのは地域包括支援センターの存在です。ヤエコさんを介護していくことに不安を抱えていたユカコさんに、認知症専門医を紹介してくれたり、介護保険の申請方法を教えてくれたり、遠距離介護ができるようなアイディアを教えてくれたのです。でも、介護保険は国の制度で利用には一定条件があるため、当初はユカコさんが期待していた通りに事は運びませんでした。

 ユカコさんは、ヤエコさんをなんらかの介護施設に入所させたいと思っていたのですが、介護度が「要介護1」と認定されたヤエコさんは、特別養護老人ホームには入所できませんでした。かといって民間の有料老人ホームは費用面でネックになりました。悩んでいたとき、地域包括支援センターの相談員が教えてくれたのが「地域密着型サービス」でした。

市町村主体の地域密着型サービスが、地域ぐるみで高齢者をサポート

「これまで親御さんの介護をしている人を取材するなかで、仕事と介護の両立に成功していた人の多くが利用していたのが『地域密着型サービス』です。介護状態が進んでも住み慣れた地域で暮らせるサービスが用意されているので、ぜひとも知っておいてほしいと思います」

 こう話すのは『書き込み式!親の入院・介護・亡くなった時に備えておく情報ノート』(翔泳社)などの著書があり、介護問題に詳しいジャーナリストの村田くみさんです。ご自身も親御さんの介護をしながら仕事を続け、ジャーナリストとして幅広い分野で活躍されています。

 前回、介護保険で利用できるサービスには、自宅で受ける「居宅(在宅)サービス」、介護施設に入所して受ける「施設サービス」があることをお伝えしました。地域密着型サービスは、この2つに続く第3のカテゴリーとして、2006年度の制度改正のときに始まりました。認知症のある人、病院を退院した直後の人などの介護状態が進んでも、住み慣れた市町村で暮らし続けられるように、地域ぐるみで高齢者を支援することを目的としたサービスです。

「地域密着」を謳う通り、このサービスには次の3つの特徴があります。

■サービスを提供する事業所の指定と指揮監督は市町村が行う

■その市町村に住んでいる住民しか利用できない

■事業所は、地域住民との交流が持てる住宅地などに建てられる

 居宅(在宅)サービスや施設サービスは、都道府県が事業所の指定や指揮監督などを行いますが、地域密着型サービスは市町村が主体です。事業所の人員や施設の基準、介護報酬などは、それぞれの市町村が実情に合わせて決められるので、地域住民のニーズに合ったきめ細やかなサービスを利用することが可能になっています。

 現在、地域密着型サービスには次の9種類があります。

社会と家族と、手と手を取り合って
社会と家族と、手と手を取り合って

■1:定期巡回・随時対応型訪問介護看護

日中・夜間を通して自宅などに定期的に巡回してもらえるだけではなく、緊急時も必要に応じて随時訪問してくれます。ヘルパーによる食事や入浴、排泄の介助のほか、訪問看護も受けられます。服薬や水分補給などの短時間介助を複数回行うことで、要介護度が中・重度、終末期の在宅生活も支援してくれます。

■2:夜間対応型訪問介護

ヘルパーが夜間帯(夜10時~翌朝6時)のみに自宅を訪問して、排泄の介助などの生活援助を行うサービスです。定期的に訪問してもらう「定期巡回」と、緊急時だけ来てもらう「随時対応」の2種類があります。

■3:認知症対応型通所介護(認知症デイサービス)

認知症と診断された人専用のデイサービス。日中、事業所に通って食事や入浴などの支援や介護を受けたり、機能訓練を行ったりします。定員は最大12名の小規模事業所です。

■4:小規模多機能型居宅介護

「通い(デイサービス)」「訪問(訪問介護)」「宿泊(ショートステイ)」の3つを、ニーズに応じて柔軟に組み合わせられるサービスです。施設で働く同じスタッフが3つのサービスすべてに従事するので、顔なじみのスタッフから介護を受けられるメリットがあります。

■5:看護小規模多機能型居宅介護(複合型サービス)

「通い・訪問・宿泊」の3つのサービスを受けられる小規模多機能型居宅介護に、医療的なケアを受けられる訪問看護をプラスしたサービス。

■6:認知症対応型共同生活介護(認知症高齢者グループホーム)

