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プロフィール

名前:ローレンス・オリヴィエ(Laurence Olivier)
出生地:イギリス サリー
生年月日:1907年5月22日
20世紀を代表する舞台俳優であり、演劇界に多大な影響を与えた人物として知られるローレンス・オリヴィエ。1925年に舞台俳優として活動をはじめ『十二夜』『ハムレット』『マクベス』などシェイクスピア作品に数多く出演し、キャリアを確立してきました。
演劇界のスターとして脚光を浴びる一方、映画界にも進出。1930年に映画『The Temporary Widow』でスクリーンデビューを飾ると、『美女ありき』(1940年)『レベッカ』(1940年)『ヘンリィ五世』(1943年)などに出演。1948年には、監督と主演を務めた映画『ハムレット』でアカデミー賞主演男優賞を受賞しています。
1970年には、その功績が称えられ俳優として初めて男爵位を授けられるなど、俳優として確固たる地位を築き上げました。
1976年に創設されたウェストエンド劇場協会賞は、1984年にローレンス・オリヴィエ賞と改称。同賞はイギリス演劇界で最も権威ある賞として知られています。
私生活では、3度の結婚を経験。1930年に女優のジル・エズモンドと結婚し子どもをひとり授かるも、ヴィヴィアン・リーと恋に落ち、結婚生活が破綻。1940年にジルと離婚後はヴィヴィアンと再婚しますが、1961年に離婚が成立しています。
同年、ジョーン・プロウライトと3度目の結婚。3人の子どもを授かり、ローレンス・オリヴィエが亡くなるまでの28年間円満な生活を送ったとのことです。
「若いころ」「昔」の写真21選
まず、ローレンス・オリヴィエの「若いころ」「昔」の写真をピックアップ。
1930年代

1930年(23歳)

1930年(23歳)舞台『Private Lives』より

1930年(23歳)

1932年(25歳)

1933年7月(26歳)ニューヨークにて

1934年(27歳)舞台『Biography』より

1936年(29歳)映画『お気に召すまま』より

1938年(31歳)サミュエル・ゴールドウィン・スタジオにて

1939年(32歳)映画『嵐が丘』より

1940年(33歳)フランスにて

1940年(33歳)

1944年(37歳)映画『ヘンリー五世』より

1946年(39歳)パリにて

1948年(41歳)映画『ハムレット』より

1951年(44歳)ロンドンにて

1952年(45歳)映画『黄昏』より

1954年(47歳)慈善イベントの舞台で

1955年(48歳)舞台『十二夜』より

1956年(49歳)映画『王子と踊子』撮影中

1957年4月(49歳)舞台『エンターテイナー』より

「映画」代表作5選
ここからは、チェックしておきたいローレンス・オリヴィエの代表出演「映画」をご紹介します。
『嵐が丘』(1939年)

ウィリアム・ワイラ―監督。エミリー・プロンテの小説が原作。共演は、マール・オベロン、デヴィッド・ニーヴンなど。この作品でローレンス・オリヴィエはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。
あらすじ:19世紀、イギリス。孤児だったヒースクリフ(ローレンス・オリヴィエ)は「嵐が丘」の屋敷に引き取られ、屋敷の娘キャサリン(マール・オベロン)と共に育った。ふたりは愛し合うようになるが、キャサリンは上流階級への憧れを捨てきれず、裕福なエドガー(デヴィッド・ニーヴン)と結婚してしまう。復讐を胸に屋敷を去ったヒースクリフは、数年後、財を成して「嵐が丘」に戻ってくる。
『ハムレット』(1948年)

ローレンス・オリヴィエが監督と主演を務めた。共演は、ジーン・シモンズなど。ローレンス・オリヴィエは、この作品でアカデミー賞主演男優賞と作品賞を受賞した。
あらすじ:デンマークの王子ハムレット(ローレンス・オリヴィエ)は、父王が急死したうえ、母親が叔父のクローディアス(ベイジル・シドニー)と再婚したことに深い悲しみを感じていた。ある夜、父王の幽霊がハムレットの枕元に現れ、自らの死はクローディアスが盛った毒によるものだと告げる。復讐を誓ったハムレットは、狂気を装い機会を伺うが…。
『リチャード三世』(1955年)

