イタリア北部ロンバルディア州のイゼーオ湖畔に面したフランチャコルタでは、DOCGスパークリングワイン「フランチャコルタ」が作られている。よくシャンパーニュと比較されることが多いが、ヨーロッパで地名を冠したメトド・クラッシコのスパークリングワインはシャンパーニュの他にはカヴァとフランチャコルタだけ。また価格帯でシャンパーニュに比肩するのはフランチャコルタしかない。イタリアを代表する高級スパークリングワイン、フランチャコルタの地で代表的ワイナリー「カ・デル・ボスコ」を訪ねた。

イタリアを代表するワイナリー「カ・デル・ボスコ」

世界的彫刻家ポモドーロの作品がお出迎え

フランチャコルタの中心地、エルブスコにあるワイナリー「カ・デル・ボスコ」。入口の門に飾られたのはブロンズの巨大オブジェで知られる彫刻家ポモドーロの作品だ。

Google MAPで検索してみれば分かるが、フランチャコルタという地名は現代のイタリアの地図には載っていない。氷河が山を削って誕生したイゼーオ湖の南側に広がる丘陵地帯がフランチャコルタという名で呼ばれるようになったのは、修道院が多く林立した中世の頃。税金を免除されていたという意味のラテン語「クルテス・フランカ」に由来するといわれている。中世の修道院は知の宝庫であり、農地開拓はじめワイン生産にも励んでいた。当時作られていたワインは販売用というより自家消費用のワインだったが、イタリアの国家統一が行われた19世紀以降は生産量も拡大したが当時作られていたのはオーソドックスなワイン。シャンパーニュと並ぶスパークリングワインとし、世界にその名をしらしめたのはカ・デル・ボスコの功績が大きい。約150ヘクタールにおよぶ広大なワイナリーを一代で築いたのは、ミスター・フランチャコルタとも呼ばれるマウリツィオ・ザネッラだ。

歴史ある広大なワイナリー

「カ・デル・ボスコ」はいまでこそ巨大ワイナリーだが、出発点はこの森の家だった。いまも創業者アンナマリアが暮らした当時のまま残されている。

ミラノ在住だったザネッラ家がこの地に関わりを持つようになったのは、マウリツィオの母、アンナマリアが別荘用に土地を購入した1965年のこと。当時この場所にはぶどう畑はなく、手つかずの森が茂っていたことから「カ・デル・ボスコ=森の家」と名付けたのだ。「カ・デル・ボスコ」大躍進の発端となるのは1971年。当時まだ14歳だったマウリツィオがブルゴーニュワインに触れ、ワイン作りに目覚めたことによる。ピアチェンツァ大学農学部卒業後はボルドーとブルゴーニュで醸造学を学び、フランスのブドウ品種であるシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニョン、ピノ・ノワールなどを植え始めたのだ。

左・ワイナリーを案内してくれた女性スタッフ。ジムで鍛えた筋肉質な体躯にグッチのスニーカー。右・カンティーナでスタンダードラインの「キュヴェ・プレステージ」を試飲。

彫刻家ポモドーロのオブジェが飾られた門をくぐり、広大な敷地を抜けるとようやく「カ・デル・ボスコ」につく。ワイナリーを見学させてもらっている間、案内してくれた女性スタッフが「あれがマウリツィオの母、アンナマリアが暮らした森の中の一軒家、本物の『カ・デル・デル・ボスコ』です」と指差して教えてくれた。

この日はマウリツィオと娘のマリアが主催する昼食会に招待されていた。マウリツィオが選んだ3種類のフランチャコルタにあわせた料理を、マウリツィオの解説を聞きながら楽しむという実に稀有な機会だった。

「カ・デル・ボスコ」の熟成庫は天然の岩盤をくりぬいた地下にある。動瓶作業(ルミュアージュ)専門の職人が、毎日1万5000本のワインを8分の1回転ずつ動かし、デゴルジュマンのために瓶口部分に沈殿物を集める。

1995年からDOCGとなったフランチャコルタはフランス品種のぶどうを使い、補糖による瓶内二次発酵メトド・クラッシコ(あるいはメトド・シャンペノワーズ=シャンパーニュ方式)で作るスパークリングワインだ。シャンパーニュと比較されることが多いが、規模で言えばシャンパーニュは年間生産量三億本に比べフランチャコルタは二千万本に満たない。北部フランスに位置するシャンパーニュが冷涼な気候ゆえに酸が際立つのが特徴とすれば、1000キロ南に位置するフランチャコルタはブドウの糖度はより高く、酸もおだやかなので少ない補糖ですむ。マイルドな果実味をダイレクトに味わえるのが最大の特徴だ。

