時計界の最前線で活躍する本間恵子さん×柴田 充さんによる白熱対談|軽やかな個性の風と共にラグジュアリーウォッチの新時代到来!

クリエイションが開花して百花繚乱の様相を呈する高級時計の世界は、新たな価値観を表現し始めています。改めてその意義が見直される新時代、時計界を長く見守るジャーナリストのおふたりを迎えて、「軽やかに」時計と向き合う術を、お話しいただきました。

本間 恵子さん
ウォッチ&ジュエリージャーナリスト
(ほんま・けいこ)ジュエリーデザイナーや宝飾専門誌の編集者を経て独立。とりわけハイジュエリーの世界に精通する日本でも数少ないひとり。各地の工房取材やスイス時計取材などによる豊富な知見から、さまざまなメディアに寄稿。TV出演なども精力的に行う。
柴田 充さん
時計ジャーナリスト・ライター
(しばた・みつる)自動車関連の広告会社勤務を経て、フリーランスに。スイスの時計取材歴は20年を超えるベテラン。時計だけでなく、クルマや映画、ファッションなどのカルチャーへの造詣の深さを生かしたコメントが魅力。多くの男性向けメディアで執筆する。

本間:先日、東京で催された「パテック フィリップ」の《ウォッチアート・グランド・エキシビション》には行かれましたか?
柴田:はい、内容がもりだくさんで、まるで図録を読んでいるようでしたね(笑)。
本間:「レア・ハンドクラフト」コレクションや文字盤装飾の実演に見入りました。
柴田:過去から現代に連なる、時計に注がれた叡知が見てとれました。東京限定モデルのカラーダイヤルも美しかった。
本間:伝統技術を現代的なアプローチで表現する方法も含めて、最近の時計に多く見られる「軽やかさ」が印象的でした。
柴田:デイリーユースやインフォーマルといった傾向とも合致しますね。物理的に軽量なだけでなく、存在感もどこか軽快で。
本間:高級なものでもさりげなく、さらりとつけこなす。いわゆる “クワイエットラグジュアリー” 的なアプローチも広く受け入れられているのでしょう。

「ダイヤルの美しく豊かな色彩は性別を超えて選択肢になった」―本間恵子さん

パテック フィリップの『カラトラバ 6127』と『カラトラバ 7127』
《ウォッチアート・グランド・エキシビション(東京2023)》に向けて2022年に発表された限定モデルとなる『カラトラバ』のペアウォッチ。ラッカーによるライラックとライトブルーがシンプルなダイヤルデザインに映える。いずれのモデルも完売。左/『カラトラバ 6127』 ●ケース:WG ●ケース径:36mm ●ストラップ:アリゲーター ●手巻き・右/『カラトラバ 7127』 ●ケース:WG ●ケース径:31mm ●ストラップ:アリゲーター ●手巻き(パテック フィリップ ジャパン)

柴田:重厚な20世紀から軽やかな21世紀。これは建築なども含めて、よくいわれていますよね。メンズでは昨今、白や黒、ブルー以外のカラーダイヤルが台頭していますが、レディスウォッチではどうですか?
本間:メンズほど流行と呼べる状況ではないです。カラーといっても、従来どおりベージュやバーガンディなどのニュアンスカラーが目につきます。それでも、「ブライトリング」のグリーンやピンクなどのパステル調の文字盤は美しかった。
柴田:色彩表現の幅は広がっていますね。先駆者は、1930年代に登場した「ジャガー・ルクルト」の『レベルソ』。ただ技術的に難しく、以降は宝石による表現が主流になりました。

ジャガー・ルクルトの名作「レベルソ」
1931年に誕生した「ジャガー・ルクルト」の名作『レベルソ』。当時、市販の黒文字盤に加えて、チョコレートブラウンやワインレッド(写真)、ブルーなどのオーダーメイドのカラーダイヤルを用意。色文字盤の先駆的存在だった。

本間:'70年代の「ピアジェ」は今見ても魅力的。宝石文字盤は、'60〜'70年代を全盛期として'90年代頃から減っていき、近年また増えています。気分的な理由以上に技術も向上しました。「ディオール」のオパール文字盤の時計を見て、デリケートな宝石をよく文字盤に採用しているなと。メンズにおけるカラーダイヤルの流行も技術的な影響はありますか?
柴田:塗装技術は格段に進化し、深みのある色表現が可能になりました。さらにギョウシェなどの装飾技法と組み合わせることで、各社がさらなる個性を追求している印象です。もちろん、コロナ禍で開発が滞るなか、カラー展開で新鮮さを打ち出したのも一因でしょう。
本間:実際、新機構も出尽くした感もありますし、新しいものもそう簡単には出てこない。ここ4、5年は、ダイヤルや外装表現に力を注いでいる傾向がありますが、ビジネス面でも不可欠だったのでしょうね。
柴田:精度を高めたといっても、ユーザーにとって1日1秒程度の遅れなら気にしないところはあるでしょうから(笑)。

