「釈迦に説法」は「身の程知らず」「見当違いな行為」の意味をもつことわざですが、謙遜しながら自分の意見を述べる際に、クッション言葉のようにも使われます。とはいえ、使い方次第では嫌味のようにとられてしまうこともありますから、注意が必要です。今回は「釈迦に説法」の由来や意味、使い方を解説します。

【目次】

知らずにやってしまうと恥ずかしい…。……。。
知らずにやってしまうと恥ずかしい…。

【「意味」と「読み方」は?「釈迦に説法」の「基礎知識」】 

■「読み方」は? 

「しゃか・に・せっぽう」と読みます。

■由来は

「釈迦」とはご存じ、仏教の開祖である「お釈迦様」を指します。「説法」は「教法を説きあかすこと。宗教の教義を説き聞かせること」です。従って、「釈迦に説法」を直訳すると「仏教の開祖であるお釈迦様当人に向かって、仏教の教えを説くこと」。「釈迦に説法」ということわざの語源はここからきています。

■「釈迦に説法」の「意味」を簡潔に言うと?

仏教に関して、開祖であるお釈迦様以上に深く知る人はいませんね。にもかかわらず、お釈迦さまに対し仏法を説いてしまうように、ある分野の達人やその道を知り尽くしている人に、それを教えることの愚かさをたとえて「釈迦に説法」あるいは「釈迦に経」といいます。「身の程知らず」「見当違いで愚かな行為」ということです。


【「釈迦に説法」の理解を深める「例文」4選】

「釈迦に説法」は、素人が専門家に向かって助言を与えたり、教えようとする行為を指して使われます。
例えば、ホームセンターの販売員が道具を買いにきた職人さんに対して、いかにその道具を使いこなすのが難しいかを得意気に語ってしまった、あるいは司法試験合格者である取引先の担当者に、コンプライアンスの大切さを説いてしまった…など、相手がその道のエキスパートであることを知らずに蘊蓄(うんちく)を語ってしまうことの恥ずかしさは容易に想像がつくのではないでしょうか。

いくつか例文をご紹介しましょう。

■シーン1:謙遜して自分の意見を述べるためのクッション言葉として

・「釈迦に説法とは承知しておりますが、製品の仕様変更がございましたので説明させていただきます」
・「釈迦に説法ではございますが、現場感覚とのズレを修正する必要があるかと存じます」

■シーン2:自分の非を詫びたり、誰かをたしなめる際に

・「釈迦に説法の発言となってしまいました。大変申し訳ございません」

・「○○部長は1級建築士の資格をおもちだ。君がそんなことを言うのは釈迦に説法だよ、慎みなさい」


【似た意味をもつ「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現】  

■「孔子に悟道」

「悟道」とは人の道を説くこと。熟知している者に余計な意見や教えを説くこと。説く必要のないことをするたとえ。

「猿に木登り」

「サルに木登り」は「木登りの名人である猿に木登りを教えるような行為」を指します。無駄な行為のたとえです。

「河童に水練」

泳ぎの上手な河童に泳ぎを教えようとすることから、見当違いで無駄なことのたとえ。


【「釈迦に説法」の対義語は?】

■「馬の耳に念仏」

「釈迦に説法」は「ある分野の達人にその道を説くことの愚かさ」を示すことわざです。対義語は「愚か者に道を説いても無駄」という意味になります。それに当てはまるのが「馬の耳に念仏」。いくら言って聞かせても聞き入れようとせず、効き目のないことのたとえです。

同様のたとえはいくつかあります。

■「馬の耳に風」 ■「犬に論語」 ■「馬に経文」 ■「馬の耳に念仏」 ■「豚に真珠」


【「釈迦に説法」をビジネスシーンで使うときの「注意点」】

■嫌味に受け取られるリスクも自覚して

「〇〇さんにこんなことを申し上げるのは釈迦に説法とは思いますが…」。
自分では謙遜して言ったつもりでも、「力量は圧倒的に自分が上」であることが周知の事実である場合、相手は嫌味と受け取ってしまうかもしれません。また、人によっては謙遜とは受け取らず、自分の考えを否定されたように感じる人もいるようです。「釈迦に説法とは存じますが」「釈迦に説法とは承知しておりますが」など、より丁寧な敬語表現で使用しましょう。

■自分のこととしては使わない

「私は法学部卒です。コンプライアンスについての説明は釈迦に説法ですよ」
もしもこんな発言をしてしまったら、相手が目上である場合はもちろんのこと、対等な立場にあったとしても、よい印象をもたれることなどないでしょう。「釈迦に説法」を自分のこととして使うと、「私はその道の達人だ」と宣言しているようなものだからです。謙虚な姿勢とは真逆の発言であることをお忘れなく。

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Twitterなど、互いの素性がよくわからないSNS上のやりとりでは、相手の技量を測るのは難しいものです。とても控え目な書き込みをしている人が実はその道の専門家だったなど、気づかぬうちに「釈迦に説法」な状況に陥ってしまうことがあるかもしれません。自分に多少の心得があったり、趣味として長く関わっていることであっても、常に謙虚な姿勢でいることが大切ですね。

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