「今のふたりの暮らしに必要な香りを探る楽しみ」

ひとつの空間にいる男女が、香りを共有すること。日常を共にしていれば、なんでもないことのように思われますが、本来とても私的でインティメートな香りというものを、互いに好んで共有できるとしたら、どんなに幸せでしょう。

四季の香りを巡って、Preciousゆかりの人々が香りの幸福な記憶をひもときながら、お気に入りのコレクションを紹介する連載『メゾン クリスチャン ディオール』。2回目は、自身の小説の中でも香りを大切なモチーフにする作家の朝吹真理子さんと、香道にも関心を寄せているコンテクストデザイナーの渡邉康太郎さんご夫妻。

東京の知的で洗練された現在(いま)を象徴するおふたりが暮らしのなかで求める香りについて、お話をうかがいました。

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知的なふたりの時空をつなぐのは、フレッシュでニュアンスのある香り

『メゾン クリスチャン ディオール』オードゥ パルファン 40ml 各¥11,500~(パルファン・クリスチャン・ディオール) ジャケット¥460,000(クリスチャン ディオール) 椅子 各¥59,000(ロッシュボボア トーキョー) テーブル/参考商品(トランスペアレンシーョールーム)

クリエイティブで、好きなものも似ているふたりが共にする家は、リラックスして語り合う場でもある。フレッシュなのにニュアンスがあって、想像力を刺激してくれるような香りが、ふたりの過去と未来の記憶を紡ぎます。​

香りは記憶の再生装置

男と女にとって、感覚を共有できることは幸いである。特に嗅覚は五感のなかでも感情を大きく揺さぶるので、好きな香りの共有は、ふたりの空間を心地よいものにするために、大切な意味をもっている。幸いにして香りの嗜好が似ているという朝吹さんと渡邉さん。香りを選ぶ入り口は、ふたりともネーミングから…。

「やわらかい言葉に惹かれて手に取りました」と、妻の朝吹さんが選んだのは『テ カシミア』という名のフレッシュフローラル系オードゥ パルファン。

「サマーセーターやストールにふんわりと包まれながら、くつろぐイメージ。ホワイトティーの香りがいいですね。昔から寒がりで、夏でもブランケットが手放せず、くるまったまま、部屋の中を移動するのが好きでした。そんな安心感を覚えます」(朝吹さん)

実はフランス人の大おじが調香師だったという、朝吹さん。香りが生まれる背景や物語に思いをはせるのが好きで、"匂い"について、自身の小説でも幾度となく触れてきた。

「静かで穏やかに香り続ける感じがして好きです。緩急をつけてドラマティックに変化していく香りより、アンビエントミュージックのように、はじまりも終わりもあいまいに続くのがいい。香りは音楽の"再生装置"のようなもの。肌につけた瞬間に音楽が始まって、その日の体温や天候で演奏が変わり、一度だけの音楽を奏でる感覚です」(朝吹さん)

そして朝吹さんの言葉をつなぐように、夫の渡邉さんが続ける。

「彼女の"再生装置"という言葉につながりますが、僕の場合、香りは"場所の記憶"や"未来の記憶"の再生装置です」(渡邉さん)

コンテクストデザイナーという肩書きで、デザインとイノベーションに取り組むTakramというチームを、仲間と率いる渡邉さん。彼にとって、文学や茶道などの趣味と並んで価値観を広げてくれるのが「香り」の世界だ。

「新しい香りを使い始めるのは、旅先が多い。街と香りをペアリングします。たとえば、ニューヨークはオノ・ヨーコさんの作品集にあるグレープフルーツから柑橘(かんきつ)系の香りに。ストックホルムでは白樺の香りと決める。そうすると東京にいても、旅の記憶が蘇る。その土地の感覚を、香りとともに半分、預けてくるのです」

これには朝吹さんも思わず「いいね!」とにっこり。とてもユニークで知的な香りとのつきあい方だ。渡邉さんが選んだのは『テラ ベラ』のオードゥ パルファンと『ローズ ジプシー』のボディ クリーム。

「テラ(=大地)」は、学生時代から愛読するサン=テグジュペリの『人間の大地』から、「ローズ」も同じく『星の王子さま』に登場する、有名な花のエピソードから。好きな作家の二作品を寄り添わせるように、重ねづけを思いついた。渡邉さんは、この二つの香りを、次のふたりの旅先に持って行こうと考えている。