ピアジェ「21st センチュリー」
オーナメンタルストーンを時計ダイヤルに採用する革新性からその地位を確立した「ピアジェ」。1969年には、マイルストーンのひとつに数えられる『21st センチュリー』コレクション(写真)が登場し、現代にも通ずる大胆なクリエイティビティを発揮。(C)Piaget/ Philippe Garcia
クリスチャン ディオールの『ラ デ ドゥ ディオール』
オーストラリア産のオパールが幻想的に輝く。角度によってその色彩を変える遊色効果をもつオパールをダイヤルに堂々と採用。周囲をダイヤモンドで囲い、その魅力を強調する。38mm径という大ぶりなサイジングで、ダイヤルの美しき世界に思う存分に耽溺できる。『ラ デ ドゥ ディオール』¥15,500,000[予価] ●ケース:PG×ダイヤモンド ●ケース径:38mm ●ストラップ:シルクタフタ ●自動巻き(クリスチャン ディオール)

「“ラグスポ” ウォッチの台頭も装飾表現の進化を促している」―柴田 充さん

本間:外装表現を突き詰めているといえば、ラグジュアリースポーツウォッチの流れも大きいのではないですか?
柴田:ケースとの一体型ブレスレットで、ステンレススティールの硬質感と躍動感を強調したルックス。見栄えもするし、着用感もいい。「ショパール」の『アルパイン イーグル』はレディスでも人気だとか?
本間:売れていると聞いています。かつての『サンモリッツ』というモデルがベースで、個性的なデザインにブランドのストーリーが巧みに落とし込まれている。
柴田:サテンとポリッシュを使い分けた面取りの仕上げが本当に美しい。
本間:ジュエラーとしてのセンスの賜物ですね。ジュエラー各社は今、時計製造に力を注いでいて、どの時計も素晴らしい。

ショパールの『アルパイン イーグル サミット』
メゾンが “スポーツシック” と位置付ける人気コレクションに加わる、宝石をセットした最新作。SSモデルに見るシャープな磨きをWG素材でも実現。イーグルの虹彩を模した精緻なダイヤルの表情も印象的。『アルパイン イーグル サミット』¥12,507,000[ブティック限定] ●ケース:WG×ホワイトサファイア×ツァボライト ●ケース径:41mm ●ブレスレット:WG ●自動巻き(ショパール ジャパン プレス)

柴田:“ラグスポ” の影響でブレスレットそのものも注目されていますね。
本間:「オメガ」の『トレゾア』のメッシュブレスはソフトな肌触りに驚きました。ただ外装面では、なんといっても女性が最も好きなのはダイヤモンドです(笑)。

オメガの『トレゾア』
スレンダーな曲線美でエレガンスを表現するレディスコレクションのブレスレットモデルは、シルクパターンが施されたメッシュブレスが魅力。独自のムーンシャインゴールド(TM)を使用しており、魅惑の輝きが堪能できる。『トレゾア』¥4,510,000 ●ケース:ムーンシャインゴールド ●ケース径:36mm ●ブレスレット:ムーンシャインゴールド ●クオーツ(オメガ)

柴田:外装の多様化に呼応して、「ハリー・ウィンストン」を筆頭に多彩な表現のダイヤモンドウォッチが増えましたよね。メンズでも徐々に浸透している感はあります。カットにも技術の進化はありますか?
本間:最近は1mm以下の小さなダイヤモンドにも58面体のラウンド・ブリリアント・カットが加工できるようになったので、キラキラとして美しい。一方、「ロレックス」のポイントダイヤモンドは頑なに16もしくは17面体のシングルカット。カリッとした雰囲気でこれもまたいいんです。
柴田:確かに力強さがありますよね。好みが分かれるところでしょう。
本間:俯瞰すると、技術的進化が装飾表現の多様化に寄与していると改めて思います。

