極めてフランス的な現代のフェアリーテールだ。フランスで史上最年少の大統領となったエマニュエル・マクロン夫人のブリジット・トロニューを語るとき、「年の差婚」の姉さん女房。野心的な若い夫を支えるモラルサポーターと言ってしまえば、確かにそうである。

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エマニュエル・マクロン(左)とブリジット・トロニュー(右)

だがそれはゴシップ誌の見出しのようなもので、事実を限られた側面からしか見ていないことになる。

「年の差婚」は男女の立場が入れ替われば、すんなりと受け入れられる。現にアメリカのトランプ大統領(70歳)と3度目の結婚相手メラニア夫人(46歳)も、ダブルスコアの歳の差婚だ。だがそのことだけが話題にあげつらわれることはない。

ブリジット(64歳)とエマニュエル・マクロン(39歳)は、ちょうどその逆をゆく。しかもエマニュエル16歳、ブリジット40歳という、夫が高校生だった時代からの長きにわたるロマンス(彼にとっては初恋を実らせた)という点において、現代においては希なロマンティシズムとファンタジーの香りが漂う。

人々の口の端に「不倫」だの「略奪愛」だのというネガティヴな言葉をのぼらせないのは、その純愛を思わせる、強い清らかさが彼らの恋物語を貫いているからではないだろうか?

ブリジット・マクロンとエマニュエル・マクロンの恋物語

ブリジット・マクロン———勇気に満ちた女性だ。40歳でフランス語の教師として16歳のエマニュエルと出会い、恋に落ちた。演劇部のコーチとしてシナリオを一緒に書いているときに、そのはつらつとした知性の輝きに魅了されたという。見方を変えれば、ブロンドの洗練された女性が少年に手ほどきする、まるで映画になりそうな「個人教授」の世界である。しかも16歳の少年が年上の女性に夢中になり「どんなことがあっても貴方に求婚する」と言い放つのも若気の至りと思えば、そう珍しいことではないだろう。だがそういう恋物語の主人公たちは、ほとんどの場合、女性が身を引く「大人の決断」をし、少年は初めて人生のほろ苦さを味わうというエンディングで幕を引く。常識的で、しかも昔からよくある伝統的な決着のつけ方だ。

40歳の女性が16歳の少年を魅了することは、それほど困難な事ではないだろう。しかし39歳の男性を64歳の女性がなおも虜にするというのは、普通ではあり得ないし、並大抵ではないのは容易に想像できる。

まるで、16世紀の「アンリ2世とディアーヌ・ド・ポワチエ」顔負けの恋物語だ。ちなみにアンリ2世がディアーヌにひとめ惚れしたのは、わずか7歳のとき、ディアーヌは27歳の公爵夫人であった。そして12年後にアンリ2世の思いは受け入れられたが、そのときのディアーヌは39歳(すでに未亡人)。ブリジットがエマニュエルと出会った年齢とほぼ同じだ。以来、アンリ2世が亡くなるまで20年間以上、彼の熱い思いにかげりはなく、「月の女神ディアーヌ」をテーマにした、数多くの絵画や彫刻が捧げられた。禁欲的で規則正しい生活で美貌を保ったといわれるディアーヌ。60歳を過ぎても、美しさで人々を魅了していたといわれる。慎ましやかで華美を好まなかったディアーヌと知的なブリジットには、堅実で理性的という共通点がありそうだ。

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白いワンピースを爽やかに着こなすブリジット

ブリジットは、田舎町の教職にありながら、常識的なプレッシャーなど歯牙にもかけず、身体を張って、人生をかけて未知の人生に挑んだ。少年の類い希な知性に、ふたりの「人生の真実」を見いだしたからであろう。もう不惑の年を過ぎていたブリジットにとっては、大きなリスクを背負う選択であった。少年が大人へと成長してゆくのを見ながら、40歳の女性が年老いてゆく自分の未来を担保にするほうがはるかに、不安で困難なはず。

16歳の少年を一生の相手と確信した深い洞察力、忍耐力、包容力をもつブリジットこそ、この恋の勝利の女神といえよう。

エマニュエル・マクロンの生い立ちと恋物語の後

フランス北部にあるアミアンで生まれ育ったブリジットはチョコレート会社を経営する裕福な家庭に生まれ、フランス語教師になり21歳で、銀行を経営する実業家アンドレ・ルイ・オジエール氏と結婚。3人の子供に恵まれる。

だが、ふたりの恋が噂になり。逃れるようにパリへ。職場を替え、離婚が成立した翌年の2007年、エマニュエル・マクロン29歳、ブリジット54歳のときに晴れて結婚した。

3人の子供たちは、それぞれ大統領選挙でもマクロンのよき片腕として活躍し、子供たちとの関係も良好だ。ちなみに長女はマクロンと同級生であった。孫も現在は8人いる。

大統領選に勝利したとき、感極まったマクロン氏はブリジットの名前を呼ぶ多くの支持者を前に「ブリジット、以前にも増してあなたの存在は大きい。あなた無くしては今の私はない」と語り大きな拍手を浴びた。

豊かな金髪、姿勢がよく、抜群の美しい脚の持ち主、大きな眼の魅力的な顔立ち、ほとんどマクロンと変わらない年齢のような印象だ。大統領就任や、選挙のときに身を包んでいた「ルイ・ヴィトン」のミニ丈スーツがよく似合った。愛用のブランドだが、経済力に明かせた選択ではなく、リース(借り物)である。マクロン大統領の方は5〜6万円ぐらいのスーツだったという。

ルイ・ヴィトンのスーツとバッグを身につけるブリジット
ルイ・ヴィトンを身につけるブリジット

いろんな意味で型破りの(マクロン氏が結婚式で語った)「あまり普通ではないカップルである私たちを受け入れてくれてありがとう」の行く末は、大いに私たちの胸をときめかしてくれた。

まさにフランスを代表する文豪・バルザック的である。「最も情熱的な恋は、男の場合は常に最初の恋、女の場合は常に最後の恋である」(バルザック)。新たな恋愛のアイコンの誕生である。

この記事の執筆者
1987年、ザ・ウールマーク・カンパニー婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
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Getty Images
EDIT :
渋谷香菜子