エッセイストの酒井順子さんと漫画家のほしよりこさんは、気のおけない旅友達。これまで国内外の30か所以上を一緒に訪れてきました。今回はそんなふたりが、歴史ある城崎温泉へ。お湯を楽しみ、宿を楽しみ、文化を楽しむ、知的かつ珍道中な、女ふたりの旅が始まります!
酒井順子さん&ほしよりこさんの「城崎にて」女ふたりの知的旅
風情ある町並みを浴衣でそぞろ歩き、が楽しい!温泉の尊さを実感!城崎温泉名物「外湯巡り」
開湯約1300年という歴史ある兵庫の名湯、城崎温泉。文豪・志賀直哉の代表作『城の崎にて』でも知られる、知的でレトロな雰囲気が漂う憧れの温泉街です。
酒井さんもほしさんも「ゆっくり滞在するのは初めて」とのことで、まずは温泉へ…ではなく、ロープウェイ乗り場へ。町を見下ろす大師山の中腹にある「温泉寺(おんせんじ)」へお参りして、「古式入湯作法」を教えていただくのが、かつての城崎の習わしと聞いたからです。ご住職から城崎の町の成り立ちをうかがい、ちょうど33年ごとの御開帳を迎えていた秘仏のご本尊、十一面観音像に手を合わせます。
いよいよ温泉へ。城崎には「外湯巡り」という文化があり、町にある7つの共同浴場を、浴衣と下駄という城崎の「正装」で巡ります。天然の岩を積み上げた洞窟風呂が神秘的な「一の湯」、こぢんまりした木の浴室がほっとする「柳湯」など、それぞれに趣が異なる外湯を、のんびりと「はしご湯」します。
「名湯の『はしご』なんて贅沢ですね~」(酒井さん)
「お湯の温度も熱いところ、ぬるめのところと、個性があって楽しい!」とほしさん。お風呂から上がる→町を流れる大谿(おおたに)川沿いをそぞろ歩く→次の外湯が見える→「入りましょうか」「入りましょう」を繰り返し、ホカホカになったふたりでした。
酒井さんが振り返る!女ふたりの知的旅
温泉、歌舞伎、蟹と、楽しいおしゃべり。これぞ大人の贅沢です
東京で生まれ育った私は、日本海側の地に対する憧れを持っています。山のあちら側には、こちら側とは異なるしっとりとした空気が満ちているのであり、いつ行っても落ち着いた気持ちになることができるから。
今回は、久しぶりにほしよりこさんと一緒の旅。「では、現地集合で」ということで、関西在住のほしさんは列車で、私は飛行機で、出石を目指しました。
出石名物皿そばを「正覚 田中屋」で!
待ち合わせたのは、名物である出石そばのお店です。近況を報告しつつ、まずはさよりの味醂(みりん)干しに箸を伸ばしました。地元の方は、これを食べてからそばを食べるのが定番なのだそう。小皿に盛られたそばを何枚も食べ、途中でそばつゆに生卵を落とせば、さらに小皿が積み重なっていきます。
問い合わせ先
- 正覚 田中屋 TEL:0796-52-2048
古くからの城下町である出石では、江戸時代の商人達の宴会でも、そばが食されていました。町をそぞろ歩けば、緑の山を背景にして、お城の石垣やお堀、時を告げる櫓(やぐら)、酒蔵など、歴史を感じさせるものがあちこちに。
沢庵和尚の沢庵は昔ながらの味わい!
