海江田が食事をするシーンを加えることで、何かが崩れるのが怖かった

敵なのか、味方なのか。前作では“謎めいた存在”として描かれていた海江田四郎艦長や〈やまと〉の船員たち。大沢さんの観客の期待を心地よく裏切りながら予想を超えていく表現・演出の工夫や、過酷な撮影現場で発揮されたユニークなリーダーシップの極意とは…?
──劇場版第2弾の今作では中村蒼さん演じる副長の山中を始め、チーム〈やまと〉の結束もいっそう高まっているように感じられました。
前作の海江田を含む〈やまと〉の船員たちは、観ている方にとっては“よくわからない冷たい人たち”という印象があったのではないかと思っています。果たして彼らは本当にテロリストなのか、はたまた日本にとっての救世主なのか、よくわからない。その不気味な印象は第1作においては有効に作用します。けれども続編でも引き続き不気味さを発揮してしまうと、観る人が“本当は違うのに?”と懐疑的になってしまうんですよね。ですので今作では〈やまと〉の船員それぞれの人間味が少しづつ垣間見えるように演出しています。
それについては監督や脚本家チームにもこだわりがありまして、手法として船員たちの表情をアップで抜いたりしています。実は前作ではわざと船員たちの表情はあまり見せずに、海江田の表情だけですべてを表現していたんです。今作では船員たちが戸惑ったりうつむく様子を拾って映し出すことで〈やまと〉が敵なのか味方なのか、今自信を持って進んでいるのかそうではないのかを示して、様々な想いが錯綜する艦内を描いていきます。
同時に永田町の政治家たちにおいても、前作では〈やまと〉に翻弄されて悶々としていたのが、今作では衆議院解散総選挙に向けてダイナミックな動きを繰り広げます。水面下と地上の両方で展開される激動の時間を通して登場人物の人間らしさを打ち出していくのも、今作の特徴のひとつかもしれません。

──大沢さん演じる海江田四郎においても、人間味を意識されたのでしょうか。
続編を撮っていると、気づかぬうちにだんだんとやりすぎてしまったり、いつの間にかキャラクターの方向性がズレてしまうようなことが往々にしてあったりします。キャラクターが変わりすぎてしまうことは決して続編を観に来てくださるお客様が求めているものではありません。そうした意味では、今作の方向性における海江田のあり方にはとても慎重になりました。
たとえば台本には書かれていた“海江田が食事をするシーン”は、全部外してもらったんです。わかるんですよ、脚本家チームが海江田の食事シーンを入れることで彼の人間味を出して親近感をもたせたいと考えているのは。
でも、僕は口に何かを入れて食べることで、何かを失うのが怖かったんです。これまで積み重ねてきたものを不用意に壊したくなかったし、海江田においては逆に前作で見せていたダークサイドをより強くしたらどうだろうかという構想ももっていて。続編を観る方はおそらく“海江田は前作よりも少しヒーローに描かれているかもしれない”という期待感をおもちでしょうから、あえて違う世界に突入してエンターテインメント性を高めたいという考えがありました。そんな工夫をしない限りお客様にサプライズは贈れませんから。そこは監督としっかり会話を重ねた部分でしたね。
──では、海江田自体はブレていないという?
もちろんブレてはいないのですが、実は個人的に少し心残りなカットがありました。立ち続けで指揮を執る海江田が、どんな想いで立っているかの“想いの選択肢”は無数にあるわけです。どのような想いを選択して重ねていくかによって、浮かんでくる表情が微妙に変わってきてしまうのです。そこに少しだけ心残りがあったのですが、時間がたって振り返ってみると、あれは映画としてはむしろ正解だったのかもしれないと思えてきたりもしています。
撮影待ちの楽屋で、あえてグチをこぼしたりしていました(笑)

