「日本民藝館」(東京都目黒区)で先日まで開催されていた『柚木沙弥郎 もようと色彩』展。会期中の入館者数は日本民藝館の過去最多を記録し、終了間近の週末には1,500人もの来館があったといいます。
染色家・柚木沙弥郎(ゆのき さみろう)さん、95歳。鮮やかで力強い染色や大胆なモチーフは、伝統工芸という枠にとどまることなく、アート表現の可能性を切り開いてきました。今や日本の型染(かたぞめ)の第一人者として、国内外で高い評価を得ています。
また、型染に限らず、版画、ガラス絵、人形、絵本といった新たな分野にも挑戦し、自らの表現を追求し続けています。「気持ちは、年齢と関係ないもの」。そう穏やかに語る、柚木さん。人生観とエネルギーの源について教えていただきました。
95歳の染色家・柚木沙弥郎さんにインタビュー
柚木さんは1922年、東京生まれ。父親は洋画家、祖父も画家という芸術一家に育ち、幼いころから絵画に慣れ親しんでいたといいます。戦後、就職したのは岡山県倉敷にある大原美術館。そこで「民藝」と出合い、のちに人間国宝となる芹沢銈介氏(1895-1984)に師事しました。染色の道を歩み始めて70年。これまで、数多くの個展やイベントで作品を発表しています。近年は、フランス国立ギメ東洋美術館でも展覧会を開催。今もなお精力的な制作を続ける柚木さんのご自宅兼アトリエで、お話を伺いました。
——「民藝」との出合いについて教えていただけますか? どんなところに惹かれたのでしょう。
柚木沙弥郎さん(以下、柚木さん):一般に民藝というと、土産物とか言われちゃう。先入観もあるからね。戦後、東京から実家のあった岡山に移り、大原美術館に勤めました。その館長が、民藝運動(※)を行っていた柳 宗悦(1889-1961)さんに傾倒していました。美術館では、濱田庄司さんや河井寛次郎さんの陶磁器の展示を行っていました。僕はなかでも、芹沢銈介さんの型染めカレンダーに目を奪われました。文字でも絵でもない、「模様」というものに感動して。いてもたってもいられなくなり、芹沢さんの元に弟子入りしました。倉敷は特別でしたね。戦後まもなく誰もが生活に余裕がない中、倉敷は街として「文化」を大事にしていたんですよね。
——柚木さんの作品は、大胆な構図や鮮やかな色使いも印象的です。インスピレーションはどこから来るのでしょう。
柚木さん:先日の『柚木沙弥郎 もようと色彩』展には、僕の原点から今日までの作品を集めました。いわば回顧展のようなものですね。でもね。回顧展というのは、生きているうちにできるものだと思っていなかったな。
2000年ごろからは特に、現代美術にも魅力を感じるようになりました。だからといって、制作を続ける中で「現代的であること」を意識しているわけではないんです。毎度同じものをつくるわけではないし、自分の生きている時代の感覚が、自然と入ってきますから。ただ、こういった民藝の世界の中では、深く狭く追求する人も多いかもしれません。でも僕はね、あっち向いたりこっち向いたりしちゃうんだ。
デザインの話につなげると、僕はこの伝票の裏を見て形が面白いと感じた。これはね、宅配伝票だけど裏を返してみたら、モダンなアートデザインのように見えたんです。今の人は、とても忙しい毎日を送っているかもしれないね。忙しさの中で、身近なことを見過ごしてしまうこともあるよね。あるいは、スマホに気を取られてしまったり。何か、遠くや先のことを考える前に、リアルで実感のある生活に目を向けてみるのはどうだろう。
気持ちは年齢と関係ない
——展覧会では、植物や動物、人をモチーフにしたものも多く見かけました。日常の景色からイメージを想起するのでしょうか?
柚木さん:出来上がったばかりの新作は、代々木公園で見かけた枯木をモチーフにしました。枯れてしまった木を見てね、形や手触りが面白いと思ったんです。生きている元気な木とはまた違う魅力がある。よく木や花をスケッチしたりする方もいますけど、僕は写生はしないんです。見ながらでなくて、感じた印象を作品にしているんだ。
——新作は、柚木さんの背を超えるような大作ですよね。そのエネルギーはどのように湧いてくるのでしょう?
