鎌倉に住む、作家・甘糟りり子さんのご自宅を訪ねたのは、初夏のある日。太陽を浴びて生命力にあふれる庭の緑と、甘糟さんの気さくなお人柄に迎えられて、取材が始まりました。

7月には、妊娠や出産をテーマにした短編集の第2弾『産まなくても、産めなくても』(講談社)が文庫化。現代の女性が直面する岐路を、静かにそしてリアルに物語として昇華した本作は発売まもなく重版がかかり、その注目度の高さがうかがえます。

一方で、四季折々の鎌倉の魅力を伝えてくれる近著『鎌倉の家』(河出書房新社)は、幼少期からこの街を知る甘糟さんならではの視点が活きたエッセイ。なつかしく温かな家族の風景が、日常の美しさを思い出させてくれます。

甘糟りり子さん。実家でもある、稲村ケ崎のご自宅にて
甘糟りり子さん
作家
(あまかす りりこ)1964年、神奈川県生まれ。玉川大学文学部卒業。3歳から鎌倉在住。ファッション、グルメ、映画、車などの最新情報を盛り込んだエッセイや小説で注目される。2014年に刊行した『産む、産まない、産めない』は、妊娠と出産をテーマにした短編小説集として大きな話題を集めた。著書に、『モーテル0467 鎌倉物語』『中年前夜』『マラソン・ウーマン』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』など多数。読書会「ヨモウカフェ」主宰。
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変わることより、繰り返すことが楽しくなってきた

一緒に暮らすお母様は、エッセイストの甘糟幸子さん。庭に咲く季節の花に合わせて花器を選び、生けているのだとか。 
――ていねいに暮らしたいと憧れがあっても、現実は時間に追われてとてもできないという人も多いと思います。でも、甘糟さんのエッセイ『鎌倉の家』で綴られた日々の暮らしは、小さなころからの積み重ねで、ごく自然に組み込まれている生活の工夫や日常の楽しみ方が本当に素敵でした。

うちは雑な暮らしですよ(笑)。最近は私の日常を「ていねいな暮らし」と言っていただく機会が増えたのですが、自分では「イエイエ、そんなものではないですよ」という気持ち。昭和の東京オリンピックの年に生まれていますから、ていねいも何も、便利なものがなかったから、自分たち家族でやるしかなかったんだと思います。

――本やブログなどでは愛用品がたびたび登場しますが、長く使えるものを選ぶ、愛するというのは意識されているのですか?

東京にいたころは、ミーハーな流行係だったんですよ。常に新しいものに触れて、取り入れていました。でも、それを続けているとだんだん刺激がなくなってきちゃうんです。「変わること」に飽きてしまって。毎年季節がめぐるたびに「繰り返すこと」のほうが、楽しいなと思うようになりましたね。

実家を自分で手入れするようになったことも影響しているかもしれません。今の時代は、修理するか買い替えるかで、ヘタしたら買ってしまったほうが安いものがありますよね。でも、なるべく使えるものは直したいと思うように。モノへの愛着より世の中にゴミがあふれていることが気になっています。しかも鎌倉って、ゴミを捨てるのが大変じゃないですか(笑)!

――はい(笑)。分別は細かいし、有料ですし。お母様と同居されるご実家は半分が数寄屋造り、半分が合掌造りなんですね。

この家が建てられたのは昭和初期ですから100年近く前。リビングが含まれる部分の合掌造りは移築して35年。改修はほぼ毎年ですね。たまに、小さくて身軽なマンションに引っ越したい!と思います(笑)。

「本にする価値はない」と言われながら、小説家に

都市に生きる男女と、彼らを取り巻くファッションやレストラン、車、お酒などのカルチャーをリアルに織り交ぜながら発信してきた甘糟りり子さん
――20代から40代初めまでは、広尾や麻布、芝浦などにお仕事場を構えていたとか。離れてみてあらためて思う、都会のよさはありますか?

夜はやっぱり楽しいですよね。当時はコラムやエッセイの締め切りが月に30本くらいあって、仕事用に借りていた部屋に夜遅くに帰ってきて、お風呂につかってお酒を抜いて、朝まで書いたら寝る。昼過ぎに起きて、また遊びに行って書く…という。今では信じられないペースで生きていました。バブルのころ、時代も元気でしたね。

――その後、30代になってから、小説を書き始めていらっしゃいますね。何かご自身の変化があったのでしょうか?

