今や、ふたりにひとりが経験するという「がん」。

東京・豊洲、爽やかな海風が吹くその場所に、がんを告知された人やその家族、友人などが予約不要で相談ができる施設「マギーズ東京」があります。「目指したのは、がんを経験した人が心の拠りどころにできる”第二の家”」と語るセンター長の秋山正子さんと、常勤看護師の岩城典子さんにお話を伺いました。

東京・豊洲にある「マギーズ東京」 ©️Koji.Fujii/Nacása & Partners Inc.
東京・豊洲にある「マギーズ東京」 ©️Koji.Fujii/Nacása & Partners Inc.

――― まずは、マギーズセンターについて教えていただけますか?

岩城典子さん(以下、岩城) マギーズセンターは、イギリス発祥なんです。造園家であったマギー・K・ジェンクス氏という女性が発案をしました。1993年、当時55歳だったマギー氏は、乳がんの再発と余命宣告を受けました。もちろん大きなショックを受けた彼女でしたが、次から次へと患者が訪れる病院では、すぐに病室から出なくてはならず、不安な気持ちを吐露することなどできなかったそうなんです。彼女は、そのときを振り返って、「胃にパンチを食らったような衝撃だった」と語っています。「アットホームな環境で、専門家に話を聞いてもらう施設があったら、どんなによいだろう」というマギー氏の願いからスタートしたのが、マギーズセンターなんです。
がん再発の宣告から2年、彼女は亡くなってしまいましたが、建築評論家でもあった夫が現在のマギーズセンターの前身である「マギーズキャンサーケアリングセンター」を創設しました。それは人々の共感を呼び、現在イギリス全土で22か所のマギーズセンターが運営されてます。イギリスではすべて、がんのハブ的な病院の敷地内に建設されているんですよ。2013年には、イギリス国外初となる香港に。ほかにもオーストラリアやスペインに広がり、ついに2016年の10月、ここ東京・豊洲にオープンしました。

「ただ聞くこと」それが、大きく違う

センター長の秋山正子さん(左)と常勤看護師の岩城典子さん(右)
センター長の秋山正子さん(左)と常勤看護師の岩城典子さん(右)

――― マギーズセンターでは、どんなことが受けられるのでしょうか。

岩城 がんを宣告された人や過去にがんを経験した人、そしてその家族や友人、医療関係者などが、がんの種類やステージに関係なく、いつでも利用することができます。私たちスタッフは、病気についてはもちろん、仕事や家族とのことなど不安に感じていることについて耳を傾けます。常勤の看護師が2名、心理療法士や管理栄養士などもいますので、食事や運動のこと、医療制度についてなど具体的な相談をすることもできます。話をすることを目的にしなくても、お茶を飲んだり、ソファでくつろぎながら本を読んだり、と好きなように過ごすことができるんです。
 私たちは英国のセンター長から「自分が話したくなったら、20秒間黙りなさい」とアドバイスをもらいました。それほど、来ていただいた方の話を「聞く」ということを大切にしています。私も以前は病院に勤める看護師でしたから「Aがいいと思いますか? Bがいいと思いますか?」といった相談に対して、”答えを出す”ということをしていました。今は大きく違いますね。

――― 緑も多く、温かみのある空間が印象的ですね。

岩城 はい、訪れる人が心から安らげるような場所に、というのがマギーズセンターの大切にしていることのひとつなんです。自然光を取り入れること、水面が見えること、リラックスできる庭があることなど「マギーズセンターの建築基準」に沿って著名な建築家の方が、ボランティアで設計しています。ザハ・ハディッドさんや、ファッションデザイナーのポール・スミスさん、黒川紀章さんも2007年に亡くなられる直前にイギリスのセンターのデザインを手がけているんですよ。先進的な建築でも、室内は利用する人たちが「第二の家」と感じられるような、くつろげる空間になっています。
故・黒川紀章さんがデザインした英国スウォンジーにあるマギーズセンター ©️Koji.Fujii/Nacása & Partners Inc.
故・黒川紀章さんがデザインした英国スウォンジーにあるマギーズセンター ©️Koji.Fujii/Nacása & Partners Inc.

――― 一日にどのくらいの方が訪れるのでしょうか?

岩城 平均して、20人から30人ほどでしょうか。がんの当事者の方、そしてそのご家族や友人ですね。あとはご遺族だったり。最近は男性の方も2〜3割と増えています。
今は築地の市場移転で話題に上がることの多い豊洲は、がんの基幹的な病院が集まる場所でもあります。たとえば、昭和大学江東豊洲病院やがん研究会有明病院、聖路加国際病院といった病院が半径3キロ圏内にあります。そのため、病院帰りに寄ってくださる方や、現役の医師や看護師の見学も多いんです。

――― たくさんの方が訪れる中で、印象に残っているエピソードはありますか?

岩城 ある時、30代前半の女性が寄ってくれました。彼女は働きながら治療を頑張り、その年の秋に乳がんを克服したんです。6年間おつきあいをしていた彼とも「体調が落ち着いたら、結婚式を挙げよう」と約束していたそうなんです。そうしていざ式の準備をしようというときに、彼の両親から反対されてしまった、と。そのことを泣きながら話してくれました。
彼女は「がんのような、重たい話を友達には話しにくかった。病気のことなら看護師さんに話せても、『彼と別れた』なんて話題はできなかった。私の花嫁姿を誰よりも楽しみにしていた両親には、余計に言い出すことができなかったんです」。そう話してくれました。その辛かった思いを吐き出したあとに彼女が言ったんです。「でも、その彼と結婚したら、何か問題にぶつかったときに、彼は私よりも彼の両親をまた優先すると思うんです。だから、私は別れてよかったのかも」って。そして「今、やりがいのある仕事ができているから、それを頑張ってみようと思うんです」。そう言って、笑顔でここを出て行かれました。

――― マギーズセンターのほかにも、がんに関わる方の心をサポートしてくれる施設はあるのでしょうか?

岩城 はい、大きな病院では施設内に相談窓口を置くところは増えているんですよ。ただ、予約が必要なことも多く、「話したいときに話せない」、「予約を入れるという時点で身構えてしまう」という声もあるそうなんです。病院ですとやはり「自分は患者」になってしまい、無意識に病気のことに焦点が当たりがちですが、思い悩んでいる大きなことは、家族のことや仕事のことだったりするんですよね。
 病院以外ですと、ピュアサロンのような当事者同士で支え合う場であったり、センター長の秋山が以前開設した「暮らしの保健室(※)」でも、マギーズセンターのように開放された雰囲気で専門家に相談ができるなど、こうした場は各地に広がりつつあるんですよ。
※予約をしなくても気軽に立ち寄り、無料で相談が可能。新宿区内の大規模団地内にある。

後半では、センター長の秋山正子さんから、日本のマギーズセンターの生い立ちから今後の展望などを詳しく教えていただきます。

【後編:マギーズ流、がん経験者への「お手伝い」とは?】

PROFILE
秋山正子(あきやま まさこ)さん
NPO法人マギーズ東京共同代表理事、マギーズ東京センター長。株式会社ケアーズ代表取締役・白十字訪問看護ステーション統括所長。2016年、マギーズ東京を設立、センター長となる。
PROFILE
岩城典子(いわき のりこ)さん
マギーズ東京常勤看護師。看護師として病院で勤務後、「暮らしの保健室」室長の秋山氏に出会い、今年よりマギーズ東京に勤務。

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八木由希乃