見えない『いじめ』を描き、少女3人を静かに力強く救う物語
舞台は私立のお嬢様中学校。クラスのリーダーと、標的にされる3人の女の子、担任、親たちが出てくるのだが、さまざまな行為や見て見ぬふりの裏側がていねいに描かれていて新鮮だった。
たとえば首謀者の家には文句と嫌味にまみれた人物がいた。相手をばかにし、憮然としている。この家の人間関係とは力関係で、彼女はわが家で学んだそれを、学校でも実行しているのだ。もちろん立場逆転の危険は絶えずある。だから毎日が高笑いの女王どころか、彼女は自分を戦士だと思っているのである。
女性教師は、仲よしだった3人の関係が壊れたのは首謀者が何かしたからだと気づいていた。でも仕事に追われるなかで「クラス全体」はうまくいっていたし、自分は今婚活をしている。「関係ないじゃん!」と怒る人も多いと思うが、首謀者を問いただして『私をチクったのはだれ?』と新たな火種を出現させ、私生活を投げ出すのが彼女のすべきことなのか?
ほかにも人々のいろんな事情が出てくるけど「じゃあ、いじめはしかたないね」と思えるわけもなく、読み手は途方にくれる。『首謀者の家の文句たれを何とかしろ』とか『婚活はあきらめて』とか言うのもとんちんかんだし。本書には「わかりやすい悪者」がいない。井上荒野さんが書きたかったのはこれだ。だって「責めがいのある人物をつくり、こいつがいなくなればハッピーと全員が考えるようにする」なんて構造は、いじめと同じだもの。
荒野さんの物語の救い方は静かで力強い。読後、本のタイトルを、意味するものを、だれもが噛みしめると思う。
※掲載した商品の価格は、すべて税抜きです。
- TEXT :
- 間室道子さん 代官山 蔦屋書店コンシェルジュ
- BY :
- 『Precious7月号』小学館、2020年
- WRITING :
- 間室道子(「代官山 蔦屋書店」文学コンシェルジュ)
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)