文学じゃないと表現できない、命の物語を描きたかった

デビューして以来、女性が本音で語ることのできない、社会の息苦しさを書き続けてきた、川上未映子さん。「声」を挙げられずに生きてきた人たちの心に寄り添う。

「私なりの“ヨイトマケ”が原動力になっている」

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川上未映子さん

「大阪の下町で育ったんです。『じゃりン子チエ』の、あの感じですね。文化資本が全然ない環境。でも皆、すごく生命力に満ちていて、いきいきした物語であふれていた。だからなのか、私がものを書くとき、“私なりのヨイトマケ”とでもいうのか、原風景としていつも育った家、町があります。それが原動力になっている部分がありますね。

不思議だなと思うのは、美輪(明宏)さんの唄ったあの光景って、目にしたことのある人は少ないだろうに、皆、何が唄われているのか理解できますよね。人間が生きるっていうことは、非常に“ヨイトマケ”なのかもしれませんね」

最新刊『夏物語』は、原稿用紙1,000枚にも及ぶ長編となった。子供を欲しいと思うようになった38歳の独身女性が、AID(非配偶者間精子提供)を知ったことから、葛藤の日々が始まる。

作品はこの生殖補助医療を題材に、生命の意味、血の繫がり、生きるとは、死ぬとは何かを、圧倒的なエネルギーと筆力で、深く問いかけていく。

「生きること、死ぬことへの問いがいつも底流に」

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川上未映子さん

「小説を書くときいつも底流にあるのが、たとえば善と悪、生と死…といった倫理全般への欲求です。文体やテーマが変わっても、いつも根っこにあるんだと思います」

今年の5月、祖母を亡くした。見送る席で親戚の者から、昔、祖父が逝ったとき、8歳ほどだった自分が言ったという言葉を伝えられた。

「皆が、おじいちゃんは天国に行ったね、となごやかに言っていたところに、『そんなの信じられない。おじいちゃんが感じていた痛さ、気持ちはどこに行くの』と、言っていたというんです。たかが死んだだけなのに、人は会えなくなる。人間にとって、いちばんとりかえしのつかないものは死です。でも、生まれてくることの、とりかえしのつかなさというものもあるのではないか。それを物語にしたいと思いました」

きっかけは、生殖倫理に関する本との出合い。「そこから導かれるように、話が流れ始めました」

主人公は、実行するか否かと悩む過程で、AIDで生まれた男性と知り合い心を寄せるが、彼の恋人から「出産は、親の身勝手な賭け」と切実に言われる。彼女もまたAIDによって生まれた人だった。「命に対する考え方はそれぞれまったく違う。本当に尽きない問題です」

フェミニストを公言する川上さんは、その視点からも、今作の随所に、問題をちりばめる。「普通に結婚して、子を産むというのが人生のイベントではなくなっていますよね。女性の生き方が多様化し、日本がドラスティックに変わっていくとき、たとえば少子化について法律をつくっているのは、いまだ年輩の男性たちなんです」

数年前に、新聞で「夫のことを主人というのをやめよう」と提言した。

「作家は作品の上だけで、オピニオンしないほうがいいと言う人もいますが、私は発言し続けたいと思いますね。女だからというだけで差別的なことを言われた経験は数限りなくあります。性被害にあえば原因は女性にあるとされ、自分で自分について考えはじめるまえに、男性の目線によって価値判断される。あらかじめ準備された答えに屈せず、おかしいことはおかしいと言っていかないと。来た道と行く道。これからの若い女性たちのために、役割がまわってきたと思っています」

「150歳まで生きて書き続けたい」

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川上未映子さん

文学の最前線にいる川上さんは、「書きたいことだらけで時間が足りません。書いているときは不安ですが、でもどこかで書き上げられるという確信があって、それで続けることができていると思う」と言う。

「150歳まで生きて書きたい。みんな、図々しいって笑うんですけど(笑)。この間、主婦の方からお便りをいただきました。『生活費を切り詰めて、川上さんの本が出るたびに、自分への褒美として買っています』と。すごくうれしかった。襟を正すというか、手にしてくれる人たちに恥じないものを書いていかねばと。私もそういうふうにして、物語に出合ってきましたから」

川上未映子さんの素顔に近づく3問!

■Q1:自分の才能はなんだと思いますか?

「改めて聞かれると、今もってよくわからないですね。なんだろう…。あるとしたら、『いつまでも仕事をしていられる』ということでしょうか。書いていて、疲れたと思ったことが一度もないんです。ずっと書いていられる」

■Q2:生まれ変わったらどんな職業に就きたいですか?

「ピアニストですね(即答)! 譜面を見て弾くという行為がしてみたい。特にベートーヴェンの『ピアノソナタ第32番』楽器を通していったい何と対話をしているのか、そこで何が起きているのかが知りたいです」

■Q3:あなたにとっての贅沢とは?

「やはり今は子供と見つめ合える時間ですね。すぐに大きくなって、手元から離れていってしまうわけだから、期間限定ですよね。この“あっ”という間に過ぎていってしまう、二度とない時間を思いきり体感していたい」

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川上未映子さん
作家
(かわかみ みえこ)1976年、大阪生まれ。2007年に作家デビューし、2008年『乳と卵』(文藝春秋)で芥川賞を受賞。最新作『夏物語』(文藝春秋)では、『乳と卵』のその後が導入部となった二部構成になっている。世界十数か国での翻訳も決定。公式HP

※本記事は2019年8月7日時点での情報です。

PHOTO :
篠原宏明
HAIR MAKE :
吉岡未江子
WRITING :
水田静子
EDIT :
剣持亜弥・宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)