「支援先の子どもたちの笑顔がやりがい」セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン女性部長にインタビュー

女優の鈴木京香さんがナレーションをされている「子どもたちの惑星」という、とても印象深い、ACジャパンのCMをご覧になったことがありますか?

『これは、宇宙のとある星のおはなしです。その星では、おうちにも学校にも遊び場にも爆弾が降っていました。その星では、14歳以下の少女が7秒にひとり、結婚していました。その星では、1億5000万人もの子どもたちが働いていました。その星は、地球です。この物語を変えましょう。セーブ・ザ・チルドレン』

このCMに登場するNGO団体、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンで海外事業部長として活躍されている塩畑真里子さんに、今までの支援の経験や、活動への想い、今後の目標などについてお聞きしました。

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 海外事業部 事業部長・塩畑真里子(しおはたまりこ)さん
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 海外事業部 事業部長・塩畑真里子(しおはたまりこ)さん

創設100年! セーブ・ザ・チルドレンは「子どもの権利の実現のため」に活動する世界的な団体

――「セーブ・ザ・チルドレン」は最も古い、子どものためのNGO団体と伺っていますが、どのような団体なのでしょうか?

1919年に、イギリス人女性のエグランタイン・ジェブが立ち上げた団体です。第一次世界大戦後の混乱時代、食料の供給が絶たれた国々で「飢餓に陥っていた子どもたち」を援助するために、資金を集め、寄付をする活動を始めました。

その後、彼女は、寄付をする一部の人だけでなく、「子どもに関わるすべての人が、子どもに最善のものを与えなければならない」との思いを強め、「ジュネーブ子どもの権利宣言」を起案。

国連(当時の国際連盟)で採択され、その理念は、現在、日本を含む196の国と地域が批准する、子どもの権利条約へと引き継がれています。私たちは現在も、世界中で子どもの権利の実現のための活動を行っています。

セーブ・ザ・チルドレン創設者 エグランタイン・ジェブ氏
セーブ・ザ・チルドレン創設者 エグランタイン・ジェブ氏

――日本でセーブ・ザ・チルドレンの活動が始まったのはいつですか?

1985年に、英国セーブ・ザ・チルドレンの総裁だった英国王室のアン女王から、当時の美智子妃殿下に日本法人設立のご提案があり、翌年1986年、世界で22番目のセーブ・ザ・チルドレン組織として設立され、フィリピンとタイで支援を開始しました。

紛争や自然災害、貧困に苦しむ地域の子どもたちへの支援をしています

――セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンでは、何人の方が活動しているのですか?

東京と大阪をあわせると、約70名が活動していますね。現在のセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは、海外の支援だけではなく、国内の子どもの支援も積極的におこなっています。

――塩畑さんは海外事業担当とのことですが、どのような業務をされているのでしょうか?

2016年から、海外事業すべての事業管理に従事しています。特に近年は、緊急人道支援の比重が大きくなってきています。これは緊急時に、紛争や自然災害の被害者の生命、尊厳、安全を確保するために、援助物資やサービス等を提供する活動のことです。私が事業管理をしている「海外事業部」で現在事業を行っているのは、10か国(シリア、南スーダン、イエメン、モンゴル、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、ラオス、ウガンダ、タイ)です。

10年近く紛争が起こっている地域、自然災害により経済的打撃を受けている地域、貧困に苦しんでいる方々が多く住む地域、子どもたちの教育が行き届かない地域などで、各国のセーブ・ザ・チルドレンの海外事業部が支援をしています。

2019年9月には、イスタンブールの行政機関とセーブ・ザ・チルドレンがトルコで行っている、シリア難民支援の事業地を訪問。
2019年9月には、イスタンブールの行政機関とセーブ・ザ・チルドレンがトルコで行っている、シリア難民支援の事業地を訪問。

スタッフは定期的に現場に赴き、活動の進捗を確認しています。現場で活動するための資金は、個人支援者、企業、行政、国際機関などから寄付や資金を受けて成り立っています。その資金を集め、世界各国のセーブ・ザ・チルドレンの事務所と協力し、支援を行っています。

資金を提供してくださっている皆さまや政府に対し、定期的に申請書を書いたり、活動報告を作成しています。担当スタッフと共に現地に行って活動状況の確認をし、活動に軌道修正が必要な場合は、現地で協議をおこないます。また、資金を提供してくださる方々へ、その報告と説明を行うことも業務です。

各国のセーブ・ザ・チルドレンの海外事業責任者との会合にも定期的に参加し、多くの国で事業を展開するうえでの課題を一緒に解決します。「石の上にも3年」と言いますが、「3年程度で、すべてを滞りなくできるようなポジションではない」と、業務の難しさを感じています。

