映像作品の配信サービスが充実した今、テレビドラマは新旧を問わず、好きな作品を好きなタイミングでじっくり堪能する、そんな時代になりました。また「誰が出演しているか」だけが話題の中心だったのは少し前のこと。今は「どんなつくり手が制作しているのか」までを意識しながら作品選びをする大人が増えています。
なぜなら見応えのあるドラマは、人間と社会に優しくも熱い視線を注ぎ、映像へと昇華するクリエイターがいてこそ完成するものだから。
確実におもしろいものが観たい。そう望む大人のドラマラバーへ。雑誌『Precious』5月号では、【大人を満足させる日本ドラマに“脚本家”の存在あり】と題し、つくり手の中でも“脚本家”に焦点を当て、今観るべき日本ドラマをお伝えしました。
今回は、通な視点を持つ作家 柚木麻子さんと大学教授 並木浩一さんお二人による、つくり手愛溢れるトークをお届けします。


作家 柚木麻子さんと大学教授 並木浩一さんが語り合う「つくり手の個性を知れば、日本ドラマはもっと楽しい!」
●日本ドラマ史に残る名作『虎に翼』が爆誕
柚木麻子さん(以下敬称略 柚木)——並木さんは時計ジャーナリストとして活躍しながら、大学でメディア論などの教鞭を振るい、’22年からギャラクシー賞の選奨委員も務められているんですね。
並木浩一さん(以下敬称略 並木)——柚木さんは作家として活動する前、脚本家を目指していたこともあったとか。ご著書『柚木麻子のドラマななめ読み!』を拝読しましたが、’24年前期のNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『虎に翼』について「この作品以降、ドラマと日本が変わる確信を得た」という内容が書かれていて、大いに共感しました。吉田恵里香による脚本は、拍手喝采ものでしたね。

柚木——日本初の女性弁護士となる寅子はもちろん、家庭を守る母や兄嫁の生き方も否定されず、なにより主人公を抑圧する側として現れる男性陣の成長までが、解像度高く描かれていたのが素晴らしいですよね。寅子の死に別れた夫・優三は書生さんで、いわゆる“格下の男”。これまでの王子様像とは別物だけど、あの優しさに惚れ込んだ視聴者も多かったのでは。
並木——’20年に『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』、’22年に『恋せぬふたり』と2年ごとにヒットを飛ばした吉田恵里香のホップ・ステップ・ジャンプ作になりましたね。前2作で学びを深めたであろう、セクシャルマイノリティの要素も存分に盛り込まれていました。
柚木——当時はまだ名前が付けられていない性自認と、その背景の描き方が見事でした。これは勉強の賜物だし、脚本家としての勇気や矜持だとも思うんです。同じつくり手として尊敬の念でいっぱい。過去に類を見ない傑作だったと思います。
●何を観てもおもしろい!野木亜紀子時代がやってきた
並木——さて、今乗りに乗っている脚本家というと、まず野木亜紀子の名前が挙がるのではないでしょうか。
柚木——今は野木亜紀子の時代、それこそ“野期”ですよ(笑)。『逃げるは恥だが役に立つ』の性別や年齢から自由になろうというメッセージは、日本ドラマにおける革命でした。
並木——沖縄問題を深くえぐった『フェンス』は、WOWWOWの配信が始まって再評価を得ているし、年始放送の新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』は、正月の騒々しい番組のなかで異彩を放っていましたよね。
柚木——『海に眠るダイヤモンド』も、ロケ地マニアとしては、軍艦島を訪れなければと計画中です。
並木——柚木さんは宮藤官九郎作品のロケ地をすべて巡っているとか?
柚木——池袋にある大学に入学した’00年に『池袋ウエストゲートパーク』が始まって、授業そっちのけで巡っていました(笑)。『マンハッタンラブストーリー』はもちろんのこと、『ごめんね青春!』では三島まで遠征! 熱狂的に追いかけていましたね。
並木——昨年オンエアされた『不適切にもほどがある!』『新宿野戦病院』、山田太一原作の『終りに見た街』は、3作品すべてギャラクシー賞月間賞を受賞。これは偉業だと思います。
柚木——私がポストクドカンとして注目しているのが、『コタツがない家』を書いた金子茂樹です。主演は『新宿野戦病院』ほかで八面六臂の活躍を見せている小池栄子。私は彼女のような、制作側が信頼を寄せるキャリアの長い女性俳優、例えば江口のりこや木南晴夏らが脚光を浴びて、今やドラマ界に欠かせない存在となっていることがうれしいんですよね。
並木——なるほど、よくわかります。僕は市川実日子が出ている作品は必ず観ているかもしれません。
柚木——バカリズム脚本の『ホットスポット』も最高でしたよね。話題となった富士山を望むロケ地、もちろん巡りましたとも(笑)!
