【ケーススタディ】大手百貨店に勤めるユカコさん(50歳)は、東京での仕事を続けながら、月に2~3回は岡山県にある実家に帰って母親のヤエコさんの介護をしています。
【前編:恐怖の「親の介護で離職」「介護で破産」を防げる制度があること、知っていますか?】
最近は心にも余裕が出て、仕事と介護の合間に趣味のピラティスや歌舞伎鑑賞をする時間を持てるようになりました。でも、「もしかしたら、私も介護破産や介護離職をしていたかも」と脳裏をよぎることがあります。
93日間の介護休業給付を受け、長丁場の介護体制を整える
2013年の秋、叔母さんからの電話で久しぶりに帰省したユカコさんは、実家の変わりように愕然としました。いつも掃除が行き届いていた部屋には、段ボールがうず高く積み上げられ、キッチンには使ったままの食器や鍋がそのままになっていました。クローゼットには粗相をした下着が何枚も隠されていて、母・ヤエコさんの認知症を疑うようになったのです。
以来、平日は民間のヘルパー会社に家事を依頼し、週末になるとユカコさんが実家に帰ってヤエコさんの様子を見る、といった生活が始まりました。そんな生活が1年続いたある日、ユカコさんの心と身体は限界に達しました。
「もう、これ以上、この生活を続けるのは無理。仕事を辞めて岡山に帰って、退職金で母の面倒を見よう」
いったんは退職を決意したユカコさんでしたが、上司のアドバイスで雇用保険の「介護休業給付」の存在を知ります。
介護休業給付は、介護休暇のひとつで、雇用保険に加入する会社員、パート職員などが利用できる制度です。介護が必要な家族ひとりにつき、通算93日間の介護休暇がとれて、その間は給与の67%が所得補償されます。
育児と違って、介護は「いつまで」という明確な期限がないので、93日では足りないと思うかもしれません。でも、3か月あれば、介護保険の申請、介護施設探しのほか、自宅をバリアフリーに改装するといったことはできるはずです。介護休業給付は、家族が自ら介護するというより、介護体制を整えるための休暇と捉えたほうがいいでしょう。また、独自の制度を設けている会社もあるので、勤務先の「介護で使える制度」を探してみましょう。
ユカコさんも、この介護休業給付を利用して実家に帰り、その間に地元の介護事業者と相談してヤエコさんの介護体制を整えました。そのおかげで、介護離職・介護破産を避けることができたのです。
では、ユカコさんは実際にどのようにして母・ヤエコさんの遠距離介護を乗り切っているのでしょうか。
介護サービスを利用するために、まずは「要介護認定」を受ける
ユカコさんが介護破産・介護離職の一歩手前まで追い込まれたのは、お母さんが「なんでもない」と医師の診察を受けることを拒み、生活支援を民間のヘルパーだけに頼って、公的な介護保険や行政サービスを利用しなかったのが原因のひとつです。
『書き込み式!親の入院・介護・亡くなった時に備えておく情報ノート』(翔泳社)などの著書があり、介護問題に詳しいジャーナリストの村田くみさんは、「お金がある人は、介護もお金だけで解決しようとしてしまい、経済的な負担が大きくなりがち」だといいます。
生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査」(平成27年度)によると、介護期間は平均で4年11か月。4~10年未満と答えた人も3割いました。なまじお金があると、とにかく現状打破のために民間のヘルパーなどに頼みがちですが、長引くと経済的な負担は大きくなります。
「生命保険文化センターの調査にもあるように、介護は長丁場です。多少、経済的に余裕があっても、ユカコさんのように民間のヘルパー業者だけで乗り切ろうとすると、あっという間に貯蓄は底をついてします。かといって家族だけで介護を担うのは負担が大き過ぎるので、公的な介護保険を上手に利用してほしいと思います」
介護保険は2000年にスタートした国の制度で、介護の負担を社会全体で支えるためにつくられたものです。40歳になると加入が義務付けられ、健康保険料と一緒に介護保険料が徴収されるようになります。