認知症と診断された人が、5~9人の少人数で共同生活を送るグループホームです。家庭的な環境のなかで介護スタッフと一緒に日常生活を送りながら、食事や入浴、排泄の介護、日常生活上の世話、機能訓練などを受けられます。

■7:地域密着型特定施設入居者生活介護

定員29人以下の小規模な有料老人ホーム、養護老人ホーム、軽費老人ホームに入所している人が、食事や入浴、排泄などの介護、日常生活上の世話、機能訓練などを受けられます。

■8:地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護

定員29人以下の小規模な特別養護老人ホームに入所している人が、食事や入浴、排泄などの介護、日常生活上の世話、機能訓練などを受けられます。

■9:地域密着型通所介護

定員18人以下の小規模な施設で、日帰りで食事や入浴などの介護、機能訓練を受けることができます。

※このほかに介護予防のサービスもある

とくに、①の「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」、②の「夜間対応型訪問介護」は、今、国が進めている地域包括ケアシステムの中核となるサービスです。病気やケガをして身体が思うように動かなくなったり、認知症を発症したりしても、人生の最終段階まで住み慣れた地域でその人らしく生きていくことを支援していくためにつくられました。

「地域密着型サービスは、サービスを受ける回数、時間なども融通が利いて、居宅サービスや施設サービスに比べると柔軟に対応してもらえます。顔なじみのスタッフさんが対応してくれるのも安心です。ただし、9種類のサービスのうち、実際に用意されているものは自治体によって異なるので、自分が住んでいる市町村にはどんなサービスがあるのか調べてみるといいでしょう」(村田さん)

 費用は、サービスの種類によって異なりますが、介護事業者に支払われる料金は「月額包括報酬」といって、「1か月あたりいくら」の定額のものも多く、使い勝手がよいのも特徴です。

 たとえば、神奈川県横浜市で、①の「定期巡回・随時対応型訪問介護看護(訪問看護ありの場合)」を要介護1の人が利用すると、1カ月の自己負担額は1割負担の人で約9000円。2割負担の高所得層でも、1万8000円程度です。

また、④の「小規模多機能型居宅介護(同一建物に居住していない利用者の場合)」の、要介護1の人の1か月利用料(介護保険の自己負担分)は、1割負担の約1万1000円。2割負担の人で約2万2000円です。

介護保険で地域密着型サービスを利用すれば、自己負担するお金を抑えながら、長年住み慣れた自宅での介護も決して無理な話ではないのです。

 そこで、ユカコさんはこの地域密着型サービスを利用するために、ケアマネージャー(ケアマネ)と相談しながら、ケアプラン(介護保険でサービスを受けるための計画書)をつくってもらうことにしました。

認知症の人が共同生活を送る、グループホームへの入所を検討

ユカコさんは■6:認知症対応型共同生活介護(認知症高齢者グループホーム)を利用することに
ユカコさんは■6:認知症対応型共同生活介護(認知症高齢者グループホーム)を利用することに

「私がいない間、認知症のある母を実家にひとりにしておけないし、私に代わって日常的に見守りをしてくれる人が必要です。そこで、認知症対応型共同生活介護(認知症高齢者グループホーム)を利用できないかどうかを、ケアマネさんに相談したんです」(ユカコさん)

 地域にある介護事業所の情報に詳しいケアマネージャーに、入所できそうなグループホームを探してもらったところ、タイミングよく新しくできたばかりのところが見つかりました。

「実家からも近いし、スタッフの方も気持ちよく接してくれるので、これなら安心して母をお任せできると思って、入所を決めました」(ユカコさん)

 グループホームの費用は、地域や施設ごとに異なります。まず、利用にあたっては入所時に一時金が必要で、高いところだと100万円というところもありますが、10万~20万円程度が一般的です。有料老人ホームのように数百万もかかるわけではないので、その点でまず安心できます。また、この一時金は退所するときに、原則的に一部が返還されることになっています。

 介護保険のサービス費(自己負担分)も介護度や地域によって異なりますが、要介護1のヤエコさんは約2万2000円。このほかにかかるのが、家賃、食費、水道光熱費、管理費などの、いわゆるホテルコストです。これも施設ごとに千差万別ですが、ヤエコさんが入所したホームは約12万円。合計14万2000円が、ヤエコさんがグループホームを利用するためにかかる月額の費用です。

