片岡千之助さん
歌舞伎俳優
(かたおか・せんのすけ)2000年、東京都出身。青山学院大学文学部比較芸術学科在学。2003年大阪松竹座にて『男女道成寺』の所化で初お目見得。2004年歌舞伎座にて4歳で初代片岡千之助として初舞台を踏み、2011年に片岡仁左衛門と戦後初の祖父、孫での「連獅子」を上演。12歳で自主公演「千之会」を主催する。2023年に大学に復学。初の主演映画『ぼくらのレシピ図鑑シリーズ「メンドウな人々」』(23年/山梨放送・映画24区)、映画『わたくしどもは。』(24年/テツヤトミナフィルム)、映画『九十歳。何がめでたい。』(24年/松竹)、NHK大河ドラマ『光る君へ』(24年/NHK)などの話題作に多数出演。2024年より和樂Webにてエッセイ連載『Que sais-je「自分が何も知らない」ということを知る旅へ!』を開始。2025年はドラマ『あきない世傳 金と銀2』(25年/NHK BS)で歌舞伎役者を演じて話題に。主演を務めるルネサンス音楽劇『ハムレット』は9月3日より上演。10月31日には最新出演映画の『爆弾』(ワーナー・ブラザース)が公開される。

【歌舞伎俳優・片岡千之助さん インタビュー| Vol.1】「今の自分を全部ぶつける“僕のハムレット”を観てください!」を読む

目の前に引かれたレールを壊して自分なりの道筋をつくりたい

歌舞伎の名門・松嶋屋に生まれて、4歳から20年舞台に立ち続けてきた片岡千之助さん。“歌舞伎のプリンス”と称されながらもその言葉に甘んじない、近年の意欲的な挑戦が注目を集めています。最新出演舞台の「ルネサンス音楽劇『ハムレット』」では主演を務めるのみならず、翻訳台本の検討やポスター写真のディレクションも手がけています。

歌舞伎俳優の片岡千之助さん
歌舞伎俳優の片岡千之助さん

そんな片岡さんの人生の分岐点は、2023年の大きな決断。歌舞伎の伝統を重んじながら“それだけではない自分”も追い求める一歩を自ら踏み出したのです。映画『国宝』で感じた悔しさと爽快感。今回の『ハムレット』を始め多様なフィールドで日々模索する、表現者として生きることの可能性。そのまなざしが見つめるものを伺いました。

──片岡さんは2023年に“歌舞伎の舞台の仕事をセーブする”という大きな決断をされています。その心境に至ったいちばんの理由を教えてください。

「2年前になりますが、青山学院大学への復学を思い立ったときに『これから少しの間、歌舞伎の仕事をお休みさせてください』と、祖父に自分の正直なところを打ち明けました。それは、決して何かひとつの出来事だけを理由に決めたことではありません。コロナ禍を経たあたりからふつふつと、自分の思いや価値観、モチベーションに変化が生じてきたのです。

この20年、歌舞伎は間違いなく僕の大きな柱でした。でもコロナ禍で興行が止まったとき、多くのみなさんがそうであったように、僕自身もこれからどう生きていくのか、立ち止まって考えなくてはならない状況に追い込まれました。そのとき湧いてきたのは、ひとりの人間として“自分で生きていける力が欲しい”という気持ち。そこには育ての父の背中もあったかもしれません。

「ひとりの人間として“自分で生きていける力が欲しい”という気持ちが湧いてきた」(片岡さん)
「ひとりの人間として“自分で生きていける力が欲しい”という気持ちが湧いてきた」(片岡さん)

時が経過して公演が少しづつ復活し、舞台で先輩方が歌舞伎と全力で向き合う熱量に圧倒されながら、あるとき、自分の心の温度だけが少しずつ乖離していくような感覚に気づきました。歌舞伎のことはとても愛しているけれど、外の世界も知ってみたい。

守られてここまできましたが、目の前に引かれているレールを一度壊して、自分なりの表現の道筋をつくってみたいと思いました。歌舞伎を辞めてしまうのではなく、今はまず、自分が何をしたいのか、どこに熱を向けていくのかということに重点を置きながら、日々を過ごさせていただいている感じですね」

