鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第二十二回

瀬戸内海の写真を撮影中の鈴木保奈美さんのカット
季節は夏の初め。サイクリングの聖地、しまなみ海道にて。目の前に広がる瀬戸内海が心地よい。

俳優・鈴木保奈美さんの大好評連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」では、保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。第二十二回となる今回は、【晴ればれ富山】と題してお送りします。

そして2024年よりスタートしたこの連載が、一冊の単行本となりました。書籍には新たに書き下ろされたコラムに加え、保奈美さん自らシャッターを切った旅の風景や、家族が撮影したプライベートショットまで、本誌未公開カットも多数掲載されています。詳しくは記事末の関連記事からぜひチェックください。

鈴木 保奈美さん
俳優・文筆業
(すずき・ほなみ)ときにエスプリの効いた感性豊かな文章には定評あり、「Precious」でも数多くのエッセイを執筆。現在、出演中のドラマ『一次元の挿し木』(読売テレビ・日本テレビ)では、世界的権威の発生生物学者を演じる。鈴木保奈美オフィシャルサイトhttps://suzukihonami.net インスタグラムhttps://www.instagram.com/honamisuzukiofficial/

第二十二回「晴ればれ富山」 文・鈴木保奈美

瀬戸内海を旅行中の鈴木保奈美さんのカット
「坂の町」と呼ばれる尾道。急勾配の石段が続く「千光寺新道」を登りふと振り返ると、趣のある家並みの間から、キラキラ輝く尾道水道と向島が見える。

東京生まれで、小中高の十年ほどを神奈川県で過ごし、また東京に戻って今に至る。両親の実家も東京(もっというと大田区と品川区。近過ぎる)。親戚も皆、関東圏内に住んでいて、八王子のおじさんの家がいちばん “田舎” だったなあ。そんなわけで他の土地を知らずに育ってしまったので、地理的な感覚が非常に偏っていると思う。海は南にあって、川は北から海に向かって流れ込むもの。海に向かって立つと左から日が昇って右手に沈むもの。ひょいと振り返れば、箱根の向こうに富士山が見えるもの。だから大人になって仕事のために色々な土地を訪れると、その “地理感” “地理勘” がひっくり返されて、クラクラ、ドキドキして興奮する。

鈴木保奈美さんが撮影した旅行中の写真
 

例えば瀬戸内海。海の向こうに岸があるという事実が、もう信じられない。だって相模湾には何も浮かんでいなくて(烏帽子岩ってのが、見えますけど)パカーンと海原が広がっていて、はるか向こうはハワイだよね〜なんて思うくらいだもの。なのに瀬戸内海ときたら、あっちにもこっちにも島があって、それぞれに人が住んで暮らしがある。人々は対岸を見て、あちらの方が賑やかだな、とか、こっちの方が陽当たりいいな、なんて思ったりするのかしら? この間、舞台の広島公演のついでに尾道に立ち寄ったのだけれど、駅前から尾道水道を挟んですぐ目の前に向島(むかいしま)、という島がある。岸に立って手を振ったら見える。相模川の対岸より近い。これ、ほんとに海ですか? ここで私は『赤毛のアン』を連想した。アンと親友のダイアナが、距離はあるが向かい合っている互いの部屋の窓辺にロウソクを立てて合図を送り合う、あのシーン。瀬戸内の親友たちも恋人たちも、あれ、できちゃうのね、と思ったらキュンとした。すぐそこに見える、でも海で隔てられてる、ってどんな感覚なんだろう。それともここの人たちは、我々が自転車に乗るくらいの感じでちょこっと船で渡ってしまうのかな。尾道出身の友人に聞いてみたらば、
「そういえば、東京の大学に入って、友達と海水浴に行ったら、海が広すぎて怖くて入れなかった」
だそうだ。

海辺を離れて高台へ登ればさらに島々が一望できて、うわあ、かつては村上水軍が島を縫うようにブイブイと行き交っていたのね、どれだけ賑やかだったことだろう、とか、数々の合戦もスペクタクルのように見えたのではないだろうか、とか、想像が止まらない。そうして、こんなに違う景色を見て育った人たちとは、物事の見方や考え方は当然違ってくるはずで、それはとても面白いことだ。日本って小さい国だけど、多彩だなあ。

富山を訪れた鈴木保奈美さんのカット
世界遺産にも認定されている富山の五箇山合掌造りの集落には、実際に生活している人もいるそう。

広島の後は富山公演があった。日本海と聞くと、曇ってる? 寒そう? 岩に波しぶき、ザッパーン打ち付けてる? と、つい思ってしまう湘南育ちです。本当にごめんなさい。石川さゆり様の影響力半端ないです。いや、以前金沢で海水浴したとき、砂が黒くて海が灰色で、小さい虫がいっぱいいた記憶が…というわけで甚だしい偏見を抱きつつ北陸新幹線に乗ったわけだが、え? 東京から二時間? 近くない? そして、ピッカピカの晴天です。

