絵の中の家を探す、そのてんまつは? 恩田作品の「家」を読む
恩田作品のテーマと言えば「血のつながり、きょうだいの恋」「芸術の向こう側に行こうとしている人」などが挙げられると思う。私の注目は「家」だ。最新短編集で、いちばん心惹かれたのは一話目の「線路脇の家」。
写真や絵で見た屋敷を探そうとする話はミステリーにちょくちょく出てくるが、お話は、著名な米国画家の「線路脇の家」という絵を知った「私」が、この家を見たことがある、と思うところから始まる。1925年発表のこの絵はもちろんアメリカの風景なのだが、主人公には「日本国内で見た」という思いが湧く。
「電車の窓から見た」「いつも同じ人が室内にいるのが見えた」など、いくつかの記憶が蘇った後、忙しい「私」はやがて家のことを忘れる。だが思い出そうとしていないのに、家はゆっくりと、主人公の中で姿を立ち上がらせる。追っていたつもりが実はおびき寄せられていた、というのはホラーのテッパンだが、最後にはまるで家の方が「私」を見つけてやってきたような現れ方をする。
核にあるのは「昔流行した犯罪」で、この話にお化けや怨霊は出てこない。でも書いているジャンルにかかわらず、ゾッとする瞬間があるのは恩田作品の真骨頂だ。
『木曜組曲』に出てくるカリスマ女性作家の住まい、『私の家では何も起こらない』の丘の上の小さいおうち、『訪問者』の主が死んだ湖畔の屋敷、いくつかの学園ものの謎めいた寄宿舎など、恩田作品には魅力的な建築物がいっぱい出てくる。
そして、だれが住んでいるとか訪ねてくるかとかを超えて、建物が人間を離さない感じ。待っている、招き入れる、逆に入れない、中から出さない。家は確固たる意志をもって、物語に現れるのである! 春の引っ越しシーズン前、恩田作品の「おうちもの」をまとめて読めば、新居探しに熱が入るかも!?
最後にリクエストをひとつ。恩田さん、本格的なホテル小説を書いてくれないだろうか。『夏の名残りの薔薇』があるけど、あれは招待主である老三姉妹と、山奥の高級ホテルにやってくる客人たちとの記憶と現実が入り混じる人間関係に重きが置かれていた。
わが家のような居心地をうたいながら見ず知らずの人たちが出入りし、くつろぎ、眠りにつく、ホテルという空間そのものの奇妙さ。フロントマンやメイドさんにもそれぞれの人生がある。キングの『シャイニング』ばりのホラーもよし、クリスティー作品のような謎ときもよし。恩田さん、よろしくお願いします!
◾️『歩道橋シネマ』
著=恩田 陸 新潮社 ¥1,600
とある立てこもり事件を追うなかで驚愕の真相が明らかになる「ありふれた事件」。幼なじみのバレエダンサーとの再会によって、才能の美しさと残酷さを描く「春の祭典」ほか、著者の言葉を借りれば「今回はややホラー寄りのものが集まった気がする」一冊だ。
※掲載した商品の価格は、すべて税抜きです。
- TEXT :
- 間室道子さん 代官山 蔦屋書店コンシェルジュ
- BY :
- 『Precious4月号』小学館、2020年
- WRITING :
- 間室道子(「代官山 蔦屋書店」文学コンシェルジュ)
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)