サービスを利用できるのは、原則的65歳以上で介護が必要になった人で、65歳になると自治体から介護保険被保険者証が交付されます(40~64歳でも認知症や脳血管疾患など、加齢が原因で起こる病気で介護が必要になった場合は利用可能)。
ただし、健康保険と違って、介護保険は被保険者証を見せれば、いつでも、どこでも、好きなだけサービスを利用できるというものではありません。事前に「要介護認定」という審査を受け、その人の要介護度に応じて1カ月に介護保険で利用できるサービスの限度額が決められます。
この要介護認定を受けないと、介護保険は利用できないのですが、親の介護は人生に何度も経験することではありません。突然、「親に認知症の症状が表れた」「脳梗塞で倒れて身体麻痺が残った」といったことが起きた時、どこに相談したらいいのか分からずに途方に暮れてしまう人もいるようです。そんな時、真っ先に思いだしてほしいのが「地域包括支援センター」です。
「地域包括支援センターは、介護が必要な人やその家族のための相談窓口で、市区町村にある公立中学校と同じ区域にひとつずつ設けられています。要介護認定の申請方法、介護保険で受けられるサービスなどを教えてくれるだけではなく、ヤエコさんのように認知症かもしれないという人には、認知症の専門医を紹介してくれます。介護が必要になったら、まずは近所にある地域包括支援センターに行ってみましょう」(村田さん)
3か月の介護休業をとったことで、腰を据えて介護体制づくりができるようになったユカコさんも、まずは地域包括支援センターを訪れ、要介護認定の申請をしました。
要介護度は、要支援1・2、要介護1・2・3・4・5の全部で7区分。要支援は、生活機能は低下しているものの改善の可能性が高いと見込まれる状態です。要介護は、なんらかの介護サービスが必要な状態で、数字が大きくなるほど介護の必要性が高いと判断され、使えるサービスの限度額も増えていきます。
要介護認定の手順は、まず自宅などに調査員が来て、介護が必要な本人や家族などから日常生活で困っていること、心身の状態などを聞き取り、かかりつけの主治医などが医学的立場から意見書を作成して、判定の判断材料が集められます。その後、コンピューターによる一時判定、介護認定調査会による二次判定を経て、要介護度が決められます。
認定調査の結果、身体機能の衰えは少ないものの、認知症があり金銭管理や薬の服用管理がひとりでできないヤエコさんは、「要介護1」と判定されました。
居宅サービスをフル活用して、在宅介護をしている人も
介護保険を使って利用できるサービスは要介護度によって異なり、要介護1のヤエコさんは月額16万6920円まで。利用者は、この範囲内で介護サービスを利用して、実際に使ったサービスの1割(単身で年収280万円以上は2割)を自己負担します。この金額以上のサービスを受けることを希望する場合は、全額自己負担になります。
介護保険で利用できるものには、自宅で受ける「居宅(在宅)サービス」で、施設に入所して受ける「施設サービス」が「あります。
居宅サービスは、おもに次の3つに分類されます。
〇訪問サービス…自宅に訪問してもらって受けるサービス
・訪問介護…ホームヘルパーに食事や入浴などの介助、生活支援を受ける
・訪問入浴介護…浴槽を積んだ入浴車に来てもらい入浴の介助を受ける
・訪問看護…看護師や保健師から点滴の管理や床ずれの手当などを受ける
・訪問リハビリテーション…理学療法士や作業療法士からリハビリを受ける
・居宅療養管理指導…医師や歯科医師、薬剤師などから療養の管理・指導を受ける
〇通所サービス…日帰りで施設に出かけて受けるサービス
・通所介護…デイサービスセンターで食事や入浴などの介護サービスや生活機能向上訓練を受ける
・通所リハビリテーション…介護老人保健施設(老人保健施設)などで機能訓練を受ける
〇短期入所サービス…1週間など短期間、施設などで宿泊して受けるサービス
