「陣定」は「じんのさだめ」と読み、平安時代の公卿たちが集まって行う会議を指します。NHK大河ドラマ『光る君へ』でも「陣定」の場面はたびたび描かれ、話題となりました。今回はこの「陣定」を深掘り。その意味やドラマでの描かれ方のほか、関連語句を解説します。

【目次】

蔵人頭である行成君は、陣定には出席していません。
蔵人頭である行成君は、陣定には出席していません。

 

【大河ドラマ『光る君へ』に登場した「陣定」とは?「読み方」「意味」】

■「読み方」

「陣定」は「じんのさだめ」と読みます。「じんさだめ」あるいは「じんじょう」とも読みます。「じんてい」ではありませんよ!

■「意味」

「陣定」は、平安時代における「公卿(くぎょう)」の会議のこと。具体的には、大臣以下の、公卿と呼ばれる官人の最上層メンバーが集まって評議し、議決することを指します。現代風に言うならば「閣僚会議」のようなものですね。陣議、仗議とも呼ばれました。特に平安中期以降、「陣定」は公卿の議定(ぎじょう:合議して事を決定すること)として定着し、天皇の住まいである内裏(だいり)にある武官の役所で行われていました。藤原道長が書いた日記『御堂関白記(みどうかんぱくき)』によると、平均して月に2〜3回開かれていたようです。道長が権力を握っていた時代とその後の院政時代にはかなり恣意的な運営が行われていましたが、しだいに実質を失って儀礼化していきました。とはいえ形式としては江戸時代末まで存続しました。

■「陣定」をもっと詳しく!

「陣定」の流れとしては、まず、議事を主宰する「上卿(しょうけい)」が、「外記(げき)」「公卿(くぎょう)」の召集を命じます。 「陣定」当日、公卿が「陣座(じんざ)」に集まると、「蔵人(くろうど)」から議題となる文書が提出されます。「上卿」はこれを「諸卿(しょきょう)」に回覧させたのち、位が低い者から意見を述べ、執筆の「参議(さんぎ)」が各人の意見をとりまとめます。この際、異論も併記して議事録を作成し、「蔵人」が関白や天皇のもとに「奏上」します。この議事録を見て、天皇が関白と供に方針を決定したのです。

この説明ではわかりにくいですね! 「上卿」などの難解用語について、次の項で説明しましょう!


【「太政官」「公卿」「上卿」「外記」「陣座」「蔵人」「諸卿」「参議」「奏上」「摂政」わかりやすく言うと?】

■「太政官(だいじょうかん・おおい‐まつりごとのつかさ)」とは?

「太政官」は、令制における行政の最高機関です。太政大臣、左大臣、右大臣、大納言、中納言、参議(宰相)といった「公卿」で構成され、事務局として少納言局、左右弁官局が付属していました。ただし、太政大臣は臨時に置かれる名誉職のようなものだったため、実質的には左大臣がトップです。

■「公卿(くぎょう)」とは?

「公卿」は「上達部(かんだちめ)」とも言い、厳密に言えば、「公」は太政大臣、左大臣、右大臣などの大臣「卿」は大納言、中納言、参議、三位以下の高官を意味します。一般には位で言えば三位以上、官職なら参議(宰相)以上を指しました。超上級貴族であり、現代の「閣僚」にあたります。

「上卿(しょうけい)」とは?

朝廷の行事や会議などの際、その執行の長や首席者として臨時に指名された「公卿」のこと。「陣定」においては、その日参入した公卿のなかから、一番地位の高い者が指名されました。道長は左大臣として、「陣定」の「上卿」を務めています。

■「外記(げき)」とは?

「外記」は、律令制において行政の最高機関である「太政官」に属した職のひとつ。事務局である少納言の下に置かれ、詔書(しょうしょ)・勅書(ちょくしょ)など、天皇の意思を表示する公文書を含めた文書を校正し、太政官から天皇に上げる奏文を作成しました。

■「陣座(じんのざ)」とは?

単に「陣」とも言います。もともとは、天皇の身辺を警護する武官の役所である「近衛府(このえふ)」の詰め所を指す言葉でしたが、平安中期には公卿たち高官が着座し、神事や節会、任官、叙位(位階を授けること)など、公事を行う場となりました。ここで行われた評議が「陣定」です。

■「蔵人(くろうど)」とは?