セーブ・ザ・チルドレン・インターナショナルの会議にて。2019年9月レバノンの首都ベイルートにあるセーブ・ザ・チルドレン・レバノン事務所で開かれた海外事業会議。本部ロンドンのほか、各国のセーブ・ザ・チルドレンの海外事業責任者と共に(写真前から2列目、左から2番目が塩畑さん)
セーブ・ザ・チルドレン・インターナショナルの会議にて。2019年9月レバノンの首都ベイルートにあるセーブ・ザ・チルドレン・レバノン事務所で開かれた海外事業会議。本部ロンドンのほか、各国のセーブ・ザ・チルドレンの海外事業責任者と共に(写真前から2列目、左から2番目が塩畑さん)

より質の高い支援のためには「調査」が大切。英国留学時代に学んだ「識字の調査」が役立った

サセックス大学のあるサセックスの風景
サセックス大学のあるサセックスの風景

――そもそも、なぜセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンに入ろうと考えたのですか?

話すと長くなるのですが…幼少期から読書が趣味で、ありとあらゆる本を読んできました。筑波大学に入学し、フランス言語学を専攻したのですが、勉強を進めていく中で「少し違うかな」と思うようになりました。フランスの歴史をもっと知りたい、植民地だった国について学んでみたい、と考えるようになったんです。

中学・高校生の頃に読んでいた本の中でも、非常に興味深かったのが、第一次世界大戦を舞台にした作品でした。開発・貧困、人権問題に関心があり、そちらを改めて学びたいと大学卒業後は、東京大学の大学院で開発・政治経済の勉強をしました。大きく舵を切ったわけです。

大学院時代には研修や勉強会に積極的に参加し、開発関係の方々からお話を聞く中で、「開発コンサルタント」に行けば、現場でのフィールドワークができると知りました。

当時は開発の勉強をした後は、JICAやOECF(海外経済協力基金)などへの就職が主流だったのですが、私は現場で直接的な活動をしたいと考えていたんですよね。

また、それまでの日本の開発コンサルタントは「ハード面」のインフラ開発が主だった活動だったのですが、ちょうど「ソフト面」の開発の援助も必要とされる時代に変わりつつありました。

入社した開発コンサルタントでは、フィリピン、ラオス、セネガルなどに赴き、貧困削減、教育、保健などに関する「調査や評価」に従事していました。

そんな中、セネガルで農村の太陽光発電プロジェクトの調査をする機会があったのですが、現地セネガルのNGOが素晴らしい「調査」をおこなっていたのです。

国際開発に関わって、より質の高い支援をする上で、この「調査」がとても重要だと思いはじめ、「調査」の勉強のため、4年半務めたその会社を退職し、英国のサセックス大学の博士課程で再度、勉強を始めたんです。

博士号を取得した後、同大学で講師を務め、その後、日本に帰国し、外務省に入省しました。

サセックス大学の指導教官のJohn Pryor氏(写真右)と塩畑さん(写真左)。2003年6月に学生のパーティーにて。今でもしょっちゅう連絡を取り合っているそう
サセックス大学の指導教官のJohn Pryor氏(写真右)と塩畑さん(写真左)。2003年6月に学生のパーティーにて。今でもしょっちゅう連絡を取り合っているそう

外務省では、ラオスの日本大使館で3年間、広報文化を担当していたのですが、その時、ラオス人の青少年の日本への、留学選考に携わる機会がありました。日本の文部科学省が行っている留学プログラムの支援で、現地の子どもたちと接したことが、とても楽しかったんです。

農村部の貧しい子どもたちが一生懸命に学ぼうとする姿を見て、「子どもの教育」に深く興味を抱くようになりました。そんな時、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの「南アジアでの教育担当」の募集を目にしました。

サセックス時代に、主に「識字」の調査を行っていたこともあり、本格的に南アジアでの教育の活動をやってみたいと考え、団体に参加したのが、2011年のことです。

在ラオス日本大使館勤務時代、首都ビエンチャン郊外の寺院にて
在ラオス日本大使館勤務時代、首都ビエンチャン郊外の寺院にて

ネパール駐在時には、200近くの学校の教育の質を変えるプロジェクトを担当

――2011年から現ポジションにつくまでは、南アジアで教育を担当したということですか?

