『風と共に去りぬ』の スカーレットは、自分らしさを貫く現代的な女性です
アメリカ人作家マーガレット・ミッチェルが1936年に発表した長編小説『風と共に去りぬ』。南北戦争を物語のきっかけとし、戦中戦後の混乱のなかで強く生き抜いた女性スカーレット・オハラの一代記を、林真理子さんが新たな小説として書き始めました。時代に翻弄されるのではなく、変化する時代と共に成長していくスカーレット。変わることを恐れず、けれど自分を貫き通す女性。この魅力的なスカーレットを通し、現代女性の生き方についてお話をうかがいました。
13歳の少女を虜にした、強く美しい女性の一代記
—私はいわゆる美人、というのではない。けれどもいったん私に夢中になると、男の人たちはそんなことにまるで気づかなくなる。そしてたいていの男の人たちは私に夢中になるから、私はこの郡いちばんの美人ということになっている—
こんな出だしで始まる林真理子さんの新しい小説『私はスカーレット』。原作の『風と共に去りぬ』は、アメリカ南部の大農園の娘であるスカーレット・オハラが体験した激動の15年間を描いた、長い長い物語です。
「中学2年のときにたまたま図書館で借りたんです。本のオビに、南北戦争中にふたりの夫を…みたいな、つまらないキャッチコピーがあったのを覚えています。おもしろくなさそうだなって思いながら読み始めたのに、ふた晩くらい徹夜して一気に読んでしまいました。そのあとすぐ映画も観たのですが、私の心に刺さりすぎてしまって。映画館の中で本当に泣けました。物語に感動して…ではなく、こんなドラマティックな世界があるのに、なんで私は山梨の田舎に生まれたんだろうと(笑)。私はスカーレットだ、って空想しながら寝ても、起きると節だらけの天井が目に入って現実に戻される。私は平凡な女の子としてこんな田舎で暮らすんだわって思ったら、また泣けてくるんです。なんで私はスカーレットじゃないんだろう、あの時代に生まれてこなかったんだろうという想いが、ずっとありました」
中学生だった林さんに、「生まれ変われるのならスカーレットのあの時代に…」とまで思わせたという『風と共に去りぬ』。何が多感な少女の心をそこまでとらえたのでしょう。
「こんなおもしろい小説、今の人はなんで読まないのかしらって思います。『風と共に去りぬ』には、秀逸な小説の要素がすべて詰まっているんです。見事な男女の三角関係に、没落と成功。女性の一大長編ドラマ、大河ドラマですよね。私たちが好きなエレガントなシーンも、素晴らしい自然描写もある。白いモスリンのドレスを着た少女が美男子に囲まれて、マグノリア(注:木蓮)が咲く円柱付きの白亜らの邸宅でって、もうこれだけで心をつかまれませんか? 少女漫画の世界、そのままですよね。そこに、お転婆でちょっとドジな女の子を、かわいいなぁとか言いながら笑って見守る素敵な大人の男性が登場するんですから(笑)」
確かに、『キャンディ・キャンディ』も『はいからさんが通る』も『ガラスの仮面』も…みんなそうでした!
自分を貫くために戦う、その強い姿勢も女性の美しさ
「日本人の女性は、戦後この物語に出合って魅了され、昭和のあいだ脈々と読み継がれ、スカーレットという女性を愛した。小説としておもしろかっただけでなく、こういう女性になりたいと強く刺激されたのだと思います。今は、Preciousの読者の皆さんのようにちゃんと自立して、恋をして、結婚して、子供をもち、出世もしたい、趣味もおしゃれもと、頑張ってスカーレットのような女性になれる。だからこういう物語に感動し、憧れなくなったのでしょうか」
一瞬にしてすべてを奪う“戦争”を背景にした『風と共に去りぬ』。理不尽な運命に立ち向かい、決してあきらめず、人生を切り開いていくスカーレット。環境は大きく違いますが、社会の中で戦いながら自己実現していくこの女性は、現代の日本を生きる私たちにとっても十分魅力的なはずです。
原作『風と共に去りぬ』はこんな作品です
ジョージア州アトランタの大農園タラに生まれたスカーレット・オハラの激動の半生を綴った、マーガレット・ミッチェルの小説『風と共に去りぬ』。1936年に発表後、瞬く間にベストセラーとなり、翌年ピューリッツァ賞を受賞。1940年にはビビアン・リーとクラーク・ゲーブル主演で映画化され、アカデミー賞で9部門を受賞。日本でもストレートプレイやミュージカルとして、1966年から何度も舞台化されている。
生き抜くためにはどんなことでもやる。実業家としての才能を発揮し、成功したビジネスウーマンになっていく。そこもこの小説のおもしろさのひとつです
「大農園のお嬢様で、何不自由なく暮らし、素敵な男性たちにちやほやされながら育ったスカーレットが、生き抜くためならどんなことだってします。家族のため、農園を守るため、そして自分自身を失わないために。泥だらけになって農作業をし、好きでもない男と結婚し、実業家として才能を現す。没落から自らの足で立ち上がり、ビジネスウーマンとして成功していく過程がおもしろいんです。日本でも、第二次世界大戦で負けた直後は、男性より女性が強かった、という話がたくさんあります。昭和天皇の第一王女だった東久邇成子(ひがしくにしげこ)さまが、物資の乏しい中で自らやりくりの工夫をなさったというのは有名な話。男性は戦う場を失って茫然とし、女性はそこで踏ん張ったんです」
