アフリカ大陸の東に位置し、東アフリカ諸国の経済的玄関口として、「中心的役割」を担うケニア共和国。そのケニアの貿易輸出額の6割以上を占めているのが農業です。コーヒー、紅茶、切り花などの輸出を主としていますが、その中でも、世界最高品質と言われている「バラ」に今、注目が集まっています。

このバラを2012年から日本に輸入している株式会社Asante(アサンテ)。代表取締役の萩生田 愛さん(38歳)に、バラ輸入の目的と、今後の社会貢献などについてお話をお伺いしました。

すべては、ナイロビの道で売られていた「1輪のバラ」との出会いから始まった

株式会社Asante代表、萩生田愛(はぎうだめぐみ)さん
株式会社Asante代表、萩生田愛(はぎうだめぐみ)さん

ケニアのバラは世界最高品質!

Precious.jp編集部(以下同)――遠く離れたアフリカ大陸のケニアから、バラを輸入しようと思ったのはなぜでしょうか?

29歳のとき、NGO団体のボランティアとしてケニアへ行ったとき、道で売られていたバラを見て、衝撃を受けました。私は草月流の師範の資格を持っていて、花には長く触れ合ってきたのですが、そのケニアの道で売られていたバラほど、強い生命力も持ったバラには出会ったことがなかったからです。

ケニアのバラ産業について調べてみたところ、ケニアで栽培されているバラは、世界でも最高品質なものだと知ったんです。当時は日本にはケニアのバラは、ほとんど輸入されておらず、この最高品質のバラを日本に輸入したいと思いました。

――日本のバラと、ケニアのバラの違いは?

現在、国内で流通しているバラの約8割が、日本国内で栽培されているものです。日本の農園で育てられたものが、花市場に届けられ、仲卸から店舗に並ぶまで、収穫から2~3日ほどかかります。

ケニアで収穫されたバラは、ドバイを経由し、日本の花市場は通さずに店舗に入荷するのですが、流通の時間は同じで2~3日ほどです。でも、アフリカ大陸で育ったこのバラは、生命力が素晴らしく、冬場なら1か月はきれいに咲き続けてくれます。

ーー日本ではあまり見ない色どりのバラが多いですよね?

ケニア産のバラは花びらが肉厚で、グラデーションが美しいのが特徴です。バラは、エネルギーを「日持ち」か、「香り」で消耗します。香りが高いバラは日持ちがせず、逆に香りが少ないバラは日持ちするということです。AFRIKA ROSEは後者です。

色どりが美しい、世界最高品質と言われるケニア産のバラ
色どりが美しい、世界最高品質と言われるケニア産のバラ

バラの輸入販売自体が目的ではなく、真の目的は「ケニアでの持続可能な雇用」の確保

――さきほど、NGOのボランティアでケニアへ行かれたとおっしゃっていましたが、なぜそもそもボランティアへ行ったのでしょうか?

日本で高校を卒業したあと、自身の視野を広げるために、米国カリフォルニアの州立大学に進学し、国際関係学を専攻しました。大学4年生の時のゼミで「模擬国連」に参加し、世界の各国が抱えている深刻な問題を話し合う機会がありました。

その中でも、一番深刻だと感じたのが、アフリカの各国の現状でした。貧困問題、教育問題、衛生問題、多くの国が多くの課題を抱えていることを知りました。

模擬国連でプレゼンテーションを行った仲間と
模擬国連でプレゼンテーションを行ったときの様子(写真中央左奥が萩生田さん)

――大学卒業後にすぐにNGOに参加したのでしょうか?

いえ、大学卒業後は日本で、製薬会社のエーザイ株式会社に入社しました。

・薬を通して社会貢献ができる
・グローバルに活躍できる
・人に優しく、大切に人を育む会社

この3つの理由から、エーザイに就職することを決め、MR(医薬情報担当者)としてキャリアをスタートしました。3年目からはグローバル人事戦略部という部署に異動、各国へ頻繁に出張し、人材教育に携わりながら楽しく働いていました。

そんなとき、エーザイが、リンパ系フィラリアの薬を、WHOを通して無償でアフリカに提供する事業を始めたんです。その時に、学生時代の模擬国連での記憶がよみがえり、その部署への異動を強く希望したのですが、残念ながら希望は叶いませんでした。

「会社でできないのなら、個人でアフリカの抱えている問題に取り組みたい」と考え、7年間務めた会社を退職し、ケニアでのボランティアに赴きました。

学校を建設するボランティアで出会った、現地の子供たち
学校を建設するボランティアで出会った、現地の子供たち

――ボランティアと、バラの輸入販売とはどう関係しているのですか?

NGOを通して現地で学校を建設するボランティアに参加していたのですが、やってみてわかったことがありました。

貧しければ貧しいほど、多くの国のNGOが来て援助をし、3年ほど援助をして去っていく。その繰り返しで、彼らは「援助してもらうことが当たり前」になっていたんです。そんな断続的な援助では、「彼らの自立は促せない」と思いました。逆にその断続的な援助こそが、彼らを弱くしているように見えました。

持続可能な援助や支援とは何か? 彼らの自立には何が必要か? と考えたとき、「対等な立場で取引のできるビジネスの構築」による、「雇用創出」という答えにたどりつきました。

NGOやODAとしてではなく、会社として「そこに素晴らしい商品があるから、買わせていただきたい」というスタンスで、彼らと向き合うことにしました。そして、2012年、ケニアから日本へのバラの輸入を開始しました。当時は年間5千本だった取引量が、現在は年間10万本まで増加しています。

――年間10万本のバラを輸入することで、実際に現地の雇用は生まれているのでしょうか?

