「育ててもらった歌舞伎に恩返しをしたい」俳優・中村隼人さん
「背負うものなき道の険しさ台詞のない役で正座を続けた」
瞳の奥に宿す温かさ、醸し出す品格に魅せられ、ふっと場が和らぐ。周囲を笑顔にする、唯一無二の華のある人だ。
梨園で女方の家系に生まれた隼人さんが、立役を目指そうと決めたのは16歳のとき。人間国宝・坂東玉三郎さんにその才を見出されて相手役を勤め、「あなたはこの道で進みなさい」と背中を押された。しかしそれは、代々続く役というレールのない道程だった。
「歌舞伎には家ごとに継承すべき演目があるのですが、転向した僕にはないのでお稽古も探り探り。自由という見方もあるかもしれないけれど、重さを“背負っていない”ことが悔しかったですね。舞台に上がっても台詞のない役で、1時間正座しながら先輩方の芝居を眺める日々。『自分は必要とされているのだろうか』という葛藤は長くありました」
転機は23歳。スーパー歌舞伎II『ワンピース』で、サンジ役に抜擢された。スーツを着て、刀を使わずに蹴りで戦うキャラクター。大好きな漫画が原作だったからこそ、一ファンとしては、驚きと迷いがあったという。
「でも、あるものを大切に守るだけでは、新しいお客様には振り向いていただけない。一見、歌舞伎から最も遠く感じる役をどうやって表現しようかと試行錯誤するなかで、時代の流行を取り入れて歴史に残してきた歌舞伎が本来もつ柔軟性に触れたんです。さらに、自分がつくり上げたものに評価をいただき、結果それが次の仕事につながっていく…という変化を肌で感じて。なにより、それまで歌舞伎を知らなかった方も含めて、たくさんの人が楽しんでくださったことが本当にうれしかった。自分にとって大きな糧となり、腐らずに努力していたら報われるはずだと信じられるようになりましたね」
「自分で金字塔をうち立てたら終わり。過去に生きるより、今を更新して成長する」
新作で、まだ見ぬ芸の扉を臆さず開けるのも、古典があってこそだという。追求するのは、先人に磨かれた“型”だ。
「古典の役は江戸時代から上演され続け、そぎ落とされたもの。20代そこそこの役者が何かオリジナリティを入れたとして、400年の歴史に勝てるわけもないんですよね。自分が教えていただくのは、本当に尊敬している先輩方ですから、いい意味で真似をしつつ、なぜそこに行き着いたか、なぜこの型になっているかを考えながら演じています」
歌舞伎界に限らず、関わる現場で愛されるのは、何事も主体的に学ぶ姿勢に飾らない人柄が表れているからだろう。
「僕、メモ魔なんです。教えていただいたことは台本にもびっちり書き込んで、質問もめちゃくちゃしますね。大前提として基本は事前に勉強し、その“向こう側”を聞けるよう準備していけたらと。もともとは人見知りですし、嫌われたくない願望が強いタイプ。器用ではないので、自分をつくったところで見抜かれてしまいますから、弱い部分もさらけ出すようにしています」
心に刻んでいるのは、俳優・浅野和之さんの『自分で金字塔を立てるな』という言葉。
「どれだけお客様が入っても、あれが当たり役だと言われても、過去の作品を自分で評価すると成長が止まる、と。仕事に限らず、人生で今がいちばんいいなと前向きに考えられるようになりましたね」
2023年には、主演ドラマ『大富豪同心』の続編がスタート。舞台『巌流島』では、佐々木小次郎役でアクションにも挑む。
「今までやってきたことが通用するのか試される12か月。楽しみでもあり不安でもありますが、いい作品にすることで歌舞伎界も盛り上げて、恩返しをしたいです」
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