私が書いていたコラムは若い感覚が売りだったから、あんまりしがみつきたくないな、とは思っていたんです。いつまでも若い女の子の代表みたいなことはできないですし。でも、小説を書くようになった今、遊んでいた時間でもっと本を読んでおけばよかったなと、つくづく思います。

――小説の1作目につながったきっかけは?

現象を追いかける原稿ばかり書いているうちに、だんだん心の中にたまっていったものがありました。

それで、ずっと書き留めていたものを見ていただけないかと、編集者に会ってもらったんです。でも、すぐに「この原稿は、本にする価値ないですね」と言われちゃったんですよね。そのまま20分くらいお茶していたら、「この原稿は捨てたほうがいいけれど、小説を書いてみたら? 甘糟さん向いていると思うよ」と。「20分話しただけで向いているとか、怪しい勧誘ですか?」と聞いたら、「一応、僕もプロですし」って。

その場は終わったのですが、1年くらいしてあるときプールで泳いでいたらパッとその言葉を思い出して、水からあがってすぐ書き始めましたね。ただ、デビュー作は自分でも顔から火が出るほど恥ずかしくて、もう見たくないです(笑)。

42歳で42.195kmを完走、都会生活からの卒業

元々は昭和初期に建てられた、数寄屋造りの別荘だったのだとか。シンプルながら上品な風格が漂う
――甘糟さんは元々テニスやゴルフなどスポーツ全般がお好きだそうですが、40代になってからも新しいことに挑戦されていますね。

40歳になって、パーソナルトレーニングのはしりだった「トータル・ワークアウト」に通って、『肉体派』(角川書店)という小説を書きました。その後、マラソンを始めましたね 。そのあたりからハイヒールを履いて飲み歩くより、体を動かすことに興味が向くように。まだマラソンは、本気のランナーの人だけのものという印象で、みんなに「どうしちゃったの?」「反動?」と言われました。

――まだブームになる前。おしゃれなウェアも少なくて、ストイックなイメージがあったころですね。何が動機になったのでしょう?

テニスプレーヤーの伊達公子さんの真似です。ファーストキャリアを引退されたときにアキレス腱を切って、そのリハビリでずっと嫌いだったマラソンを始めたら夢中になったと聞いて。私もちょうどスポーツのやりすぎで人工じん帯の手術をしていたんです。松葉杖をついた状態で、アディダスの知り合いに「やりたい」と直訴しに行きました。雑誌の企画で年間連載をしながら、一緒にいろいろやってくれて。

42歳で42.195kmを完走、松葉杖がとれてから1年でロンドンマラソンを目指す、という企画でした。周囲のサポートを受けてリハビリや練習を重ねていたので迷惑もかけられないし、人が変わったように遊ばなくなったんですよ。走ってはマッサージして原稿を書いて、という生活。本2冊の出版がかかっていて、「完走できなかったら取り止めます」と、担当者にプレッシャーをかけられていましたから(笑)。

――無事に完走されて、その後は何か影響はありましたか?

ものすごく集中していたので、終わったら燃えつき症候群みたいになってしまいました。まず髪を切ったんですが、そんなものでは気分転換できなくて、湾岸の高層マンションに引っ越しました。近くにオフィス街があって、当時は残業している会社ばかりで、夜中もずっと明かりがついている環境。

それがよくなかったのか、慢性的に蕁麻疹が出るようになってしまって、やっぱり私は都会の人間じゃないんだなと思いまして、逗子に引っ越すことを決めました。友人には「ネオンがなくて生きていけるの?」なんてからかわれましたけどね。

――逗子はお仕事場として?