柚木さん:気持ちね、年齢と関係ないもの。ハサミで切ったりするときは、若いときと違って時間がかかったり、苦労することもあるけれど。切っているときは切ることだけ。そのときそのときに集中すればいいんだ。型染は、もうずっと分業制でね、僕がデザインをして型紙をつくって、専任の染め職人と二人三脚でやっています。
デザインを考えるときは、僕は手を動かしながら考えるんです。最初にもうゴールを決めておくようじゃダメなんだ。もっとこうした方がいいんじゃないかって、デッサンも何度も描き直します。気も変わるしね。
「棚ぼた」はない。自分で、面白みを感じられるか
——制作を続ける中で、ずっと大切にしている思いはありますか?
柚木さん: ワクワクしてないとダメなんだ。ある程度おっちょこちょいじゃないとね、作品をつくるには。でもね、女子美(女子美術大学)で教えていたころの生徒から後に「先生には近寄りがたかった」って言われちゃったこともあるんだ。僕はそんなつもりじゃなかったんだけどね。真面目だったのね。力が抜けたのは、こうやって歳をとってからかもしれないね。
子供のころは、母親に「沙弥郎、そんなに調子に乗るな」って言われてそれからセーブするようになったんだけど。学生時代は、自制心が強かったかもしれないね。それから戦争があって。青春なんてなかったね、今が青春だよ。
そりゃあ人間だから、スランプもある。社会に目を向ければ、息が詰まるような問題もたくさんあるし、仕事や家庭のことで悩む人も多いかもしれない。でもその中に生活の面白みを感じられるか、というのがミソだよね。
——なるほど。
柚木さん:「棚からぼた餅」なんて、絶対にないんだ。自分で見つけるしかないんです。
——「工芸」や「アート」というものに対して、どこか身構えてしまう人も多いかと思います。柚木さんはどのように捉えていますか?
柚木さん:つくられたものはすべて、アートって呼んでしまえばいいんじゃないかな。工芸とか、手仕事とか、デザインとか細かく分けるからややこしいんだ。そして、もっと気軽に美術館にも足を運んで欲しいな。音楽を聴くのと同じように気軽に触れたらいいと思うんです。旅先で、その土地の美術館に寄ってみるとかね。みんな、食べることばっかりに熱心なんだから。
——今、取り掛かっていることや楽しみにしていることはありますか?
柚木:このあいだ日本民藝館での回顧展が終わって、また次のステージだね。来年の春に、葉山で展覧会をやることになったんだ。会場が広くてね、制作しないとね。
——最後に、仕事や家庭、子育てと悩むことも多い大人の女性へアドバイスをお願いできますか?
柚木さん:直面している難しい問題や悩みの中にも、面白さを見つけられるといいですね。心では苦しいんだけど、気持ちはそこから浮遊しているような。距離感をもつんです。もうひとりの別の自分がいて、客観的に自分を見ることができればもう、しめたもんですよ。
「なんでこんなに、うちの亭主はむくれているんだろう」。そんなときでも角度を変えて見てみるんです。そうしないとね、身がもたないでしょう。
それとね、会社勤めの顔、妻や母親としての顔。それとは別に自分の持っている「身体」の生かし方を考えられるといいかもしれません。夢や憧れをもつと、愉快になると思うよ。自分が、人生の主人公になって考える。それは特別なことでなくて、日常的なことでね。これが好きだとか、これをやっていれば大丈夫、という自信をもつことが大事になってくる。小さなことでいいんだ。これは私ではないとできないとか、何か長く続けること。そういったことをひとつでも自分の中にもつのはどうだろう。
国内外で愛され続ける柚木さんの作品。「民藝=古き良き伝統のもの」というイメージを軽やかに覆すような、瑞々しさと生命力にあふれています。「人生に面白みを感じるかが、ミソだよ」。柚木さんは、日々の何気ない暮らしの中に、美しさや喜びがあることを教えてくれます。人生100年、とも言われる現代。柚木さんの生き方には、自分の足で立ち、楽しみながら歳を重ねるヒントが詰まっています。
IDEEのオンラインショップでは、柚木沙弥郎さんのリトグラフやポスターの一部を購入可能です。
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- PHOTO :
- 渡辺修身
- EDIT&WRITING :
- 八木由希乃