ローレンス・オリヴィエが監督と主演を務めた。共演は、クレア・ブルーム、ラルフ・リチャードソンなど。
あらすじ:15世紀、イングランド。ヨーク家のエドワード4世が統治する世で、グロスター公リチャード(ローレンス・オリヴィエ)は並々ならぬ野望を抱いていた。エドワード4世亡き後、バッキンガム公(ラルフ・リチャードソン)と共に策略をめぐらせたリチャードは、ついに王位を手に入れることに成功するが…。
『スパルタカス』(1960年)

スタンリー・キューブリック監督。主演は、カーク・ダグラス。ローレンス・オリヴィエはクラサス役で出演し、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。
あらすじ:紀元前1世紀、ローマ共和国。剣闘士となった奴隷のスパルタカス(カーク・ダグラス)は、仲間の死をきっかけに反乱を起こすことを決意する。他の奴隷や剣闘士たちと結束し、クラサス(ローレンス・オリヴィエ)率いるローマ軍と戦うスパルタカス。自由を求め南イタリアを目指すスパルタカスたちだったが…。
『マラソンマン』(1976年)

ジョン・シュレシンジャー監督。ウィリアム・ゴールドマンの小説が原作。主演は、ダスティン・ホフマン。ローレンス・オリヴィエは元ナチスの歯科医クリスティアン・ゼル役で出演し、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。
あらすじ:ニューヨークに住む大学院生のベーブ(ダスティン・ホフマン)は、マラソンを趣味にしている。あるとき、兄のドク(ロイ・シャイダー)が負傷した状態でアパートに現れ、そのまま亡くなってしまう。兄の死の真相を追ううち、ベーブは元ナチスの戦犯ゼル(ローレンス・オリヴィエ)や政府の陰謀に巻き込まれてしまう。マラソンで得た体力と知識を生かし、ベーブは危機を乗り越えていく。
「妻/子ども」の写真10選
3度の結婚を経験しているローレンス・オリヴィエ。年に結婚したヴィヴィアン・リーとの関係は、当時も大きな注目を集めました。ここからは、「妻/子ども」の写真をピックアップ。
1940年に結婚したヴィヴィアン・リーと

1943年

1941年

1950年 自宅にて

1951年

最初の妻ジル・エドキンとの間に誕生した息子のターキンと

1953年

1961年に結婚したジョーン・プロウライトと

ジョーンとの間に誕生した息子のリチャード、娘のタムジンと

1977年5月

「男前遍歴」12選
次に、50代からの「男前遍歴」をお届けします。レジェンド俳優のオーラは、別格の輝き。
1959年(52歳)映画『悪魔の弟子』より

1960年(53歳)舞台『エンターテイナー』より

1966年(59歳)映画『カーツム』より

1967年(60歳)

1968年(61歳)映画『栄光の座』より

1972年(65歳)映画『探偵スルース』より

1972年(65歳)

1972年(65歳)第26回 トニー賞授賞式

1978年(71歳)映画『ブラジルから来た少年』より

1978年(71歳)Beck Theatreにて

1979年(72歳)映画『ドラキュラ』より

1983年1月(75歳)第40回 ゴールデングローブ賞授賞式

「晩年」の写真2選
晩年は健康問題を抱えていたとされるローレンス・オリヴィエ。舞台などへの出演は減少していたものの、演劇界に残した功績は計り知れないものがありました。
1989年7月11日、イギリスの自宅で82歳で逝去。ウェストミンスター寺院に眠る演劇界の伝説は、今後も語り継がれていくに違いありません。
1985年5月(78歳)チチェスター・フェスティバル劇場にて

1985年5月(78歳)チチェスター・フェスティバル劇場にて

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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- PHOTO :
- Getty Images