──そうした意識の変化が、昨年の様々なジャンルでの活躍につながったのでしょうか。初の主演映画の公開や主演時代劇、大河ドラマ出演、現代劇舞台などの公演を通してどのような景色が見えてきましたか。

「歌舞伎は僕にとって“家”のような存在です。しかし、家の外にも様々な世界が広がっていますよね。外の空気を吸い、出会ったことのない人と交わることで、歌舞伎に還元できることもあると思えてきました。そして外に出るときには歌舞伎の看板や肩書きに甘えず、ゼロからその場のルールで勝負する心構えも生まれました」 

──映画やドラマで多様な表現にトライするなかで、得たものがありましたら教えてください。

「歌舞伎には“型”があり、そのなかで表現を深めます。でも映画や現代劇では“素”の自分が土台にある。祖父にも“映像はカメラの前に立っただけで芝居やからな”と言われています。その違いを行き来することで、表現者としての自分の幅が、少しずつ広がっていくのを感じています」

「表現者としての自分の幅が、少しずつ広がっていくのを感じています」(片岡さん)
「表現者としての自分の幅が、少しずつ広がっていくのを感じています」(片岡さん)

ひとりの表現者として刺激とモチベーションをいただいた思い

──そんな変化のさなか、映画『国宝』をご覧になったとのことですが。

「実は、吉田修一先生の原作を読ませていただいた時点で“これは将来必ず映像化されるに違いない”という確信めいたものがありました。そして“歌舞伎役者にしかできないお役があるのではないか”と淡い夢と期待を抱いたのですがそれは叶わず、最初は悔しさを感じていました。

しかし、はたして映画化が決まると主演のお二人が、僕が師事する舞踊家の谷口裕和先生のお稽古場に手習いにいらしたのです。そのとき、お二人を始め撮影スタッフのみなさんや李 相日監督の、歌舞伎に対する心からのリスペクトをしっかり感じとりました。そして僕自身は何も関わっていないのに、公開日までまるで自分ごとのようにそわそわしたりしていました(苦笑)」

──実際にご覧になってみていかがでしたか?

「観に行くまで少し心の準備を要したのですが、いざ観賞してみると、悔しさは一瞬で消えました。たとえるなら、長い間腹の奥に刺さっていたものを、一刀でスパッと気持ち良く断ち切ってもらえたような清々しい感覚。“よくぞここまでの作品をつくってくださった。歌舞伎や日本映画の底力を世界にも響かせる素晴らしさ。これ以上の作品はない”と素直に思えたのです。

「歌舞伎や日本映画の底力を世界にも響かせる素晴らしさを感じた」(片岡さん)

映画館でシアターに入った瞬間に目に飛び込んできた、老若男女のお客様でぎっしり満席になった客席の様子も忘れられません。歌舞伎座とは異なる層のお客様が、歌舞伎を題材にした映画を観るために大勢足を運んでくださっている。思わず泣きそうになりました。やはり、歌舞伎はもっともっと、これからも盛り上げていかなければならない業界です。一俳優としても、一歌舞伎役者としても、これからのモチベーションとなるエネルギーをいただいた思いでした」


どんな問いかけにも直球で率直に答えてくださる片岡さん。『国宝』のお話にはスタッフ一同聞き入りました。Vol.3では、片岡さんの素顔に迫る質問を一問一答形式でお届けしますので、お楽しみに。

ルネサンス音楽劇『ハムレット』9月3日より上演!

原作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:彌勒忠史
東京公演:2025年9月3日(水)~9日(火)新国立劇場 小劇場
京都公演:2025年9月13日(土)~15日(月祝)先斗町歌舞練場
出演:片岡千之助/花乃まりあ、高田翔、山本一慶、朝月希和/福井晶一
料金:S席¥10,000 A席¥8,000(税込・全席指定)

問い合わせ先

アーティストジャパン

TEL:03-6820-3500

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EDIT&WRITING :
谷畑まゆみ