相続の現場で実はよくある案件、「財産管理の重要性」とは?プロが実例をもとに解説!

遺産相続のプロ、税理士の尾上千晶さんが、実際に担当した相続の実エピソードをもとに、資産のある家庭の遺産相続をどうすべきか?について、解き明かしていく連載企画です。

第3回目は、相続の現場で実によくある案件。嫁いだ姉と、実家で父親の介護をした弟とのトラブルの例から、兄弟姉妹間の遺産相続の解決策を見出します。

尾上千晶さん
税理士
(おのうえ ちあき)1966年生まれ東京下町の南千住出身。税理士、行政書士、関連会社2社を所有。医師を顧客とした医療専門会計事務所を経営。税務以外の細かな経営に関するアドバイスだけでなく、実際に雇用される側の話を聞き、女性ならではの思考で忍耐強く問題解決に当たり、担当病院、医院では働きやすい環境が整うと評判に。医師を対象にした資産活用や相続についてだけでなく、小さな組織で起こりがちな人間関係でのトラブルに関する講演多数、自身の会計事務所を女性だけで組織し、完全残業なし9時5時の勤務体制を実現。1人息子はゲームクリエイター。特許関係の仕事の夫1名。女性を守ることが、一族を守り、一族をより栄えさせると、自身を春日の局に例え、言わなければいけない嫌なことまで引き受けることも、クライアントから絶大な信頼を得ている。http://clinic-ac.com/

「尾上千晶税理士事務所の尾上千晶です。病院や医師の方を中心に、税の相談を長年続けてまいりました。

最近、クライアントから不動産の相談を受けました。不動産の利回りは、5%あれば、よいほうだとされています。10.85%の出物が出たので、見てきてほしいと言われ、行ったところ…今、はやりのシェアハウス。ワンフロア9万円で貸すものを、9つに区切って、3倍の利回りとしていました。

確かに、効率的には、高い利回りとなります。しかしです。細かい指摘は省きますが、これ、違法です。是正を勧告されたら、工事費用負担となり、利回りも落ちます。法律的に脱法物件は、いけません。適法化を求められるため、高いコストがついてきます。おいしいお話にはやはり、ワケがありました。

ババ抜きの、ババのような、物件のお話。みなさんはくれぐれも、このようなお話には乗らないように…」

弟が世話をしてくれていた、寝たきりの父の口座を見たら…お金がない!「資産家で金回りが良いはずの父なのに、なぜか手元にお金がほとんどないんです」と姉は叫んだ

【ケーススタディ】先日、兄弟間トラブルの相談を弁護士にしていた、A子さんのエピソードをご紹介します。

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昔は仲が良かったふたりだけど・・・

A子さんは、50歳くらいの上品な奥様風の女性。結婚をしていて、実家とは遠いところに住んでいるようです。実家の近くに住む2、3歳下の弟B夫さんが、お父様の介護をしていらっしゃったそうです。そんなお父様がついに入院されて…というタイミングで、何やら弁護士先生へのご相談が。

「父は、マンションもいくつか持っていて、家賃収入も入ってきていたのですが、通帳を確認すると、残高が200万円しかないっていうのは、どうしてなんでしょう? 一緒に住んでいた弟に、こんなにお金がないっていうのは、どういうこと? と聞いても、病院とか介護に使ってしまって、これしかないんだよ。というんです。おかしいですよね!」(A子さん)

亡くなることがわかっていると、通帳のお金を、相続税がかかるからといって抜き出す人がいらっしゃいます。特に、死亡する時期を想定できる状況にあると、毎日100万円ずつ引き出していたり、と異様なことをする人は多いです。

あとでどうしてこんなに引き出していたのかと聞くと、「お金があると、税金がかかるから! 何かを買うとか、こっそりと銀行ではなくて、タンス預金しておけば、税務署にはわからないでしょ?」という言い訳をする方は多いです。

税務的に言うと、いくら、被相続人の口座から、現金が消えていったとしても、子や孫の違う口座に振り込まれていれば、それは、「名義預金」といって、相続税の課税対象となります。

つまり、税務的にはこれらの抜き出し・引き出し行為は、なんの意味もない行為なのです。誰の名義になっていたとしても「課税はするよ」ということを、国は明確に宣言しております。

銀行口座に「残った・移されたお金」は課税をされるが、口座から「消えたお金」は、国は課税のために探してはくれない

相続のときは、そこが問題ではないのです。

一緒に住んでいる人が抜き出した、被相続人のお金がどこに行ってしまったのか…それが、名義を変えて存在するならまだしも、まったく消えてしまっていたら、どうなるのでしょうか?

お金が消えてしまったことが、発覚したとき。国は、消えてしまったお金を探すことはしてくれません。

あるはずだ! といくら叫んだところで、それを立証して、使ったと思われる人に請求するのは、違う訴えをしなくてはいけません。

(当然、訴えることをするわけですから、結果が出るまで時間もかかるし、立証できる資料がそもそもなければ、言いがかりだと拒絶されることもあるのです)

つまりです。はっきり言うと、「相続の現場は、やったもん勝ち」なのです。

「父の口座から、亡くなる間際に、ざっぱざっぱとお金が引き出されています。カードで買ったりしている。亡くなる一週間前に、ホットカーペットを買っているんですよ! 父は、病院にいるのに。

で、なんでホットカーペットを買ったのか? と弟に聞いたら、『退院して家に帰ってきたときに、寒くないように買ってくれ』と、父が言うので購入したというんですよ。父は退院できる状態じゃないのに。

おかしいでしょ? もう数日で亡くなる父が、家に帰れると思うから、ホットカーペットを買っておいて、と死ぬ前に言われたと弟が言うんです。ホットカーペットは、新品のままで、弟の家にあるならば、それは、弟が買ったものじゃないんですか? 弟がそのあと使いますよね。なんで父の口座から引き落とされるんですか?」