左・「カ・デル・ボスコ」内にある専用ゲストルームでの昼食会。前菜はヒメジのロースト。右・この日料理に合わせて飲んだフランチャコルタ3種。

「最初はこれからはじめましょう」とマウリツィオがすすめてくれたのは「ヴィンテージ・コレクション・ドサージュ・ゼロ2012」。瓶内二次発行時に認められている補糖に使うリキュール・デクスペディションが文字通りゼロで、フランチャコルタが持つ純粋な性格のみを味わえるワインだ。シャルドネ、ピノ・ビアンコ、ピノ・ネロをぞれぞれの畑のから独自に選別。メトド・クラッシコは澱をとりのぞく際に首の部分を凍らせ、一度抜栓するデゴルジュマンが行われるが、このワインは酸素に触れないようにする特許「カ・デル・ボスコ方式」で慎重に行われる。

その味わいはグレープフルーツや柑橘系を思わせ、飲み飽きない酸と辛口のボディからなるしっかりとした骨格を持つ。これにあわせたのはヒメジにピスタチオをまぶしてローストした前菜で、冷たいジェラートがソースがわりに添えられている。脂は少ないが旨味はしっかりあるヒメジは地中海でよく使われる食材。繊細な泡がヒメジの凝縮感やジェラートの脂肪分も綺麗に洗い流してくれる。

極細パスタ「カッペッリ・ダンジェロ」を使った甲殻類のパスタ。皿まできちんと冷やしてあり、フランチャコルタによくあった。

次に登場したのは「天使の髪の毛」と呼ばれる極細の冷製パスタ、カッペッリ・ダンジェロで、エビやカニなどの甲殻類のソースで食べる。ワインは「ヴィンテージ・コレクション・サテン2012」だ。サテンとはシャンパーニュでいうところのブラン・ド・ブランで「カ・デル・ボスコ」ではシャルドネとピノ・ビアンコのみが使用される。

「これは非常に女性的なワイン。シルクのような滑らかさでまろやかかつふくよか。まさに女性が持つ官能的な魅力がワインの中に表現されています」とイタリア人らしい表現のマウリツィオ。補糖も最小限なので、冷涼なプレアルプスの風が作るフランチャコルタのテロワールが存分に発揮されたワインだ。ワインと違和感ないようにパスタも十分冷やされており、甲殻類との愛称はいうまでもない。

この日のメインは「アンナマリア・クレメンティ・ブリュット2007」にあわせてコウイカのグリルとブッラータ・チーズの組み合わせ。

最後に登場したのが母親の名前を冠したフラッグシップ・ワイン「アンナマリア・クレメンティ・ブリュット2007」。その名前は「カ・デル・ボスコ」の原点であり、マウリツィオいわく一切の妥協や譲歩が許されないワインだ。ドサージュ・ゼロで9年熟成泡は非常に繊細でその色は黄金色に近く、非常に複雑な香りとフルボディの味わい、長い余韻を持つ。これにはコウイカのグリルにブッラータ・チーズを合わせたメイン料理が出た。イカの旨味もさることながら生クリームを詰め込んだ濃厚なブッラータに合わせるならばやはり豊満な「アンナマリア・クレメンティ」しかない。

左・「カ・デル・ボスコ」に現在の名声をもたらした功労者マウリツィオ・ザネッラと娘のマリア・ザネッラ。

「今日お飲みいただいたワインはそれぞれ違う哲学に基づいて作られ、自然の気候条件が前面に出ています。毎年、日照時間や雨量、気温などは異なるわけですからワインもヴィンテージごとに味わいや生産量も異なる。これはすべて神が決めることなのです。「カ・デル・ボスコ」のワインはそれぞれが物語を持っていて毎年の気候やテロワールを表現するのがその使命だと思っています」とマウリツィオはいう。確かにフランチャコルタが持つテロワール表現とドラマチックな物語性を秘めた「カ・デル・ボスコ」ワインを口にすると、それまでイタリアのスパークリングワインに対して抱いていたイメージはあっさりと覆されるはずだ。

Ca’ del Bosco
VIA ALBANO ZANELLA,13 ERBUSCO (BS)
TEL:+39 030 7766111
FAX:+39 030 7268425
www.cadelbosco.com

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。