サステイナブルな意識が高まり、本当に価値あるものを長く着続けることが新時代のキーワードになった昨今。お気に入りの一着を新たな視点で見直し、自分らしく「着直す」ことが求められています。

そこで、雑誌『Precious』3月号では【NOT「着回し!」「着直し」という新たなる概念】と題して、服飾史家の中野香織さんと共に、決して「着回し」ではない、「着直し」という真の美学に迫りました。

今回は、アカデミー賞やゴールデングローブ賞などの授賞式で披露された、女優ケイト・ブランシェットの「着直し」術をお届けします。

中野香織さん
服飾史家
(なかのかおり)『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』(仮タイトル)を5月に出版予定。2025年1月より、ラグジュアリー文脈で日本の伝統・卓越技芸を支援する「雅耀会」のアドバイザーを務める。

おしゃれの達人・ケイト・ブランシェットの「着直し」術

「トレンドをつくり出すと共に、社会的なメッセージを発信する役割を担うセレブリティたちは、“着直し”を上手に楽しんでいます」と中野さん。セレブスナップから検証する、「着直し」学をチェック。

■1:ドレスを起点に自由自在なアレンジを

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左から/2023年6月、2023年2月、2014年

2014年に行われた『ゴールデングローブ賞』で着用したレーシーなロングドレス。ケイト・ブランシェットは、このドレスを起点に3変化。2023年2月の『SAGアワード(全米映画俳優組合賞)』には、レーシーなドレスをトップスにリメイクし、ボディラインを強調する一着と組み合わせて。さらに6月には、インナーをチェンジすることでボディコンシャスなドレスの印象をモードに昇華。3つの「着直し」を見事に成功させている。

ブラックのロングドレスは、いずれも“ジョルジオ アルマーニ プリヴェ”のもの。ドレスの素材を使ったリメイクやコーディネートの違いで、3つのスタイルの印象を自在にチェンジ。

■2:ショルダーデザインをアップデート

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左/2023年、右/2015年

2015年の第87回『アカデミー賞』で、“メゾン マルジェラ”のシックなドレスをまとったケイト・ブランシェット。ターコイズのボリューミーなネックレスが映えるブラックドレスを、約8年の時を経た2023年には袖口のデザインをアレンジしてパワーショルダーに。アシメトリーな4連のパールネックレスを合わせてモダンに着こなして。

タイムレスなブラックドレスにアレンジを加えることで、エッジを効かせて。肩周りにボリュームを出した場合には華奢なジュエリーを合わせるなど、計算された絶妙なスタイリングバランス。

■3:ボトムスをチェンジして軽快に

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左/2024年、右/2018年

ボトムスをスカートからパンツに変えるだけで、アクティブかつスタイリッシュな佇まいに。ゴールドが華やかなワンショルダーや、フリンジが目を引くアメリカンスリーブ、シャイニーブルーの左右非対称なデザインなど、存在感あるトップスにシンプルなパンツを合わせることで、モダン&エレガントな雰囲気に「着直す」のがケイト・ブランシェット流。

2018年『ベネチア国際映画祭』で見せたのは、ドラマティックなゴールドのトップス×ブラックのスカートを合わせた装い。2024年にはトップスはそのままに、アンクル丈の細身のパンツにチェンジして登場。

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左/2022年、右/2024年

ビジューが光り輝く幻想的なフリンジトップスは、“ジョルジオ アルマーニ プリヴェ”のもの。2022年にはセットアップのロングスカートを、2024年にはブラックのワイドパンツを合わせることで「着直し」を。

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左/2024年3月、右/2023年

“ルイ・ヴィトン”のドレスをまとった第95回『アカデミー賞』。一年後の2024年3月には、鮮やかなメタリックブルーのトップスを生かして登場。タイトなレザーパンツでマニッシュな雰囲気に。

〈服飾史家・中野香織さんと考えました〉「着直し」こそが、今の時代に必要とされるおしゃれの美学

世の中のファッションは、トレンドが毎シーズン移り変わる時代から、タイムレスなデザインを新しい価値として自由に楽しむ流れに。そこで必要なのは、価値あるものを見極められる個人個人の審美眼。

「レッドカーペットに姿を現すセレブリティを見ても、長く愛用できるデザインを自分らしく“着直す”様子がキャッチされています。その根底にあるのは、持続可能なライフスタイルの体現と、上質な衣装を何度も着用することでの経済的、倫理的な責任をもつ姿勢です。さまざまなブランドもサステイナブルを推進しており、素材へのこだわりはもちろんのこと、時代を超えて愛されるデザインをスタイリングの創造性で新鮮にアップデートするコレクションが増加。例えばワンピースにパンツを組み合わせるなど、かつてのタブーを破る着こなしが今は新しい価値として受け入れられる時代になっているので、同じアイテムでもひとりひとりの個性が際立つ着こなしが楽しめ、クリエイティビティが発揮できるはずです。スタイリングで手もちの服を新鮮に見せるという視点は、“着直し”の進化形といえるでしょう」

また“着直し”は、今に始まったことではないと中野さん。

「18世紀のローブ・ア・ラ・フランセーズで使われている生地は貴重品であったことから、オーバースカートをざっくりと縫うことで、再利用がしやすく仕上げていました。また日本の伝統衣装である着物は、“着直し”を前提とした最たるものです。布地をカットせず一枚布の特性を最大限に活用する着物文化には、ひとつのものを大切に長く使うという精神があります。帯と小物を替えるだけでまったく異なる印象をつくり出せるので、一枚を繰り返し着ることに対する抵抗はなく、むしろ上品という価値観に。母から娘へ、娘から孫へと世代を超えて受け継がれることで、家族の物語を伝承する役割も担っています」

まさに“着直し”とは、服を通して知る自分が生きてきたストーリーであり、未来のファッションをどうつくり、使い、共有するかを問う重要な出発点。“着直し”こそが、未来のファッションと人々を結びつける橋渡しになるはずです。

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EDIT&WRITING :
池田旭香、喜多容子(Precious)
写真協力 :
Getty Images
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