富山を訪れた鈴木保奈美さんのカット
富山から氷見へは、晴れ渡った空に真っ青な日本海を見ながらのドライブ。

初めて訪れた土地が心地よく晴れていると、なんだか “気” の良い場所だなあ、歓迎されてるな、相性が良いのだな、なんて思いません? わたしの場合、ニセコがそう。去年行った高知もそうだったし、あと、御殿場。まあ、御殿場は、だいたい晴れてる。富士山の強力なオーラに守られてるんだと思う。とにかく富山はカラリと晴れていて風が爽やかで、わたしは大歓迎されていると確信した。

富山を訪れた鈴木保奈美さんのカット
今、急激に注目を集めている富山市の東岩瀬。右/酒蔵の大きな扉は深いブルーのタイル。アートも自然に町に馴染んで。

チューリップ祭りは終わってしまった後だったけれど、緑がキラキラして初夏の花々が咲き乱れ、青い空に立山連峰の真っ白な頂が望める。あんなに左から右まで雪を被った山が連なっているなんて、これは相当な規模ではないか、富士山二十個分くらいありそうだ。知らなかったなあ。知らなかったといえば、“散居(さんきょ)” だ。合掌造り集落を見学に行く道中、高速道路からの眺めに目を奪われてしまった。田畑が広がる中に、ポツンポツンと林に囲まれた家が立っている。決して集落をつくっていなくて、必ず一軒ずつ。敷地の中は母屋と離れと、蔵と納屋とガレージかな? で構成されていて、随分と立派な門構えの家も多い。かつて農家が、それぞれの家の周りの土地を開拓して米づくりをしてきたことに由来し、農作業の効率化や自給自足の意味もあったとか。そして砺波(となみ)平野の散居村は日本三代散居集落の一つなのであ〜る。この景色に農業と人々の暮らしの歴史が見えるわけよ、ゾクゾクするなあ、なんと興味深い。

富山を訪れた鈴木保奈美さんが撮影したカット
上/江戸から明治時代にかけて建てられた家がリノベーションを加え、そのまま現存されている。下/この町が気に入って集まってきた職人も多く、工房を備えたギャラリーもあちこちに。

そうして定評通り、魚が美味い。知人が紹介してくれたお寿司やさんの大将によると、富山湾は岸近くまでうんと深いので魚の種類が豊富なうえ、立山連峰から流れ込む雪解け水が、栄養たっぷりの “山のプランクトン” を運んでくるのだそうだ。こんな海は世界でも珍しいのだ、と誇らしげに教えてくれた。知人は「世界一美味しいよ」と評していたけど、うん、大袈裟じゃなかった。

富山で鈴木保奈美さんが撮影したホタルイカの握りのカット
そして、富山といえばホタルイカ。シーズン最後の逸品を贅沢ににぎりで!

美味しいものがあれば人が集まる。富山市の、かつて北前船の寄港地として栄えたエリアはリノベーションが進んでいて、洒落た街に変わりつつある。大工さんが来る。建具屋さんが、鍛冶屋さんが来る。アーティストが、クリエイターが集まってさらに人を呼ぶ。星付きシェフを招いて “ミシュラン通り” にする計画もあるとか。楽しそうだ。日本中、いや世界中からお客さんが来て賑わうようになるだろうか。願わくば、静かな古い街が無粋な看板や幟や自動販売機で騒々しくなりませんように。ずっと前から住んでいる人たちが息苦しくなりませんように。

富山で鈴木保奈美さんが撮影した富山の旅行カット
東岩瀬に繁栄をもたらした廻船問屋の馬場家。明治初期に建てられた豪商の屋敷を見学できる。瓦屋根と漆喰の白い壁とのコントラストが美しい。

翌朝、ホテルの部屋に配達された新聞を広げると、スペイン訪問中の富山市長がサンセバスチャン市長とガッチリ握手している写真が一面に載っていた。ほほう、さては “日本のサンセバスチャン” に名乗りをあげたということかしら。予約が取れなくなる前に、お寿司を食べに行かなくちゃ。


◇連載『中途半端な旅人は語る』(小学館)が待望の書籍化!

本_1
『中途半端な旅人は語る』(小学館刊) ¥2,420 

連載『中途半端な旅人は語る』(小学館)が、一冊の単行本となりました。詳しくはこちらをご覧ください(一部、ためし読みもいただけます)。

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PHOTO :
鈴木保奈美 (本人の写真は、スタッフ、友人、家族が撮影)
COOPERATION :
ライカカメラジャパン
EDIT :
喜多容子(Precious)