ハリー・ウィンストンの『HW アヴェニューCミニ・エリプティック』
ケース、ダイヤル、ブレスレットには、総数373個にして約2.99カラットに及ぶラウンド・ブリリアント・カットのダイヤモンドをセッティングする。洗練されたレクタンギュラーケースが、眩いシンチレーションで手元を彩る。『HW アヴェニューCミニ・エリプティック』¥8,393,000 ●ケース:WG×ダイヤモンド ●ケースサイズ:縦32.3×横15.6mm ●ブレスレット:WG×ダイヤモンド ●クオーツ(ハリー・ウィンストン)

「コラボレーションの魅力は共鳴する思想に裏付けられる」―本間恵子さん

柴田:「軽やかさ」に向かう時計のベクトルにおいては、「スウォッチ」の新たな試みに注目しています。時計が表現できる幅が格段に広がりました。
本間:「オメガ」とのコラボ、直近だと「ブランパン」とのコラボも話題ですね。
柴田:なにより、それらのブランドを擁するスウォッチグループの思想に共感します。今、時計の価格が高騰するなかで、次世代の時計ファンを増やすべく、ブランドの価値を落とさずにいかに普及させるか。上手にグループシナジーを生かしている。
本間:色彩を表現できて軽量、生分解性をも備えるバイオセラミックケースには私も注目しています。話題性だけでなく、ブランド哲学も感じさせるコラボレーションには心惹かれますね。

「ブランパン」が誇るダイバーズウォッチの70周年記念コレクション
「ブランパン」が誇るダイバーズウォッチの70周年記念コレクション。「スウォッチ」の機械式キャリバー、システム51を搭載し、9気圧防水を実現。世界の海にちなむ全5型展開。左から/『アークティック オーシャン』『インディアン オーシャン』『アトランティック オーシャン』各¥60,500 ●ケース:バイオセラミック ●ケース径:42.3mm ●ストラップ:漁網からのリサイクルナイロン ●自動巻き(スウォッチコール〈バイオセラミック スキューバ フィフティ ファゾムス〉)

柴田:「ブルガリ」も好例です。妹島和世や空山 基など、同社で時計デザインを統括するファブリツィオが共感するアーティストとのコラボを次々と実現。挑戦的な姿勢も見せられるし、ユーザーも楽しめる。
本間:重要なのはコラボレーションするうえで両者の世界観を崩さないという点。「オーデマ ピゲ」はイタリアのジュエリーデザイナー、キャロリーナ・ブッチとコラボし、時計だけでなくジュエリーも発表することで両者の魅力を存分に発揮しました。

ブルガリの『ブルガリ アルミニウム グランツーリスモ 限定モデル』各¥693,000[右は世界500本、左は1200本限定] ●
先見性に溢れた時計をつくり続ける「ブルガリ」が、オートレースシミュレーションゲーム「グランツーリスモ」とコラボ。この時計の完成と共に、レースのためにつくられたコンセプトカーも展示している。『ブルガリ アルミニウム グランツーリスモ 限定モデル』各¥693,000[右は世界500本、左は1200本限定] ●ケース:アルミニウム ●ケース径:41mm ●ストラップ:ラバー ●自動巻き(ブルガリ ジャパン)

柴田:「フランク ミュラー」と「ディズニー」という組み合わせもありましたが、ブランドとしてもコラボは生産数を抑えながら新たな挑戦ができるという利点がある。
本間:「パネライ」と「プラダ」は、サステイナブル素材のエコニールで結び付いていますね。ただ文字盤に「プラダ」とは入っていない。共感する理念のもとでの “クワイエットコラボ” は今後も増えそうです。
柴田:ブランド同士が固く結び付く骨太なコラボは今後も見どころでしょうね。

フランク ミュラーとディズニーのコラボウォッチ
文字盤上に舞う ミッキーを探して。今年「フランク ミュラー」に登場した『ディズニーコレクション』。ユーザーに“夢とファンタジー”を与える点で共鳴し合う両者が手をとり、多幸感溢れる特別な時計を誕生させた。ダイヤル上でダイヤモンドや透かし彫りのミッキーが楽しめる。『ロングアイランド』¥2,860,000[世界50本限定] ●ケース:PG ●ケースサイズ:縦32.5×横23mm ●ストラップ:カーフ ●クオーツ(フランク ミュラー ウォッチランド東京)

「伝統工芸のモダナイズから新たな個性が生まれることも」―柴田 充さん

本間:価値観の多様化により、今時計はこれまで以上に個性を求められています。
柴田:個性表現でいうと、カスタマイズやビスポークがありますが、誰でもできるわけではありません。でも近年、ストラップのインターチェンジャブル機構が増え、個性的に楽しめるようになりました。
本間:「ヴァシュロン・コンスタンタン」の「レ・キャビノティエ」は有名。富裕層が伝統工芸を後世に残すべく、現代の感覚でオーダーしている時計も散見されます。