戦争でなくても、社会、職場、家庭、自分が生きる環境に大きすぎるほどの変化があったとき、女性には立ち向かっていく強さが備わっている。スカーレット・オハラは、まさにそんな女性です。
「スカーレットが魅力的なのは、どこまでも自分を貫くところ。好きな男性を手に入れるためなら同性に嫌われたって構わない。自分の野望、野心、欲のためなら他人の目も噂も関係ないわってやり過ごすことができるのは、本当に強い人だからだと思います。ものすごく現代的な女性ですね」
40年くらい前の日本は、まだ結婚か仕事かの二者択一で女性が大いに悩んでいた時期。そのころ作家として登場した林さんは、物語を生み出すだけではありませんでした。あれもこれも欲しいものはすべて手に入れたい。自分が頑張って手に入れるんだもの、いいじゃない—。自己実現なんていえる時代でもないころに、林さんは自らの野望を次々とかなえていきます。そんなところも、私たちが林さんを支持する所以。林さんがスカーレットを現代的な女性だと感じるのは、求めるものに真っ直ぐだというプレシャス世代の生き方に、スカーレット・オハラという女性の人生を重ねているからかもしれません。
苦労知らずのお嬢様が、16、17歳で自らの手で生きる道を開拓しなければならなかった。過酷な運命にもめげず、富も名声も手に入れ、他人を気にせず、自分の信念や野心を剥き出しにしながら突き進む。それでもスカーレットがチャーミングなのは、そこにリアリティがあるからだと林さんは分析します。
物語と共に旅ができるところが長編小説の醍醐味
「スカーレットって鼻持ちならないところがありますが、原作では対照的なキャラクターを配置し、嫌悪を感じさせない工夫をしています。自分にはない強さをもっているスカーレットに憧れるメラニーの存在が、読者をスカーレットに共感させるんです。たとえばアトランタから逃げ出すときに、愛する男性の妻であるメラニーを、『彼女がいなければ…』と思いながらも助ける。自分だって生きるか死ぬかというときに、出産したばかりで衰弱している、明らかに足手まといのメラニーを見捨てないんです。彼女のその勇敢さや心意気に読者は共感し、感動するのだと思います。メラニーとスカーレットは、陰と陽のようにふたりでひとり。今話題の“姉妹毒”ですね。作者のマーガレット・ミッチェルの人生も波瀾に富んでいて、だからこそ書けた物語です」
原作では、男性の描写も、優柔不断で結論を出さないアシュレと、自信家で結果を求めるレットと、対照的なキャラクターを設定。スカーレットが、自分のものにならないのに愛し続けたアシュレ、結婚したけれど心を託さなかったレット。
「容姿端麗で心が弱い男性、惹かれませんか? 昔はレット派でしたが、今はアシュレのような男性の魅力もわかります」
『風と共に去りぬ』は恋愛小説ではなく、女性の一代記。林さんの新連載『私はスカーレット』では、スカーレットの一人称で物語は描かれます。林小説の真骨頂である細やかな心理描写が物語に奥行きをもたらし、読者をぐいぐい引き込んでいくことでしょう。
「スカーレットがいちばん魅力的なのは、敗戦から立ち上がり、実業家になっていくところです。レットと結婚して何不自由ないはずなのに事業は手放さない。生きるための仕事ではなく、自分の能力を発揮することに喜びを見出したんですね。お嬢様からビジネスウーマンへと変貌していく過程で、彼女自身がどう変わっていったのか。その内面を、じっくり書いていくつもりです」
『風と共に去りぬ』は、日本人女性が大好きな女性の一代記。見事な三角関係とか、没落からの立ち上がりとか、エレガントなシーンもたっぷりあって、秀逸な小説の要素がすべて詰まっています
「小説を読む機会が減っても、女性が女性の一代記を好むというDNAは日本人の中に残っているはず」と林さん。
「朝ドラにはまだそれが受け継がれていますよね。私はこの『私はスカーレット』で、小説を読む楽しさをもう一度呼び起こさせたい。長編小説を読む醍醐味は、物語の中の人生を一緒に旅できることです。何日も夢中になって読んでいると、嫌いだった人物でも共感せずにはいられなくなったり。そこから受けるのは、短編小説の何倍もの感動です。読後は心地いい疲労感に包まれるはず。連載が始まったばかりなので一気に読んでいただくことはできませんが、この先どうなるんだろうというもどかしさを読者の皆さんと共有していきたい。私自身も楽しみです」
『私はスカーレット』は文芸誌『きらら』で連載中!
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- PHOTO :
- 三浦憲治
- EDIT :
- 小竹智子