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンに入って1年ほどしてから、ネパールへ駐在し、3年間そちらで活動をしていました。「教育の質を変える」プロジェクトです。

折しも世界中で、「学校に通っているのに、基本的な読み書きや算数ができない子どもたちが多数存在する」、というデータが、ユネスコから発表された時期でした。

200近くの学校を対象にするプロジェクトでしたが、頻繁にネパールの小学校に足を運び、教室で授業を観察し、調査を重ね、具体的な改善策を、現地の教員や教育省の担当者、セーブ・ザ・チルドレンのプロジェクトチームと話し合い、実行していきました。

子どもって面白いんですよね。「こういう風に考えるんだ」って、こちらがびっくりするようなことを話してくれたりするんです。

また、文字や足し算、引き算を理解した時の子どもたちの「わかった」という笑顔は、本当に素晴らしい

正直、楽しいだけの3年間というわけではなく、思い出したくないようなつらいことも多くありましたが、非常にやりがいのあった3年間でした。

ネパール南部ナワルパラシ郡の学校を訪問した時の様子
ネパール南部ナワルパラシ郡の学校を訪問した時の様子

――現在は、たどり着くべき場所にたどり着いた、とういう感じでしょうか?

いえいえ、まだまだです。先ほども申し上げたように、「石の上にも3年」という諺がありますが、3年経っても「簡単ではないポジションだ」と痛感しています。

活動をする中で、ほかのNGO団体の方と多く接する機会があるのですが、正直、そんな自分が突出して活躍しているとは思っていませんし、ただ毎日、目の前のことに一生懸命なんですよね。

「子どもたちの権利」が、世界中で少しずつ理解を得られてきている

――子どものための、大人たちの責務は何だと思いますか?

まず、子どもたちの権利を守ることはとても大事なことで、1989年には国連総会で「子どもの権利条約」というものが採択されています。国連の採択から約30年、日本で批准されてから約25年が経過し、少しずつではありますが、世界中で「子どもたちの権利」への理解を得られてきています。

個人的に、その中でも大切なことを申し上げるとしたら、「最低限の読み書きと算数ができるよう、担保すること」は大人の責務だと考えています。

それによって、子どもたちの未来、社会が変わるからです。読み書きや算数って日本では当たり前ですが、紛争地域では、当たり前ではないんですよね。

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが、以前、ミャンマー南西部カレン州で実施していた教育事業の様子
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが、以前、ミャンマー南西部カレン州で実施していた教育事業の様子

――今後の目標は?

現在の海外事業部長という仕事をもっと、まっとうできたと思えたら、また現場で直接的な支援活動をしたいですね。

紛争地などに、大量の物資を迅速に届けるということも、活動の中でとても重要なことです。同時に、長期スパンで支援として取り組まなければならないのが、子どもたちの教育の質を上げていくことです。子どもが教育を受ける権利は、奪われるべきではないからです。

「子どもを支援」することで、地域・国の成り立ちが変わってゆく

――Precious.jpの読者に伝えたいことは何でしょう?

セーブ・ザ・チルドレンでは、「物を届けて終わり」ではなく、子どもたちや地域社会の「エンパワーメント」を重要視しています。

誰にでも子ども時代があり、「子ども時代をどう過ごすか」でその後の人生が変わりますし、その方が生きている、参画している社会が変わり、未来が変わります。

子ども支援はその人の人生に変化を与えることになるし、その地域、強いては、その国、その先には地球全体に影響を与えるからです。

紛争地で生まれ育っている子どもは紛争しか知らない。紛争しか知らずに育った子どもたちが担う国の未来は、きっと凄惨なことになってしまうでしょう。

支援先の子どもたちの生活が変わっていくのが「目に見える」こと。活動の実現化が目に見え、そこに成果が表れていることを確認できることが、何よりもこの仕事のやりがいです。

セーブ・ザ・チルドレンのメンバーとして、一過性の物でない、継続的な支援ができるよう、そして子どもたちを長期的に守れるよう今後も尽力してまいります。

――最後に、塩畑さんの座右の銘を教えてください。

「意思あるところに道は通ず」です。

もちろん、人生では思い通りにならないこともありますが、まずは自分で目標を持って、努力を続けること。それは長期的にでも、日々の業務でもそうだなと思います。毎日「この案件を絶対に通すぞ!」という、強い気持ちでやっています。

以上、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンで海外事業部 部長としてご活躍の、塩畑真里子さんにお話をお伺いしました。

世界中の子どもたちが、笑顔で健康に育つため、大人が何ができるのか。改めて考える貴重な機会をいただきました。

セーブ・ザ・チルドレンへの寄付は、誰でも少額から始められますし、公益社団法人への寄付金は、所得税の控除対象になり、社会貢献にもつながります。未来の地球を担う子どもたちのために、著者も寄付を始めることにしました。セーブ・ザ・チルドレンの活動が多くの方に認知され、より多くの子どもの「笑顔」が増えることを願っています。

塩畑真里子さん、この度は本当にありがとうございました。

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この記事の執筆者
新卒で外資系エアラインに入社、CAとして約10年間乗務。メルボルン、香港、N.Yなどで海外生活を送り、帰国後に某雑誌編集部で編集者として勤務。2016年からフリーのエディター兼ライターとして活動を始め、現在は、新聞、雑誌で執筆。Precious.jpでは、主にインタビュー記事を担当。