ヴァシュロン・コンスタンタンの『ティエラ・デル・フエゴ』
手彫りの装飾やエナメル技法といったメティエ・ダールの繊細かつ高度な手法を得意とする「ヴァシュロン・コンスタンタン」。博物学者に敬意を表したシリーズでは躍動感のある鳥や蝶、大航海時代を思わせる海図を表現。『ティエラ・デル・フエゴ』価格は要問い合わせ ●ケース:WG ●ケース径:41mm ●ストラップ:アリゲーター ●自動巻き(ヴァシュロン・コンスタンタン)

柴田:「オーデマ ピゲ」がエナメル工芸家アニタ・ポルシェと提携して手掛けた時計をベースに、時計愛好家が製作依頼したユニークピースも、その界隈で話題でしたね。
本間:伝統的なエナメルダイヤルをポップで痛快に表現したものですね。

オーデマ ピゲの『CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ グランドソヌリ カリヨン スーパーソヌリ ユニークピース』
世界的な時計愛好家として知られる、くろのぴーすが「オーデマ ピゲ」にオーダーしたユニークピース。彼のトレードマークである “絵文字” が配置される複雑な意匠を、エナメル装飾の名手、アニタ・ポルシェが高度な技術で実現。『CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ グランドソヌリ カリヨン スーパーソヌリ ユニークピース』参考商品 ●ケース:WG×PG ●ケース径:41mm ●ストラップ:テキスタイル調ラバー加工 ●手巻き(オーデマ ピゲ ジャパン)

柴田:個性といえば、男性の場合、見た目以上に時計本体に自らの理想像や思いを投影しがちですが、女性はどうでしょうか?
本間:男性ほど時計という装置に入れ込んでいないかも(笑)。ジュエリーのような感覚で、気分を変えたり、オケージョンに合わせたり、自在な存在です。
柴田:男性は、時計における精神論を宣(のたま)いがちですからね(笑)。
本間:個人的に個性表現が素敵と感じるのは、ジャクリーン・ケネディ・オナシス。「カルティエ」の『タンク』をつけた有名な写真があるのですが、さりげないのにどこかエレガントに映る。現代の“クワイエットラグジュアリー”の象徴のようです。
柴田:『タンク』は、男女共に同じ価値観でとらえられている稀有な時計ですね。

ジャクリーン・ケネディ・オナシス
「カルティエ」の『タンク』は、ジャクリーン・ケネディ・オナシスが愛した時計。マンハッタンを背景に撮影した一葉は、シンプルな装いにゴールドの角形時計がさりげなく輝き、その静謐なエレガンスを強調する。(C)Bettmann

本間:「シャネル」の『J12』が残した功績も小さくありません。
柴田:今は亡きアーティスティックディレクター、ジャック・エリュが残した次世代の新定番ウォッチでしょう。4年前のリニューアルでもその印象は変えませんでした。
本間:『J12』はあらゆる遊び心が表現できるキャンバスで心をつかまれます。
柴田:“SFや宇宙” をテーマとした今年のコレクションもおもしろく、その遊び心を普遍的なデザインが受け止めています。
本間:男女がつけられる究極のエブリデイウォッチですよね。

シャネル『マドモアゼル J12 コズミック
普遍の美観を備える名品『J12』は、宇宙やSFの世界を表現した今年のカプセルコレクションにも登場。イブニングドレスを纏まとったマドモアゼルのシルエットが星空に浮かぶ、幻想的なギミックを搭載。『マドモアゼル J12 コズミック』¥22,660,000[世界55本限定] ●ケース:高耐性セラミック×WG×ダイヤモンド ●ケース径:38mm ●ブレスレット:高耐性セラミック ●自動巻き(シャネル)

柴田:ここまでの話で、サイズやカラー、デザインの面から、時計におけるジェンダーの垣根は取り払われている印象ですね。
本間:まったくそのとおりだと思います。例えば、サイズでいえば、36mm径前後のモデルは、ブランドによってはメンズ・レディスの表記さえしません。日本では女性には依然小さい時計が人気ですが、大ぶりの時計はもっと注目されてもいいと思います。
柴田:価値観が多様化するなかで、いかに「軽やか」に個性を演出できるか。
本間:柔軟に、自在に、時計を選ぶことができたら、絶対に楽しいと思います。

※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
※文中の表記は、WG=ホワイトゴールド、PG=ピンクゴールドを表します。
※掲載されている商品の価格は、2023年12月7日現在のものです。

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