はい。海のすぐそばにある逗子マリーナの一角だったので、花火大会のときには、友人たちが遊びに来たりして。実は、父ががんを患ってから不眠症で睡眠薬のお世話になることも。お医者様に相談したら、本当は私のような仕事の場合は「書く場所と寝る場所がドアひとつでもいいから、別のスペースで離れたほうがいい」と。だから鎌倉の実家に寝に帰って、逗子に通勤するというスタイルにしていました。

鎌倉に戻ってきたら、不調がいつの間にか治っていましたね。

たまにサーフィンをするんですが、睡眠にはいちばん効きますね。塩水と太陽にさらされて、非常事態になるじゃないですか。パタッと眠れますよ。波に巻かれると行き詰った原稿も、気になっていたシミも、人間関係のあれこれもどうでもよくなっちゃいます。

この日のお茶菓子は、鎌倉発のカカオ専門店「チョコレートバンク」の生チョコ。湯呑は福森雅武さんの作品

人や人間関係は、自分の所有物ではない

玄関の正面にある障子をあけると、飯茶碗がずらりと並ぶ。富士山や桜、秋草など、お客様に合った絵柄の茶碗を選ぶそう
――エッセイを拝読すると、とても遊び上手で交友範囲が広くて社交的な方…というイメージがあります。

お誘いや楽しいイベントは多いのですが、閉じこもらないと小説は書けません。人付き合いに固執しないように意識しています。物語をつくるときには家にこもって、あんまり社交を優先しないようにしていますね。

――鶴の恩返しのような?

そんなキレイなものではないですけどね。ひどい格好にメガネをかけて、モグラみたいに潜っていますよ。PCの前に座ってすぐ、はい1行目!というわけにはいきませんから、気持ちをつくって物語に入っていくまでの時間も必要ですね。週1、2でひとりで走ったり、海に入ったりというのは、ひとりで自分と向き合える大事な時間。特にジョギングでは、書き出しを思いついたりすることも多いんです。

――一方で、ご友人をご自宅に招いてのおもてなしも、大切にされている印象です。

春の野草の時期は、東京の忙しい友人たちを招くのが恒例になっていますね。家の裏手に生えている山ウドを抜いて、みなさんが来る2時間前に氷鉢に入れておくんです。山椒は庭で採ってきてもらったり。常連の友人にはかごを渡しておまかせですが、慣れたものですよ。

――女性は結婚や出産、仕事の状況など、ライフステージによって友人関係が変わりがち。いい関係を続けていく秘訣はありますか?

私も友達付き合いが上手なほうではないのですが、何事も比べないことが大事でしょうか。友人関係にも多様性を受け入れる。

たとえば私がAさんが面白いなと思って、Bさんと合いそうだからと紹介する。ウマが合って自分抜きで会うことを、怒ってしまう人もいますよね。私はそういうのを気にしない、〝雑〟な人と仲良くなるケースが多いです。人や人間関係を自分の所有物と思わない。友達にかぎらず恋愛でもそうですよね。

お客様へのサプライズに活躍する、nana89の茶器「tateru」。お湯さえあれば、お茶を点てられるコンパクトでモダンなセット。

産めなかった人の劣等感と、産まない人の生きづらさを解放したい

1964年、東京オリンピックの年に生まれた甘糟りり子さん。2019年は、バブル時代についての本も出版予定
――7月に文庫化された『産まなくても、産めなくても』は、発売からたちまち重版がかかったとか。妊娠・出産にまつわる女性の生き方を描いたシリーズの第2弾ですね。

第1弾の『産む、産まない、産めない』は、家族の形が変わってきたなという感覚で書いたものです。あとは女性が「産まないといけない」という圧力を感じていることも、伝えたいなと思いました。出版した当初は、こういった問題が毎日国会で取り上げられるほど注目されるようになるとは、思ってもいませんでした。

――第2弾では「産まない」選択も描かれます。どの登場人物の気持ちも想像できて、胸に迫るものがありました。ただひとつの正解はないデリケートな問題ですが、答えを探しているときに背中を押してもらえるような気がします。

1作目では「産むことがいいこと」という前提で書いてしまって、後から後悔しました。私自身は、産む機会も「子供がほしい」という特別な意志もなく、ここまで来た。まだまだ本心で書けていなかったんだなと、気づかされましたね。どんな選択でも「自分で選ぶ」ということが大切だと思っています。