「成熟した人々が満足できる大人の女性を主役に据えたドラマが続々と増えています」──並木さん
●年齢を重ねた女性が主役。成熟世代のドラマに注目
並木——大人の女性を主役に据えたドラマが続々と増えていますね。高齢化が進む団地を舞台に、小泉今日子と小林聡美が“若手”として奮闘する、吉田紀子脚本の『団地のふたり』も傑作でした。『Dr.コトー診療所』の脚本で橋田賞を獲得している彼女は、女性演者の魅力を引き出すセリフ回しが非常に巧みなんですよ。
柚木——’21年の『その女、ジルバ』でも、久々の連ドラ主演となる池脇千鶴の才能を引き出していましたね。高齢ホステス役の草笛光子、中尾ミエなどキャスティングも素晴らしく、記憶に残る作品のひとつです。
並木——今クール放送の50〜60代男女の恋模様を描く、岡田惠和脚本の『続・続・最後から二番目の恋』も目が離せません。彼の代表作に、朝ドラ『ちゅらさん』がありますが、あれは国仲涼子の成長ドキュメンタリーでもありました。ドラマ初主演で、萩尾望都の漫画が原作の『イグアナの娘』を見事演じきった菅野美穂しかり、触れたものを黄金に変える、ミダス王のような魔力をもった脚本家ではないでしょうか。
柚木——’23年の『日曜の夜ぐらいは…』でもその健在ぶりを確認。若い女性の貧困の描き方が緻密で、時代のとらえ方にさすが、と思いました。つくり手が社会に無関心なのは致命的。そんな時代だからこそ、さまざまな佳作が生まれているんだと思います。
「つくり手が社会に無関心なのは致命的。そんな時代だからこそ佳作が生まれ続けているんです」──柚木さん
並木——根本ノンジによる朝ドラ『おむすび』は、どうご覧になりましたか?
柚木——何をやっても評価されない時期があったかもしれません。でも私は楽しく観続けました。『正直不動産』や『無能の鷹』を観て、彼の世界観を知ってほしいですよね。
並木——おっしゃるとおり。ナンセンスコメディを書かせたら根本ノンジは天下一品。なんせ『正直…』で山下智久を、『無能…』で菜々緒を、それぞれコメディアン、コメディエンヌにした立役者ですから。
柚木——『花子とアン』『ドクターX 外科医・大門未知子』などを手掛けた中園ミホによる朝ドラ『あんぱん』もスタートしたばかり。これからの展開が楽しみですね。
●「私が好きならそれが名作」ドラマ選びは自分視点が楽しい
並木——こうやって次々と作品が発表されることを心待ちにする人がいる一方で、ここまで配信サービスが充実した今、何を観ていいのかわからないという声も聞こえてきます。
柚木——「選び放題となると逆に選べない」という妙なジレンマですよね。ドラマラバーを自認する私ですが、個人的には、誰の注目も浴びていない、マイナーなドラマについて語り継ぎたいという思いが強いんですよ。「私が好きならそれが名作」、そんな純粋な思いで、惹かれるものをただ観る、掘り下げる。それこそが大人の醍醐味なのでは、と思います。
並木——僕はお気に入り作品から青田買いを楽しんだりしています。兵藤るり脚本の『わたしの一番最悪なともだち』はご覧になりましたか?
柚木——それ、気になります!
並木——「次に来るな」と、早くからチェックしていた高石あかりが、次の朝ドラ『ばけばけ』のヒロインに抜擢されました! ちなみに兵藤るりは、東京藝術大学大学院で、あの坂元裕二のゼミに所属していたそうです。
柚木——トレンディドラマの金字塔『東京ラブストーリー』をはじめ『二十歳の約束』『西遊記』『最高の離婚』『Woman』『anone』そして『大豆田とわ子と三人の元夫』まで、数えきれない話題作を手掛けた坂元裕二ですね。私はいまだに、これらを同一人物が書いたことが信じられなくて。
並木——’23年、Netflixと5年契約を交わしたことも話題です。
柚木——私の勝手な想像ですが、反省とアップデートのスピードがすごく速い方なのかもしれません。いずれにしろ最高に趣味のいい脚本家であり、これからも最先端の作品を見せてくれることに間違いはないと思います。
並木——話題は尽きませんね。またドラマ情報、交換し合いましょう!
〈並木さんが推す日本ドラマ〉
◾️1:岡田惠和による『ちゅらさん』
「ヒロインが作品のなかで成長する様子を全国民が追いかけた傑作。脚本家は、ときに教育者でもあることに気付かされます」
◾️2:兵藤るりによる『わたしの一番最悪なともだち』
「現代的で少し影のある目の髙石あかりが最高。蒔田彩珠とのコンビも◎。髙石主演の映画『ベイビーわるきゅーれ』も併せてぜひ」
◾️3:水橋文美江による『古見さんは、コミュ症です。』
「秀作が輩出されるNHKの『よるドラ』枠にて放送。朝ドラ『スカーレット』の脚本家によるコメディで、見応え十分」
〈柚木さんが推す日本ドラマ〉
◾️1:吉田恵里香による『虎に翼』
「自分の思考を迷うことなく行動に変えていく主人公から勇気をもらいました。リアルタイムでこの作品に立ち会えたことが幸せ」
◾️2:吉田紀子による『その女、ジルバ』
「大人の俳優が登場する、大人のためのドラマ。映画『ジョゼと虎と魚たち』では共演シーンがなかった、池脇千鶴と江口のりこがともにいる姿に痺れます」
◾️3:野沢尚による『水曜日の情事〜a Wednesday love affair』
「放送は’01年。何年経っても自分のなかの不朽の名作。不倫がテーマのようでいて、実は…!? 配信で観られるのでぜひチェックを」
※高石あかりさんの【高】は「はしごだか」が正式表記です。
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- EDIT :
- 本庄真穂、喜多容子(Precious)
- イラスト :
- 別府麻衣