「サン=テグジュペリだから飛行機に乗る必要がありますね。沖縄か、スペイン。土っぽさとエスニックな空気のある場所。これから行く先の地で抱くであろう思いを、前もって予感させてくれるような"未来の記憶の再生装置"でもあります」

気に入った香りをどこで使うのか…。それはふたりで共有できる、幸福で贅沢な悩みといえるだろう。

「街と香りをペアリングしてと香りを結びつけて、旅先に香りの記憶を半分預けてくる」渡邉康太郎

左・中/『メゾン クリスチャン ディオール』オードゥ パルファン 40ml 各¥11,500~・右/『メゾン クリスチャン ディオール』ボディクリーム 150ml ¥12,000(パルファン・クリスチャン・ディオール)

「使いなれたブランケットやカシミアのセーターに、包まれるような安心感」朝吹真理子

メゾン クリスチャン ディオール テ カシミア

香りにはドラマティックな変化を求めず、穏やかに流れる静かな音楽のようなものが好きだ、という朝吹さん。カシミアのお茶という名のごとく、上質なカシミアのセーターやブランケットのような優しさと、ホワイトティーのスモーキーなインパクトのある香り。

さらにマテのニュアンスを添えたローズの香りが染みわたり、静謐な空間に飾られた、白い花のような鮮やかさと微かなムスクが心地いい。ボトルもモダンな部屋に溶け込むように、すっきりと洗練されたフォルム。

「テラとローズ。二つの小説の言葉をたよりに、自分だけの香りをつくる」渡邉康太郎

メゾン クリスチャン ディオール テラ ベラローズ ジプシー

オードゥ パルファンとボディ クリームは、渡邉さんが愛読するサン=テグジュペリの小説のキーワードを手がかりに選んだもの。

南仏の陽光で温められ、芳しく香り立つオレンジブロッサムや、アルハンブラ宮殿に流れる水路のせせらぎをイメージした、テラ ベラのフレッシュフルーティな香りを軽くスプレー。その後、スパイスの効いた瑞々しいローズ ジプシーのクリームを手と足元に重ねると、一見、関係のない2つの香りは美しいハーモニーを奏でます。


「バスルームの湿った空気のなかだけで香り、上がると消えてしまう。ボディソープはじぶんだけの香りの楽しみ」朝吹真理子

『メゾン クリスチャン ディオール』リキッドソープ 350ml ¥6,500(パルファン・クリスチャン・ディオール)

メゾン クリスチャン ディオール ローズ イスパハン

渡邉さんがいない日は、ボディソープやシャンプーを借りて安らぐという、子供のように愛らしい朝吹さん。ふたりで選んだ香りなら、よりハッピーな気分に包まれるはず。豊かな泡立ちで南仏グラースの地に咲くバラが、バスルームのなかで芳しく香り立ち、ときおりオリエンタルなスパイスが、官能的な気分で包む。ほのかな香りが、次につけるフレグランスの余韻を高める役割も。

朝吹真理子さん
作家
(あさぶき まりこ)1984年生まれ。2009年、小説『流跡』(新潮社刊)でデビューし、同作でドゥマゴ文学賞を最年少受賞する。2011年に『きことわ』(新潮社刊)で芥川賞受賞。香りについての考察は深く、近著の『TIMELESS』で描いた、400年もの時間と土地の記憶が交錯するストーリーの中でも、匂いは大切なモチーフとして登場する。
渡邉康太郎さん
Takramコンテクストデザイナー
(わたなべ こうたろう)1985年生まれ。アテネ、香港、東京で育つ。ブリュッセルへの国費留学などを経て、2007年に創業期のTakramに参加。サービスの体験デザインから企業のブランディングまで幅広く手がける。代表作に一冊だけの書店「森岡書店」、ISSEY MIYAKEの花と手紙のアクセサリー「FLORIOGRAPHY」など。慶應義塾大学SFC特別招聘教授やJ-WAVEのナビゲーターも務める。

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PHOTO :
Fumito Shibasak(i DONNA)
STYLIST :
小倉真希
EDIT&WRITING :
藤田由美、五十嵐享子(Precious)
RECONSTRUCT :
安念美和子