数年前まで働き方改革や“#metoo”運動はなかったし、不妊治療も今ほど一般的ではありませんでした。女性はたいてい40歳手前くらいで役職を打診されると、出産はあきらめるという時代だった。ほんの十数年前の話です。

「女は昇進させても出産があるから、そんな危険なことはできないんだよね」とか、「そういう意味では使えない」とか、平気で私の目の前で言う男性がいた。れっきとした会社の、れっきとした肩書きの方々が言っているのを聞く機会が、何度もありました。

私たちの世代は、そういう不条理を受け流したり考えないようにして、目の前の仕事をこなしてきたんですよね。そのツケが今来ている、という50代の女性の声も聞きます。

単行本から文庫になった2年半の間に社会の意識もすごく変わったと思いますよ。直した部分も多いですね。

――卵子凍結や男性不妊、特別養子縁組など、学びの要素もたくさんあって。男性にもぜひ読んでいただきたい内容です。

はい、ぜひ。産婦人科の先生や特別養子縁組の関係者の方など、それぞれの分野の専門家に何人も取材しました。年齢による妊娠率の低下については認知されてきましたが、不妊原因の約半数が男性側にあることを知らない方はまだ多い。また、特別養子縁組は不妊治療をあきらめてから考える傾向があるけれど、自治体や団体によっては里親になれる年齢の上限があって、40歳までという制限を設けているコーディネーターも多いんですよ。

あらゆる可能性を知ったうえで選択できるように、との思いで書きました。

――妊娠や出産の当事者ではない人にとっても、不用意な言動で人を傷つけてしまわないように…という気づきにもなると思いました。

「女子アナ」という言葉も、今ではNGですよね。他の作品は書きたいものを書きたいように、と考えていますが、このシリーズに関しては、コンプライアンスや世の中の意識を考えて書いています。

現在構想中の3作目では、「産まなくていい」人を変わり者とするのではなく、「そういう人がいてもいい」と思えるものにしたいですね。仕事がすごく好きなバリキャリじゃなく、淡々と働いているけれど子供はいりません…という方もいる。そういう人の気持ちを書かないといけないなと。産めなかった人の劣等感と、産まない人の生きづらさを解放することが、この作品の役割だと思っています。

『鎌倉の家』
まだ知らない鎌倉の魅力に出会えるエッセイ
高い天井には太い梁、客間には囲炉裏、庭に咲き誇る四季の花々。鎌倉の日本家屋で育った甘糟さんが、鎌倉の魅力を鮮やかに描くエッセイ。グルメな甘糟さんならではの行きつけのお店やおすすめの逸品もたびたび登場。語られる家族の思い出と共に、忙しない日常の中で忘れていた記憶や感情がよみがえってくる。年を重ねていく自分の変化、親との関わり、家との向き合い方を通して、モノだけでなく、過ぎ去った時間への愛情も感じさせてくれる一冊。¥1,600(河出書房新社)
単行本『鎌倉の家』
『産まなくても、産めなくても』
女性の人生の選択を問う話題作が、待望の文庫化
顕微授精や卵子凍結、男性不妊など、妊娠と出産にまつわる切実なテーマを切り取った短編集。「掌から時はこぼれて」39歳の女性弁護士が、卵子凍結の情報に心を揺さぶられて…。/「折り返し地点」妊娠よりもオリンピック出場を優先してきた女性アスリートの選択は?/「ターコイズ」不妊治療中の女性たちの集いで、卵巣の劣化の話を聞いて愕然となり…。/「水のような、酒のような」独身を謳歌した男が結婚して、不妊治療医院で思わぬ宣告を受けることに…。/他三編を含む全7話。¥640(講談社)
文庫『産まなくても、産めなくても』
この記事の執筆者
1980年兵庫県神戸市出身。津田塾大学国際関係学科卒業後、2003年リクルートメディアコミュニケーションズ(現・リクルートコミュニケーションズ)入社。結婚情報誌のディレクターを経て、2010年独立。編集、ライターとして活動。インタビューをメインに、生き方、働き方、恋愛、結婚、映画、本、旅など幅広いテーマを担当。2008年より東京から鎌倉へ移り住む。ふたりと一匹(柴犬)暮らし。
PHOTO :
菊池良助