民間のヘルパー業者にお願いしていた時は、毎月約20万円のヘルパーさんへの支払いのほかに、食費や光熱費、雑費もかかっていたので、以前に比べるとずいぶん費用は安くなりました。

でも、これまでのようにユカコさんが貯蓄を取り崩して介護費用を負担し続けると、自分の暮らしもままならなくなります。そこで、この機会にユカコさんが、ヤエコさんの資産を管理するようにして、グループホームの費用はヤエコさんの遺族年金から支払うことにしました。

グループホーム入所後、ユカコさんは月に2~3回はヤエコさんの様子を見に岡山に帰っていますが、予定を立てられるようになったので、飛行機の早割や出張プランなどを活用して、交通費の負担も抑えられるようになりました。おかげで、あきらめていた趣味のピラティスや歌舞伎鑑賞も再開でき、心にも余裕が生まれるようになりました。

ひとりで何もかも抱え込んでいたときは絶望的な気分で、いっそヤエコさんとふたりで心中しようかと思うこともあったといます。でも、介護保険を使ってグループホームに入所してからは、気持ちに余裕が生まれてヤエコさんにも穏やかに接することができるようになりました。

「これも地域包括支援センターやグループホームのスタッフさんなど、多くの人の力を借りられたおかげです。仕事をやめていたら、私の人生はなんだったんだろうと、一生、母を恨んだかもしれません。あのとき、(介護休業給付を利用することを勧めて)引き留めてくれた上司には、本当に感謝しています」(ユカコさん)

年々増大する介護保険財政。それでも制度はなくならない

2000年の創設当初3.6兆円だった介護費用の総額は、2015年には9.8兆円まで膨らんでおり、財政的には厳しい運営が強いられています。そのため、介護保険料や自己負担割合も徐々に引き上げられています。

制度の存続の厳しさを指摘する声もありますが、介護保険はそれまで家族が担ってきた親の介護の負担を、社会全体で分かち合うためにつくられた制度です。高齢者が尊厳を持ち、自立した生活を送るための支援だけではなく、その介護者である家族を支えるための制度として、いまや介護保険はなくてはならない存在になっています。簡単になくなったりはしないので、適切に制度を利用しながら親の介護を乗り切りましょう。

国も働き方改革の一環として、働く人が介護休業を取りやすくして、介護離職を減らす政策を立てています。2017年1月に法改正を行い、介護休業給付を分割して取れるようになったほか、短時間勤務の拡大や残業免除制度なども導入されています。

「人手不足に悩む企業にとっても、長年勤めてくれた社員に介護離職されるのは痛手です。企業側も親の介護をする社員を支援する体制を少しずつ整えてきているので、自分の会社にある制度をフル活用して、仕事を続ける方法を探ってほしいと思います」(村田さん)

介護中は、突発的なことで仕事を休まなければいけないことも出てきます。日頃から上司や同僚とコミュニケーションを取り、自分や親の状況を説明し、「迷惑かけることがあるかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします」など、周りの人の理解を得られる努力をしておくことも大切です。

 介護はいつ始まって、いつ終わるかわかりません。介護度は徐々に進み、身体状態も家族の負担の重さもその時々で変わっていくので、ケアプランや入所施設の見直しがその都度、必要になるケースもあります。でも、どんなときもひとりで抱え込まず、周りの人の力を借りれば、きっとよい道は見つかるはずです。そして、振り返ったときに、親も自分も「よい人生だった」と思えるような、そんな選択をしてほしいと思います。

村田くみさん
ジャーナリスト/一般社団法人介護離職防止対策促進機構アドバイザー
(むらた くみ)1969年生まれ。会社員を経て、1995年に毎日新聞社入社。週刊誌「サンデー毎日」の記者を経て、フリーランスライターに。おもに経済、環境、介護問題に携わる。父親を看取り、現在は母親の介護をしながら、ジャーナリスト、ファイナンシャル・プランナー(AFP)として週刊誌などで、社会保障、介護、マネー関連の記事を執筆。2016年1月、一般社団法人介護離職防止対策推進機構のアドバイザーに就任。著書に『おひとりさま介護』(河出書房新社)、『書き込み式!親の入院・介護・亡くなった時に備えておく情報ノート』(翔泳社)。共著に『介護破産 働きながら介護を続ける方法』(KADOKAWA)がある。
この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。