鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第十八回
俳優・鈴木保奈美さんの大好評連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」では、保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。
第十八回となる今回は、【燕三条の戦利品】と題してお送りします。
第十八回「燕三条の戦利品」 文・鈴木保奈美
お煎茶の淹れ方が、いつまで経っても上手にならない。沸騰した湯を適温に冷ます、ここが思うようにいかなくて、緑がかった熱湯、になってしまうのが常で、諦めてもっぱら抹茶入り玄米茶や炒り番茶ばかり飲んでいる。もちろんこれらのお茶の味は大好きなのだし、何より最高に美しい急須があるから、ティータイムはどうやったって幸せなのだけど。
友人の家でお昼をご馳走になっていた。丁寧な湯気の立つ、普通のご飯とお味噌汁、手前にすらりと添えられたお箸…んん、このお箸は! ふうわりと八角形の持ち代、先はどこまでも細く、天にはシルバーの程よい錘。食器好きで素敵なものをたくさん持っている友人が、新たに良きものを見つけたようだ。
「さすが、気づいたわね」ニヤリとする友。「いいでしょう、このお箸。セレクトショップで見つけたんだけど、新潟の燕三条で作っているらしいのよ。でさ、行かない? 燕三条」
そう来たか。わたしはもはや、ニンジンをぶら下げられたウサギ。煎餅を追いかける奈良の鹿。飛びつくしかないではないか。燕三条と言えば、台所用品と金物の街。楽しくなるに決まっているではないか。そうだ、燕三条、行こう。
新幹線の駅で待ち合わせて、レンタカーを借りて、まずは「地場産センター」へ行ってみる。刃物、カトラリー、鍋釜やかん、酒器にコーヒーポットに、ありとあらゆる道具たち。あら、これ有元葉子さんのご本に出てくるボウルとザルじゃない? とか、爪切りや庭道具もあるんだ、とか、興奮で呼吸が速くなる。自分の台所の空きスペースを考えて、悩みに悩んで、ボウルと小さなおろし金としりしり器、手のひらに乗るゴマすり器を選んだ。今日のところは、これで許してやるとするか。
レンタカーのトランクに戦利品を積んで、予約した温泉宿を目指す。渓流沿いにポツンと佇む一軒家には小さなバーがあり、お湯で温まったあとにカウンターでジントニックなんか飲んでみる。棚にはレコードプレイヤー。古いレコードに、お好きにどうぞ、とメモが添えてある。おっ、このジャケットは覚えてる、『Cool Struttin'』。次はキース・ジャレット、かけようよ。
「昨夜は地元の若手の経営者たちが集まっていたんですよ」と、宿のご主人が話してくれた。前の世代から引き継いだ “日本のものづくり” をどう守り育てていけるか、新潟までどうやってお客さんを呼び込むか、熱い議論が交わされていたのだそうだ。いいな。この土地を愛して、働いて、暮らしていく。良いものをつくって、利益だってちゃんと追求する。経済が回ってこその、みんなの幸せだ。
キリリと冷えた翌朝、ついに目当ての箸工場を目指す。工場、という言葉が似つかわしくないそこは、びっくりするほどモダンで洗練されていて、そう、工房と呼ぶべきだ。揃いのTシャツを着た職人さんたちが、黙々と、誇らしげに働いている。箸先を削る白い指が、美しい。遠足で訪れた中学生が、将来ここで働きたい、と言ってくれたそうだ。カッコいい、憧れの職場が地元にあるって、なんて豊かなことだろう。若い人たちにそういう場を用意するのが、大人の役目だ。
工房の隣のショップは魅力的な品ばかりで、買わない理由と買う言い訳を考えるのに忙しくなる。試してみて、良かったら揃えちゃお、とか呟きながら、箸と箸置きとスプーンと、正方形の盆を一つずつ買う。一人用膳ができた。
それから包丁屋さんの見学コースで研ぎ体験をして、最後に立ち寄った銅器の店で、出会ってしまったのだ、彼女に。

まずは工房見学で、器の材料や作り方の説明を受け、職人さんの手が魔法のように動くのに感心しきり。整然と並ぶ、使い込まれた道具の美しいことよ。これぞデザイン、用の美というものではないか! ですよね、柳先生? そうして座敷で店主がお茶を出してくださった、その急須に、わたしの目は釘付けになってしまった。コロンと丸い、シンプルな銀色の急須。把手には黒い蔓が巻いてあり、蓋のつまみも黒い樹脂。紛れもなく和の道具なのに、どことなくアールデコの香りもする。その気高い愛らしさ。この子だ、この子に会うために燕三条へ来たのだよ! ところが、店の棚には、把手とつまみが色違いのものや、表面に錫を用いた神秘的で恐ろしく美しい瑠璃色の急須が並んでいるが、シンプルな黒と銀が、ない。聞けば、今このタイプは作っていない、当面作る予定もない、とのこと。ううむ。使用中のこの子は、商品ではない。でも、これが、好きだ。悩む。せっかく買うのだから、新品が良いのでは? いや、アンティークの器だと思えばいいんじゃないの? 店主は、「お客様にお茶をお出しする時に毎日使っているもので…本当にこれで、よろしいんですか?」と当惑顔だ。畳の上で緊張気味にかしこまる急須と、睨めっこする。わたしは君に一目惚れした、と思う。そして一生惚れ続けるだろう。こうして三百六十度見回しても、好きじゃなくなる理由が見つからない。うちのテーブルに置いた姿を想像してみる。ほうじ茶を淹れる。アールグレイを淹れる。羊羹を、モンブランを、黒文字を、クリストフルを合わせてみる。ダメだ。合わない理由を見つけられない。
「決めました、この急須を、譲ってください。もちろん、正規のお値段で」
自分は普段、モノにそこまで固執するタイプではない、と思う。きちんと作られた綺麗なものが好きだとは思うけれど、メンテナンスが複雑なものには関わりたくないし、一点ものだと聞いて飛びつくこともない。だからこんな行動に走っている自分が不思議だった。でも、これほどに気になるのだ。何か、あるんだ。妥協しないで、あきらめないで、自分の “好き” を信じてみてもいいんじゃないだろうか?
店主もこんな客は初めてのようで、「ちょっと職人と相談してきますね」と、工房へ走って行った。そして戻ってきてこう言った。「全体を点検して、磨いてお送りします。数ヶ月かかってしまうかもしれませんが、よろしいですか?」

三ヶ月後、届いた丁寧な梱包から現れた急須を台所に置いてみれば、その馴染み方はあまりにも自然で、初めからそこにいたとしか思えない風情で、わたしは本気で笑った。同郷のスプーンや盆との相性がぴったりだったのも、言うまでもない。そうだったのか。わたしはわたしの “好き” を、信じていいんだ。直感に従って、いいんだ。燕三条への旅は、使う美しさと新しい自信をくれたのだ。
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- PHOTO :
- 鈴木保奈美 (本人の写真は、スタッフ、友人、家族が撮影)
- EDIT :
- 喜多容子(Precious)

















