鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第二十五回
俳優の鈴木保奈美さんが、趣味のひとつである旅をテーマに、これまでの旅路を振り返る大好評連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」。第二十五回となる今回は、【京都で、食べる、買う】と題してお送りします。
2024年よりスタートしたこの連載が、このたび一冊の単行本になりました。書籍には新たに書き下ろされたコラムに加え、保奈美さん自らシャッターを切った旅の風景や、家族が撮影したプライベートショットまで、本誌未公開カットも多数掲載されています。気になる本の内容は記事末のリンクボタンをチェック(一部試し読みもいただけます)。
第二十五回「京都で、食べる、買う」 文・鈴木保奈美
品川駅のスタバでコーヒーだけ買って、午前九時の新幹線に飛び乗ったミシェル(通称)と美月(通称)とわたし、京都に着く頃にはお腹はペコペコだ。ホテルに荷物を預けたら、早速ランチに繰り出す。気分は、蕎麦!
二人には事前にガイドブックを渡したが、土地勘という意味では、撮影や公演で京都に滞在し、お休みの日に一人で歩き回っているわたしに一日の長がある。そういえば彼女たち、数年前にわざわざ一泊して京都公演を観にきてくれたのだった。でもその時のお夕飯、どこに行ったの? と訊ねても、「う〜ん、祇園だっけ、木屋町だっけ? タクシーで行ったんだよね、川は近かったよね」と、なんとも頼りない。わかったわよ、あたしが先導するわよ、黙ってついてきなさいよ! わたしも大人になったもんだ。三十五年前のパリ旅行では地図を見る気のない友人と仲違いしたのにねえ。今やガイド役だって喜んで買って出ちゃう。
まずはいかにも京都の町家風情に浸って緒戦を飾ろう、と晦庵(みそかあん)河道屋(かわみちや)さんを目指したのだが、残念、定休日だ! それでは、と近くを探すと、Google Mapで高評価の店を発見。ノーマークだったけど、わたつねさん、行ってみよう。
夜は居酒屋になるのだろうか? 壁にペタペタ貼られたお品書きは、冷奴やめかぶ、刺身や煮魚、ホワイトボードには手書きで日本酒の名前が並ぶ。町家風情どころか、食堂とか事務所みたいな…大丈夫かな? とミシェルと美月の顔を覗き込むと、二人とも「わあ、いいね」「絶対美味しい予感がする」とニッコニコである。隣の中年カップルのテーブルを指して、同じの、ください、とオーダーする。冷やし鱧天梅おろし蕎麦。いいねえ、来たねえ、京都。上等の幕開けだ。
わたしは買い物をするなら寺町通が好きだ。まずは気になっていた京都鳩居堂、東側のレターバイキングへ。便箋や封筒を一枚から選べる。こんなに人気があるんだもの、お手紙文化は廃れないはず、と思う。レトロなデザインの付箋も手に入れる。もちろん、お向かいの西側の店でポチ袋なんかも入手。
アーケードを下っていくと、美月がつつつ、と梅園さんに引き寄せられていく。「みたらし団子、買っていい? ここのはちっちゃくて、四角いの!」。わあほんと、初めて見る形。五本入り五百八十円也。食べ歩きたいところをグッと我慢し、今夜のデザートに持ち帰る。
ミシェルのリクエストの筆頭は象彦さんだ。モダンなマンションに水墨画なんか合わせちゃう彼女らしい、流石のチョイス。そこでUターンして、寺町通を北上し、御池通を渡る。すぐ左手に、清課堂さんがある。ショーウインドウに並ぶ、あまりにも美しい錫の酒器。美月が「錫の箸置き、集めてるのよね」と、小さな銀色のサヤエンドウを手に取る。わたしの目はショーケースの中の、手のひらに乗るほどの馬のオブジェに吸い寄せられる。丙午生まれだから、常に馬グッズを探しているのだ。この馬はなんというか、飛鳥とか白鳳とか、日本の古代文化の雰囲気もあり、はたまたギリシャぽくもあり。出会っちゃったかもしれないぞ。