と、A子さんは弁護士先生に切々と訴えていました。

兄弟姉妹間の揉めごとはよくあることだけれど、この消えた遺産がもっとも問題になることのひとつ

わかりやすく直訳すると、「父の口座から、父が使うからと言って、弟がお金を引き出して、弟が自身のために使ったのだから、相続財産として返してもらいたい」という意味です。

弟B夫さんは、「父が、家に帰るために欲しいと言ったから、買った。だから、父が使ったのだから、父のお金が減るのは当然だ」と主張しておられる様子。そのとき購入したホットカーペットは、そのまま弟さんの家で、使われているようでした。

物に罪はありません。

対応した弁護士先生は、苦虫をかみつぶしたような顔で、申立人の訴えを聞き流しています(弁護士先生は、勝てない話には対応しません。付き合いたくないのです)。

「亡くなりそうな親の銀行通帳は、亡くなる前に、相続人の間で話し合いをして、誰もが見える状態で管理してないと、用途はつかめないんですよ。亡くなったあとになって、残っている財産はこれだけしかないっていうのは、国は面倒見てくれないんですよ。亡くなる前に相続人全員で管理していないと、どうしてもこういうことになるんですよね」と弁護士先生。

「こういうのは、やったもん勝ちなんですよ」と、そっと気の毒そうにつぶやいておりました。

相続の現場は先手必勝

姉のほうとしては、自分は嫁いだ身だから、実家の面倒は弟にまかせるという形で上手に逃げていたのでしょう。自分は介護に参加しないけれど、実家の相続になれば、まとまったものを当然もらえると企んでいたのに。うまく立ち回ったつもりなのに…やられてしまったのです。

そもそも、介護を弟に押し付けておきながら「財産は同じようにもらえるはず」と思うこと自体も、おめでたいこと。甘いのです。強い表現をすれば、うまく騙したと思ったのに、実は自分が騙されていた。だからこそ、悔しい。なので、財産分割で揉めてしまい、調停をしているわけです。

ちなみに、遺産分割調停の申立人の待合室のビジョンには、「国は、財産を探すことはしません」という映像が、何度も何度も繰り返し流れています。よくもち込まれる話なのです。

「やったもん勝ち」。嫌な言葉ですが、相続の現場では、先手必勝です。

あとから、何をいったとしても、結局は、預金も、不動産も、先手を打たれると負けてしまうのです。いくら、正しいことを主張しても、主張するためには、立証責任は、主張する側にあると言われてしまいます。

通帳から、ホットカーペットの代金が引き出されたからといって、お父様の遺志があったのかどうかというのは、亡くなられた後では、立証がしづらい問題です。遺言書などがない場合、遺産は相続者が共同できちんと管理をしていないといけません。

年齢が高くなると、本人自らの意思で振り込みをしたりする、オレオレ詐欺にも合いやすく、いろんな人に狙われます。高齢になると、寂しいからこそ、お金を支払うことで、人の関心を求めます。家電屋さんからすすめられたと、冷蔵庫を何度も買い替えたりしている方もよく拝見します。

ひとりぼっちの高齢者の友人関係も要チェックです。ちやほやとされて、布団や、健康食品など買い込まされるのもよくあります。気になる方は、実家の持ち物がどう変わっているか?を常にチェックするようにしましょう。

相続税より、資産分割が肝!

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相続税の心配をするより、事前の資産分割を

資産家の場合、実は税金の問題はむしろ小さいこと。財産を引き継ぐ際、受け取る方は国に税金を支払いますが、当たり前のことですが「もらった財産より、税金のほうが少ない」のです。ですから、税金の額については、もらえないことに比べたら、問題になりません。

それよりも、誰が、何を受け継ぐのか。そして、どういう基準で分けるのか。分割の問題のほうが、大きな揉めごととなります。揉めごとを起こさないよう、そして、もらうべき財産は自分がもらえるように、先手を打つ準備が必要です。

ご高齢者の対応は、非常に手間がかかります。時間もかかりますが、ご高齢者本人の遺言書があれば、財産はすんなり指定された人のものになります。生前に、ご高齢者ご本人に対して、誠を尽くしていただき、遺言書をつくっていただくところまで、話し合いをするのが最もよい方法です。

とはいえ、下記のような事例もあります。

ご本人との関係もよくない。相続する人間同士の関係もよろしくない。ご高齢者は、認知症で、遺言書もつくれない。嫌だけど、自分が面倒みるしかない。

このようなときには、介護には必ず「介護される人の口座にあるお金」を使って対応しましょう。やったことのある方でないとわかりませんが、介護にはかなりのお金がかかります。

介護が必要な親のために、自分の時間も我慢して尽くすことは、いつ終わるかわからない介護の現実を思うと、つらすぎるもの。介護されるご本人に貯蓄があるのでしたら、ご本人のために、正々堂々とお使いいただき、いよいよ本人の貯蓄がなくなったら、相続を受ける人間たちで、きちんと介護にかかるお金を分担して、負担したほうがよいです。

もし、親の介護に親の財産を使いすぎだと、周囲から非難されたら…。「だって、無理ですよ。文句を言うなら、代わりにやってみてください」とメッセージを発することが大切です。「労力とお金」を、それぞれきちんと評価し合うべきです。

押し付けられて、泣く泣く、やらされるなんて時代では、もうありませんよね。明るく「公平に、みんなで対応しましょう」と主張しましょう。労力とお金を評価し合って、しなやかに、大切な親との最後の時間を共有していきましょう。

WRITING :
尾上千晶
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