さまざまな社会問題が渦巻く現代。日々、多くのニュースが生まれては消えていきますが、その実態を理解することができる機会は少ないのではないでしょうか。

代官山「蔦屋書店」の文学コンシェルジュ・間室道子さんが選んだ3人の作家による小説は、そんな社会問題がテーマの作品。待機児童問題や高齢殺人事件といったテーマを通して、あらためて社会問題について考えてみませんか。

『クローバーナイト』、『ママがやった』、『怒り』

今、世の中で起こっていることを小説で知ろう

忙しい日々でも世の中を知るため、報道番組を見る、ネットの時事をチェックするという読者の方は多いだろう。でも頭に残るのは、海外で自然災害が起きて株価が暴落したのね、また10代の殺人あったのね、という「見出し」程度のことだし、株をやっていない人、周囲に少年少女がいない人には、自身の問題として受け止めていくのは正直難しい。

今、社会問題を小説で考えさせる作家が増えている。辻村深月もそのひとりで、『朝が来る』(文藝春秋)では、前を向いて進む養子縁組制度を描き、最新作『クローバーナイト』では子供を保育園に入れるための苛烈な「保活」を書いている。周囲にこれらをしている人がいなくても、好きな作家の小説でならすっとその世界に入っていける。そしてニュースでは伝わらないこと―真っただ中にいる人の、心を知ることになる。

認可園に子供を入れるには両親共にフルタイムの外勤であることが大事。『クローバーナイト』では、本当ならまだ育休中なのに子供を無認可保育園に預け、母親が職場復帰するという本末転倒が出てくる。またシングル家庭が有利と聞いて偽装離婚を考える夫婦もいる。愕然とするが、現実の当事者にとっては「これがこの国」なのだ。

井上荒野の『ママがやった』は79歳のママが72歳のパパを殺す話で、高齢者夫婦間の殺人が増えている今、読むべき作品だ。映画もヒットした吉田修一の『怒り』は、だれもがおそらく「あれか」と思う事件ふたつと沖縄の現状が、愛と悲劇をもって描かれていく。

どれを読んでも、社会問題は見出しなんかじゃない、「そこに人がいる」ということを心底思い知らされる。今、日本に起きていることに血を通わせるのは、作家であり、あなたなのだ。

■『クローバーナイト』
2016年流行語大賞にも選ばれた「保育園落ちた日本死ね」が象徴するように、共働き夫婦の育児に多くのハードルが存在する。それらと奮闘する夫婦の心の機微が鮮やかに描かれて、子育て世代への応援小説になっている。
著=辻村深月、光文社 ¥1,400(税抜)

■『ママがやった』
79歳の妻が72歳の夫を殺す第1章から始まり、第7章まで、どこの家庭にもあるような日常風景が少しずつきしみ始める様子が、怖いまでの突き放した筆致で描かれる。結果が提示されているのに、読む手が止まらない。
著=井上荒野、文藝春秋 ¥1,400(税抜)

■『怒り 上・下』
凄惨な殺人事件の容疑者・山神の行方がわからないまま、1年後、千葉の港町、東京のゲイの発展場、沖縄の離島に、それぞれ謎の男が現れた。果たして山神はそのなかにいるのか?文庫版のカバー裏の、著者による「撮影現場訪問記」もおもしろい。
著=吉田修一、中公文庫 各¥600(税抜)

この記事の執筆者
岩手県生まれ。幼いころから「本屋の娘」として大量の本を読んで育つ。2011年入社。書店勤務の傍ら、テレビや雑誌など、さまざまなメディアでオススメ本を紹介する文学担当コンシェルジュ。文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/早川クリスティ―文庫)などがある。 好きなもの:青空柄のカーテン、ハワイ、ミステリー、『アメトーーク』(テレビ朝日)
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【Precious2017年3月号掲載時スタッフ】文/間室道子、撮影/田村昌裕(FREAKS)
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