象彦さんの明るい店内で、ミシェルは迷いに迷っている。深い飴色と深い朱色、それに明るいオレンジ、と三色展開の器を、色違いで揃えるか一色を選ぶか? 迷宮入りしそうなので、お茶タイムを提案する。
一保堂ののれん、夏は白。茶を焙(ほう)じる香りが漂う。わたしはここで、正しいお煎茶とは何かを知り、自宅で再現に努めて幾度も挫折を味わい、挑戦は無駄と諦めて、毎度寺町に詣でるのである。高説を垂れるわたしなんかそっちのけ、ミシェルと美月はポットのお湯を湯冷まし用の茶碗に注いでは、「二煎目が甘い!」「三煎目が好み!」とはしゃいでくれる。うん、連れてきた甲斐があったよ。
夕食は「せっかくだから、ザ・京都を堪能しよう」というわけで、下鴨茶寮を奮発する。スッとした畳の香り、月明かりの庭園、丁寧なお給仕で背筋を伸ばしていただく懐石料理。カリッと炙った鰻ざくの美味しいことよ。大人の贅沢だ。わたしたちは、この夜に値する大人であるか? きっと大丈夫、相当がんばってきたもの。そうしてこれから先、髪が白く、肌は潤わず、歩幅が狭くなったとて、胸の奥の珠はピカピカに磨き続けていくんだ。
二日目は朝から、祇園祭の山鉾巡行を観る。そもそも、今回の京都旅行の目的はこれだ。市役所前あたりの観覧席で、盛大に汗をかく。と、後ろの席の女性が「よかったら、どうぞ」と、汗拭きシートを分けてくださる。ふう。ありがたい。なにかお返しできるものを、持っていればよかった。隣の列では白人の女の子がホール丸ごとのチーズケーキを食べている。ふふ、ピクニック気分だね。
ブランチには洋風な味が欲しいね、と意見がまとまり、イノダコーヒへ向かう。ミックスサンドとアラビアの真珠と、プリン。サンドイッチを頬張って、思わず「懐かしい!」と八の字眉毛になる。小学校が半ドンで家に帰ってきて食べる、昭和の土曜の昼下がりの記憶。それをうんと丁寧に精密に、欲張らずにふくよかに作ってくれた味、とでも言おうか。う〜ん、満足。
ミシェルが「郵便で送れる扇子があるはず」と言うので、宮脇賣扇庵さんへ行って聞いてみる。と、ありましたよ。小さなお扇子に、住所を書いて切手を貼ってそのままポストに投函できるのだ。三人で寄せ書きして、今回来れなかった仲間に送ろう。しかし本当にこのまま投函して、折れたりしない? 無事届きますように、とポストに手を合わせる。
帰りは伊勢丹で漬物とお稲荷さんと抹茶ババロアを買い、大収穫の帰京となった。
それからひと月、どうしても薬膳きのこ鍋大会をやりたい、という美月の家で、京都旅反省会が開催された。テーブルに用意された箸には、清課堂のサヤエンドウと、隣にもよく似た箸置きが。「こっちのは、マレーシアに住んでいたときに買ったの。同じシリーズみたいで、いいでしょう?」。ミシェルの象彦さんの器には、ナッツやチーズやチョコレート。三色並べると、ほんとに可愛い。やっぱりこれで正解だったね。あの時は相当悩んだものね。それにしても暑かった。美味しかった。可笑しかった。きっとわたしたちはこれから何度でも、この器や箸置きを見て、あの旅を思い出して笑い合うだろう。ネットで買ったら、こうはいかない。だから、行くのだ、旅に。
切手を貼った扇子も無事に旅を終え、友に京都の風を届けてくれたのだった。
◇連載『中途半端な旅人は語る』(小学館)が待望の書籍化!
連載『中途半端な旅人は語る』(小学館)が、一冊の単行本となりました。詳しくはこちらをご覧ください(一部、ためし読みもいただけます)。
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- PHOTO :
- 鈴木保奈美(本人の写真は、スタッフ、友人、家族が撮影)
- COOPERATION :
- ライカカメラジャパン
- EDIT :
- 喜多容子(Precious)

