天皇の側近として、秘書のような仕事をしたり、天皇と政権担当者との連絡係を担う男性官人のこと。蔵人の長官を「蔵人の頭」といい、これを務めた後は参議に昇進し、晴れて「公卿」の仲間入りをするのが常道で、天皇との関係も強まるため、いわば出世コースにあたりました。大河ドラマ『光る君へ』では、円融天皇と花山天皇の時代に蔵人の頭を務めた藤原実資をロバートの秋山さんが、一条天皇の時代の藤原行成を渡辺大知さんが演じています。道長の娘で一条天皇の女御(にょうご)となった彰子が中宮となる過程では、道長の命を受けた行成が一条天皇を必死に説得するシーンが描かれましたね。これは蔵人の頭が政権担当者、つまり道長と、天皇の間の連絡係を担っていたためです。彼はまだ「公卿」にはなっていないため、「陣定」には出席できません。

■「諸卿(しょきょう)」とは?

「諸卿」とは「多くの公卿」あるいは「すべての公卿」という意味です。

■「参議(さんぎ)」とは?

「太政官」に置かれ、大・中納言に次ぐ要職です。「宰相」とも言います。

■「奏上(そうじょう)」とは?

天子(天皇)に申し上げることを「奏上」といいます。

■「摂政(せっしょう)」とは?

天皇が幼い場合に政治を代わって行う官職を「摂政」と言いました。一方で「関白」は天皇を補佐する官職、ときには天皇の代理として天皇の仕事を行う官職です。「摂政」は「関白」と並び、臣下が就くことができる実質的な最高の職位です。


【大河ドラマ『光る君へ』ではこんな風に描かれていました】

■「陣定」での発言は、位が下の者から

『光る君へ』では、公卿たちが向かい合う形で2列に座り、左大臣である柄本佑さん演じる藤原道長が、「上卿」として司会進行の役割をしています。身分が低い者から順に意見を述べる演出も、「陣定」のルール通り! 位にかかわらず、自由に意見が述べられるよう、下の者から発言させたそうです。以前、「陣定」で上地雄輔さん演じる藤原道綱が「だよね〜」しか言わないシーンが、SNSで話題になっていましたね。

■「陣定」は道長の権力掌握に重要な役割が…!

大河ドラマ『光る君へ』第19回では、一条天皇が道長に関白の座を与えようとするシーンが描かれていました。この場面では、一条天皇の「関白になりたいのか、なりたくはないのか」という質問に対し、道長は「なりたくはございません」と即答。その理由について「関白は陣定(じんのさだめ)に出ることができません。私はお上の政(まつりごと)のお考えについて、陣定で公卿たちと意見を述べて、論じ合うことに加わりとうございます」と答えています。

実際の道長も、左大臣というトップの地位に就いたにもかかわらず「関白」にはならず、「内覧」の官職を維持しています。上でも触れましたが「関白」は天皇を補佐する官職であり、「摂政」と並び、臣下が就くことができる最高の職位です。なぜ道長は「関白」の座につくことを固辞したのでしょうか。

『光る君へ』の時代考証も担う歴史学者・倉本一宏さんの著書『平安貴族とは何か』によれば、「内覧」とは、政治を司る最高機関である太政官から天皇に上がってきたり、天皇から下したりする文書を予め内覧する役職です。すべての役職から上がってきた文書を内覧できる関白とは、その権限に若干の違いはありますが、ほとんどの文書は太政官から上がってくるため、役割としては関白とほぼ同じです。「内覧」と「上卿」を兼任した道長は、文書を読んで天皇にアドバイスする仕事と、公卿の会議(陣定)をリードする仕事の両方が可能だったのです。これは道長が大きな権力を掌握したことを意味し、彼が関白になることを固辞した理由でした。

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「陣定」は国の政(まつりごと)を評議・議決し、その内容を天皇に奏上する重要な会議です。公卿のトップである「上卿」として「陣定」を主催した道長は、「関白」ではありませんでした。実はこれこそが道長の政治的な手腕を表す戦略でした。道長の権力は今後、ますます盤石になっていきます。そして大河ドラマ『光る君へ』では、いよいよ『源氏物語』を紡ぐ紫式部(まひろ)の姿が描かれていきます。

この記事の執筆者
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参考資料:『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /『日本大百科全書 ニッポニカ』(小学館) /『世界大百科事典』(平凡社) /NHK大河ドラマ・ガイド『光る君へ 後編』(NHK出版)/『平安 もの こと ひと 事典』(朝日新聞出版) /『マンガでわかる源氏物語』(池田書店) /『平安貴族とは何か 三つの日記で読む実像(NHK出版新書) :