相続したお金の「生きた使い方」とは? 富裕層の顧客を多く抱える税理士が答えます!
遺産相続のプロ、税理士の尾上千晶さんが、実際に担当した相続の実例をもとに、資産のある家庭の遺産相続をどうすべきか?について、解き明かしていく連載企画です。
第一回目は、循環器の開業医の相続ケースから、「残された親から子への、お金のバトンタッチのタイミング」を学びます。
初めまして、尾上千晶税理士事務所の尾上千晶です。病院や医師の方を中心に、税の相談を長年続けてまいりました。
たくさんの富裕層の方の税務を務めさせていただいていると、ご相談内容はお金の相談を超えて、一族の発展のため参謀としての役割も要請されることもあります。ひとりの事業家として人間としても、深みも問われる仕事です。
最近特に感じているのは、「奥様の役割の重さ」です。一族の中心である奥様が、どのように財産の差配をするのか? この判断の選択の仕方で、一族の幸せが大きく変わります。年老いたご両親から、子供やその孫の代までを見通し、どうすればご家族全員の幸せにつながるのか、それは中心にいらっしゃる奥様の判断にかかっている、と言っても過言ではありません。
表面に起きることに惑わされず、一族全員が幸せになるために、どう知恵を働かせるか? この連載が皆様のヒントになれば幸いです。第1回目は、都内に住む70代後半の女性の相続の実例をご紹介します。
【ケース1】医師の夫が突然、遺言状もなく61歳で心臓発作で他界。妻が採った遺産相続の手段とは?
ご主人は、突然の心臓発作で61歳で亡くなりました。ご主人は、循環器の開業医としてご活躍でしたが、ご長男は医師として大学病院にて勤務中。30代の働き盛りでした。ご夫婦はクリニックで古くからの患者さんへの診察をしつつの、悠々自適な暮らしでした。忙しい中、まだまだ人生を楽しもうとした矢先のことで、遺言状も書いていませんでした。
お葬式が終わり、ふと一息ついた頃、財産相続という段になりました。
お子さんは医師である息子と、嫁いだ娘というふたりがおり、この段階で、どう分割するのか…奥様は悩まれました。
法的には、法定相続分という考え方があり、妻が1/2、長男1/4長女1/4の権利がありますが、あくまでも話し合いで決定できない場合に持ち出される「法定相続分」という分け方のルールであるので、奥様がご存命の時には、奥様の御意向を、子供たちは尊重することが多いです。
資産は、クリニックの建物と敷地、そして自宅。預貯金にも十分余裕があり、息子と娘に分けてしまっても、自宅と預貯金で十分豊かに暮らせそうです。
残されたのは妻、息子1名、娘1名。3人への遺産相続、妻は残された人生のことを考え、まず自分がすべて相続することに
この段階で、奥様は、こう考えました。
「わたしは、今60歳。これからまだあと、何十年も生きるかもしれない。財産を私が持っていれば、周囲の人は、みんな私を大切にしてくれるわよね。もともと主人が頑張ってつくり上げたクリニックは、私も受付にいて、二人三脚で大きくしたのだから、私がつくった財産でもあるのよね。息子のためにも、私がいると応援もできるから」
つまり、すべての財産を持っていれば、子供を育てた時代がもう一度やってくるかのように、子供たちが寄ってきて、患者様も、先生の奥様として大切に遇してくれると考えたのです。
大学病院勤務の息子も、きっと帰ってきて跡継ぎになってくれるに違いない。娘も孫を連れて私の話相手に来てくれるに違いない、だから、財産は、自分がすべて相続するのが当然と。
跡継ぎのひとり息子が病院を継いでくれたが…
その後、大学病院から帰り、跡を継ぐことになった長男は、まず現在の寒くて暗いクリニックの改装を考えます。暖かい待合室と迅速な検査に対応できるように、医療機器の導入も同時に。しかし、先代から残っていたスタッフ達は、若先生のやり方にひとつひとつ歯向かい、頼みの綱で、運営資金を握っている母親も「昔通りに…」と、新しいことに消極的。今までのやり方を変えようとせず。結果的に患者も減っていきました。
程なく、ご長男は、新たな開業地をご自身で探し、ご自身の信念を反映できる場所で、医院を開業されました。先代の奥様だけではクリニックを運営するのは難しく、閉めることとなりました。
結果的に奥様は、ご自宅で、お一人で暮らしています。
今回のケースからわかる「バトンタッチ」のタイミングの難しさ
相続で、まとまった財産を、妻である奥様が相続することに、ふたりの子供は反対することはほとんどありませんでした。なぜなら、奥様にお金を持たせておくのは、子供たちにとっても利益があるからです。元気なおばあちゃんでいてくれることは、子供にとっては、子供孝行になるからです。
しかし、長い人生の中では、主役を演じる女優だったとしても、ある時点から、上手に、わき役を演じる女優へと変化させて行くのは、人生を楽しむための知恵。
今回ご紹介したケースでは、うまくバトンタッチをすることができず、家族がバラバラになってしまったと言ってもいいでしょう。
資産家の御子息は、常識人でやさしい方が多いようです。仕事もきちんとこなし、十分ひとりでもやっていける能力をお持ちです。
日本の男性の平均寿命は、81歳。女性の平均寿命は、87歳。同級生同士で、結婚したとして、女性が生きたとして、81歳から平均寿命を超えて95歳まで生きて、14年間。
この間に、どれだけの生活費が必要になると思いますか?
どこか具合が悪くなれば、病院のお世話になる可能性はありますが、実は生活費の必要額は年齢とともに減っていくのです。
気にするべきなのは、医療費と、家族の中で暮らせるかどうかなのです。
遺産相続で得たお金の使い方は「自分に必要なお金」と「子供・孫に必要なお金」を分けることが重要
相続の時、まず考えるべきは、ご自身に必要なものと、子供たちや孫たちに必要になるものと分けて考えます。「生きたお金の使い方」という意味です。
例えば、孫まで連れてのちょっと贅沢な海外旅行や、行きたい学校、留学、欲しい資格の勉強など。祖父母が費用を出すことによって、一族みんなが成長することができます。また、孫への教育資金は、贈与の特例制度もあり、税的にもおすすめです。
お金は、たくさん持つよりも、上手に周囲と分け合ってください。 老後、どれだけの金額が必要になるか、どうやって持っておけば安心かは、プロと相談しておくことをおすすめします。
ここが、老後に一番大事な、【家族の中で暮らすこと】への知恵です。
次回は、ワンポイント税務アドバイスを実例を挙げてご説明します。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- WRITING :
- 尾上千晶