出石生まれの沢庵和尚がいらした「宗鏡寺(すきょうじ)」を訪ねてみれば、見事なお庭に息を呑みます。日本海側の地ではいつもこのように、宝石のような事物や景色が「どうだ!」と見せびらかされるわけでなく、ひっそりと隠されているのです。ご住職が手ずから漬けている沢庵漬けを一切れいただくと、スーパーでは決して売られていない昔ながらの味が。ほしさんも私も、お土産に購入しました。
夕方からはお楽しみの、歌舞伎見物です。出石には、明治時代にできた「永楽館」という芝居小屋があり、そこで片岡愛之助さんが、毎年歌舞伎公演を行っているのでした。町の皆さんが公演を応援していて、気がつけば宗鏡寺のご住職も、入り口でお手伝いをされているではありませんか。
手が届きそうな距離で歌舞伎が見物できるこの小屋では、役者さんもお客さんも皆、楽しそう。町の人達の温かな気持ちが、小屋いっぱいに満ちていたのでした。
「見事な雲の海! 天国のよう…」(酒井さん)
宿でおやつをぽりぽりとつまみながら遅くまでおしゃべりをした翌朝、「今日は雲海が見えるかもしれません!」 との町の方からのお知らせで目が覚めた、私。小高い山の上まで行ってみると、眼下には見事な雲の海が広がり、出石の町は白い雲の下に。湿度がもたらすこの絶景は天国かのようで、雲にダイブしたくなってきました。
33年ごとの御開帳!温泉寺の秘仏にお参り
清い気持ちになって次に向かったのは、城崎です。この地にはその名も「温泉寺」というお寺があり、まずはロープウェイに乗って参拝へ。昔の人々は皆、温泉寺に参詣してから、古式の作法に則(のっと)って入浴していたのだそう。天の恵みとしての温泉に感謝する、という心があったのです。
城崎は、外湯巡りが楽しい温泉地です。下山してから浴衣に着替えて外湯に入れば、確かに「ありがたい…」という気持ちが湧いてきます。
感謝の念は、その晩の宿である「西村屋」さんの夕餉の席でも、噴出しました。目の前に並ぶのは、神々しい蟹。それも、ほど近くの津居山港に揚がったことを証明する札を脚につけた、ブランド蟹です。襟をただすような気持ちで、蟹と対峙します。
蟹を食しつつほしさんと語ったのは、「道ならぬ恋の旅は、蟹の季節ではない方がいいかもしれませんね」ということでした。夕方、木造三階建ての旅館が立ち並ぶしっとりとした町を歩いていると、どこか違う時空に迷いこんだようで、「道ならぬ恋の旅で、来てみたいかも」などと語っていた我々。しかしこれほど典雅な蟹と向き合ったなら、蟹以外のものは眼中に入らなくなるであろう。蟹は人を「個」にする食べ物であり、道ならぬ恋どころではなくなる気が…。
豊饒なる日本海の恵みと、日本酒と、温泉。それらは、世俗の垢にまみれた大人達を、素のままの姿に戻してくれるようです。だからこそ志賀直哉も、湯治の地として城崎を選んだのかも。身も心も、そして胃袋もすっかりほどけた我々は、翌日はギリギリの時間まで外湯に入った後に、現地解散となったのでした。
帰宅後、食べきれずに持ち帰った蟹をまた堪能し、さらにはお土産の但馬牛しぐれ煮や沢庵和尚の沢庵で、ご飯が止まらなくなった私。日本海の方を向いて思わず手を合わせれば嗚呼(ああ)、あのしっとりとした空気が再び、頬に触れるかのようで…。
ほしさんが振り返る!女ふたりの知的旅
町を大切に想うみんなの笑顔に癒やされた旅でした
城崎温泉には、ちょっと変わったルールがあります。それは、「旅館の部屋の数で、使える湯量が決まる」こと。決して湧出量の多くない、限られた温泉を、みんなで公平に分けるためだとか。「街全体がひとつの大きな旅館」という考え方が浸透している城崎では、駅が玄関、道は廊下、宿は客室で、外湯が大浴場なのだそう。
「『女ふたり旅』ってなぜか楽しいんですよね」(ほしさん)
そういえば、街の人はみなさん、家族のような親戚のような、親しげな雰囲気を醸し出していました。だから、私と酒井さんも、すっかりリラックスしてしまって、城崎の街を浴衣姿でふらふら。大人にとってはこういう時間こそが、本当の贅沢なんでしょうね(談)。
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- PHOTO :
- 篠原宏明
- ILLUSTRATION :
- ほしよりこ
- EDIT&WRITING :
- 剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)