2か月ほど前、「この7年間でどれほど雇用が改善されたのか」を調べるため、現地で聞き取り調査を行いました。弊社が契約しているバラ農園は、この7年で従業員が150人から2000人まで増えていました。しかし、それは、バラを送る習慣のあるロシアやヨーロッパへの輸出量が増えていたからでした。自分の会社で輸入している年間10万本のバラでは、「大した雇用を創造できていない」という事実をつきつけられ、ショックを受けました。

――バラの輸入開始から7年経ち、今年になって支援のためのクラウドファンディングを行なっているそうですね? その理由は、この調査と関係しているのでしょうか?

はい。現在、「ローズハウスプロジェクト」というクラウドファンディングを始めています。これは、世界最高品質のバラが育つ、アフリカ・ケニアのバラ農園の「ローズハウス」を支援し、失業率40%のケニアでの雇用の機会をつくりたいなと。地域コミュニティの生活や、労働環境改善のために、私たちの売上の一部を使うプロジェクトです。

苗を植えてからバラが収穫されるまで、約5か月かかりますが、苗が育つ過程を定期的にレポートし、収穫されたバラをクラウドファンディングにご参加いただいた方に、お届けします。

この7年間、「一方的に与えるだけの支援では意味がない」と、かたくなに「対等な取引」だけを考えてきましたが、2か月前の現地調査の結果を受けて、もっと直接的にインパクトのある支援をしたいと思うようになりました。

まったく雇用がなく働く気がない人に何かを与えても、怠惰や依存になってしまうので、働く意思と雇用がある地域や人たちに、より良い「教育、衛生、居住」環境などの支援を行いたいと考え、まずその第1歩として、クラウドファンディングを立ち上げました。

萩生田さんが契約しているバラ農園の様子
萩生田さんが契約しているバラ農園の様子

これから本当にやりたいことは「幸せな人を増やす」こと

――萩生田さんがこれからやっていきたいことは?

自分のスローガンが「幸せな人を増やすこと」なんです。

ケニアの人から学んだ大切なこと、それは、人々の心が豊かであるということ。いつ命が終わるかわからない環境だからこそ「愛しているよ」とか、「ありがとう」という言葉を、親、子供、パートナー、友人に常に伝えているんです。

日本は途上国に比べて、経済的に豊かなはずなのに、「心の豊かさはどうなのかな?」と感じることがあります。

電車に乗っていても、みんながスマホを見ていたりして、席を必要としている「誰か」のことに気がつかない。別に意地悪で譲らないのではなくて、みんな疲れていて、自分のことだけでいっぱいいっぱいだから、気がつけない。余裕がないし、心が満たされていないのが顕在化しているように見えます。

ケニアの人に「あなたは幸せ?」と聞くと、笑いながら「もちろんだよ。健康で、仕事があって、家族も元気で、家には屋根があるから」って。日本では、当たり前のことが当たり前すぎて、目の前の事に感謝できない日常になってしまっているように思います。

「生きていることに誇りを持てて、生きていてよかった」と100%思えて、自分からあふれ出た幸せを、周りの人に分け与えられることができる世界、そんな世界になるような活動をしていきたいです。

ケニアで出会った笑顔が素敵な母娘。生きていること自体が幸せなことだと毎日感謝の気持ちをもっているケニアの人たち
ケニアで出会った笑顔が素敵な母娘。生きていること自体が幸せなことだと毎日感謝の気持ちを持っているケニアの人たちから学んだ事は多い

――具体的には今後、何をしていく予定でしょうか?

取引を始めた責任として、AFRIKA ROSEの輸入販売はもちろん継続していきますが、会社の売り上げを単純に伸ばすことは、自分でなくてもできると思うんです。だから、自分は、サステイナブルで「誰かがやらなければならないけど、誰もやっていないこと」に、同時に具体的に着手したいと考えています。

例えば、アフリカの都市部から離れた村での「安心して飲める飲料水を提供できる環境づくり」とか、「働きたいのに働く場所がない人への労働環境の提供」とか、日本では、「バラ1輪を買いたくても、買えない方へバラを差し上げること」など。いろいろな方向性で、俯瞰して世界を見て、解決すべき問題に積極的に取り組み、新たな社会貢献をしていきたいですね。そして、世界に幸せな人を増やしていきたいと思っています。

以上、萩生田愛さんにお話をお伺いしました。大きなことを成し遂げていながらも、「自分はまだまだちっぽけだ」と言う萩生田さん。

「誰かがやらなければならないのに、やっていない」、皆が見て見ぬふりをする問題から目を背けずに挑み続けようとする、若い日本人女性が存在するということを、同じ日本人女性としてとても誇りに思います。

「幸せな人を人を増やす」というスローガンが世に浸透し、「皆が周りに幸せを分け与えられる」そんな世界になることを願っています。萩生田 愛さん、この度は快くインタビューにご協力いただきありがとうございました。

広尾のアフリカローズの店頭

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この記事の執筆者
新卒で外資系エアラインに入社、CAとして約10年間乗務。メルボルン、香港、N.Yなどで海外生活を送り、帰国後に某雑誌編集部で編集者として勤務。2016年からフリーのエディター兼ライターとして活動を始め、現在は、新聞、雑誌で執筆。Precious.jpでは、主にインタビュー記事を担当。
公式サイト:OKAYAMAYUKIKO.COM
EDIT&WRITING :
岡山由紀子