──改めて、演技における人物造形というものは本当に緻密で繊細な作業なのですね。
『沈黙の艦隊』の主人公は“成長していかない”という、物語の王道的セオリーから外れた構造自体が独特ですから、なおさらそうなりますよね。前作が公開されたときにもお話ししましたが、僕の中で一貫して変わらないのは、この物語の主人公は海江田ではなく、彼に巻き込まれる周囲の人間たち、政治家や潜水艦の船員、ジャーナリスト、アメリカ大統領、艦隊の司令官や船員たちなのだと捉えています。海江田は事件を起こす起爆剤であって、その起爆剤が爆発したときに、登場人物たちは何を悩んで何を失い、どう成長していくのかというあたりが見どころだったりしますから。
人間ドラマでありつつ、ポリティカルサスペンスでもありますし、潜水艦のバトルシーンなどのアクション要素もある。様々な要素が入っているのでバランスの取り方がとても難しいんです。続編である今作では敵側のほうにも人間味を感じられる意外性をもたせているという意味でも、非常に面白い作品になっていると思います。

──Vol.1では、船員を演じる役者陣に何か決意表明もされたとおっしゃっていましたが。
猛暑日が続くなか、潜水艦内を模した薄暗い狭小空間という非常にキツい現場での大変な撮影が続きましたので、『映画が劇場公開されるときにはキャストスタッフ含めて、“自分たちはあのときこの仕事を一生懸命に頑張って本当に良かったな”と、そう思ってもらえるように頑張るから』とも伝えたんですね。でも、実際それ以上の言葉は必要なかったんですよ。撮影合間も誰もが自然と台本を手に持ち資料を読んでいたりする、とてもストイックないい俳優たちが集まっていましたので。
逆にそうした雰囲気の中で、僕ががっつり台本や資料を読み返していたら、若い俳優たちみんながしんどくなっちゃいますよね。そう思って、僕はあえてのんびりと駄菓子を食べてみたり、『室温が熱いよ』とか『なんかもう足が疲れた』などとグチをこぼしてみたりして(笑)、気楽な雰囲気づくりやガス抜きにつながるようなことをしてみたりしました。
話題作の続編の撮影と聞くと、一作目で形づくられた関係性や環境でスムーズに運ぶのかと思いきや、続編ならではの配慮や工夫を要するという興味深いお話をいただきました。Vol.3では大沢さんの素顔に迫るQ&Aを展開しますので、ぜひチェックしてください!
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
劇場版『沈黙の艦隊 北極海大海戦』9月26日より公開!

■あらすじ/シーズン1のドラマシリーズは、Amazon MGMスタジオが日本で手掛けた作品の中で歴代一位の国内視聴数を記録した『沈黙の艦隊』。その待望の続編が、至高の潜水艦バトルアクションを余すところなく堪能できる劇場版として登場する。物語は、日米共同で極秘建造された原子力潜水艦「シーバット」が、艦長の決断により核ミサイルを搭載したまま独立国家「やまと」を宣言するところから始まる。東京湾での激闘ののち、舞台は極寒の北極海へ。描かれるのは、原作漫画随一の名場面〈北極海大海戦〉と、連載当時に社会現象を巻き起こした〈やまと選挙〉。砕ける流氷をかわしながら繰り広げられる緊迫の魚雷戦、そして潜水艦同士の知略を尽くした激突。冷たい北の海で火花を散らすその戦いは、ポリティカルな駆け引きとともにさらなる高みへと加速する。シリーズ最大級のスケールで描かれる、極上のアクション・ポリティカル・エンターテインメントがここに幕を開ける。
■キャスト/
大沢たかお
上戸彩 津田健次郎
中村蒼 松岡広大 前原滉 渡邊圭祐
風吹ジュン
Torean Thomas Brian Garcia Dominic Power
Rick Amsbury 岡本多緒 酒向芳
夏川結衣 笹野高史
江口洋介
■原作:かわぐちかいじ(『沈黙の艦隊』/講談社「モーニング」掲載)
監督:吉野耕平
脚本:髙井光
音楽:池頼広
主題歌:Ado「風と私の物語」(作詞・作曲:宮本浩次/編曲:まふまふ)
プロデューサー:戸石紀子、松橋真三、大沢たかお、千田幸子、浦部宣滋
配給:東宝
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- PHOTO :
- 中田陽子(MAETICCO)
- STYLIST :
- 黒田 領
- HAIR MAKE :
- 高取篤史(SPEC)
- 取材・文 :
- 谷畑まゆみ