・短期入所生活介護…介護老人福祉施設などに短期間入所して、食事や入浴などの介護サービス、生活機能維持・向上訓練を受ける
・短期入所療養介護…介護老人保健施設などに短期間入所して、医学的管理のもと、医療、介護、機能訓練を受ける
このように、居宅サービスには、生活支援からリハビリ、医療的措置までさまざまなものがあるので、これらを組み合わせて使えば家族の労力はかなり軽くできそうです。
「介護保険以外にも、食事の宅配サービス、介護用おむつの支給、見守り・安否確認サービスなど独自のサービスを展開している自治体もあります。介護保険、自治体のサービス、ボランティアなど地域資源を利用して、働きながら自宅で介護を続けている人はけっこういます」(村田さん)
ひと昔前とは異なり、介護保険や行政サービスは発達してきており、在宅医療に力をいれ、看取りまで行う診療所も少しずつですが出てきています。希望すれば高齢の人が最後まで住み慣れた自宅で暮らすことは可能になっています。
ただし、ユカコさんのように、親と遠く離れて暮らしている場合は、ヤエコさんを自宅にひとりにしておくのは心配です。そうした場合に視野に入れたいのが介護施設です。
特養に入れれば安心だが、待機者が多くすぐには入れない
施設サービスには、おもに次の3つがあります。
〇特別養護老人ホーム(特養)…常に介護が必要な状態で、自宅介護ができない人が対象の施設。食事や入浴などの日常生活の介護や健康管理を受ける
〇介護老人保健施設(老健)…病状が安定して、リハビリに重点をおいた介護が必要な人が対象の施設。医学的管理のもとで介護や看護、リハビリを受ける
〇介護療養型医療施設(療養病床)…急性期の治療が終わり、病状は安定しているが長期にわたって療養が必要な人が対象の施設。介護体制の整った医療施設(病院)で医療や看護を受ける。ただし、2018年3月に廃止が決まっている
このほか、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)、シニア向け分譲マンション、シルバーハウジングなど、賃貸や分譲物件に住みながら、介護が必要になったら介護保険の居宅サービスを利用するといった方法もあります。
特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの介護施設なら、月々8万~13万円程度で利用でき、常に介護スタッフがいるので安心ですし、経済的な負担も抑えられます。でも、特養や老健は、原則的に要介護3以上でないと受け入れてもらえません。やむをえない事情があれば、要介護1、2の人でも入れることもありますが、入所を待っている待機者が多いので、希望してもすぐに入れるかどうかはわかりません。
民間事業者が運営する有料老人ホームは空きがあれば入れますが、数百万~1千万円程度のまとまった一時金のほか、月額の費用が15~30万円程度かかり、経済的な負担は大きくなります。
すでに、ヤエコさんの介護のために貯蓄の多くの取り崩しているユカコさんには、有料老人ホームの入所費用を用意することはできません。要介護認定を受ければ、介護問題はすべて解決すると期待していたユカコさんですが、そう簡単なことではありませんでした。
介護休業給付の期限も迫っています。ヤエコさんの介護体制作りが、暗礁に乗り上げたかに思えたとき、地域包括支援センターの相談員がひとつの解決策を教えてくれたのです。
「ユカコさん、地域密着型サービスって知ってますか?これを利用すれば、東京で働きながら、お母さんの介護はできるかもしれませんよ」
地域密着型サービス。はじめて聞く言葉でしたが、上司が教えてくれた介護休業給付と同様に、ユカコさんを救ってくれる頼もしい救世主のように感じました。
実際、ヤエコさんが「地域密着型サービス」を利用することで、ユカコさんは遠距離介護を続けることができるようになりました。次回は、仕事と介護の両立を可能にする「地域密着型サービス」について紹介します。
- TEXT :
- 早川幸子さん フリーランスライター