「天性のソーシャライト。'50年代の名花、ベイブ・ペイリー」。ファッション・ジャーナリストの藤岡篤子さんは、ベイブのことをそう語る。

ベイブ・ペイリー

銀の匙をくわえて生まれた人

ベイブ・ペイリー。通称“ベイブ”の名で知られる彼女は、1915年にこの世に生を受けた。アメリカで最も著名な医師のひとりである神経外科医の父をもち、3姉妹の末っ子として生まれたベイブは、米『VOGUE』の編集者として活躍。その後、母親の“より上流を目指す”英才教育の賜物ともいえる恵まれた結婚をし、社交界で活躍していく。

「彼女は、古き佳きアメリカの上流社会を象徴する存在であり、さまざまな意味でジャッキー・ケネディがお手本にした女性。“銀の匙をくわえて生まれた人”特有の自然体の気品に満ちていて、さりげない仕草や装いが、アメリカの社交界のみならず、世界中の人々を魅了したファッションアイコンです。豊かな’50年代のアメリカが生んだ、名花と言えるでしょう」

ジャッキー・ケネディがお手本にしたソーシャライツ、ベイプ・ペイリー

美貌、知性、気品、そして1950年代のアメリカという時代。社交界が華やかな時代、彼女は唯一無二のエレガントな女性として愛された。美しさは天下一品だったが、それ以上に人々を引き込んだのは、ウイットに富んだ、知性あふれる会話だった。

トルーマン・カポーティは「スワン」と呼んだ

知性と教養に富んでいるからこそ、機知に富んだ会話が盛り上がる。その豊かな知性に惹かれ、“スワン”と呼んで、美しさを愛で、崇めたのは、『ティファニーで朝食を』の著者として知られる、トルーマン・カポーティである。彼はベイブと初めて会った瞬間から意気投合し、長年にわたり彼女を深く愛し続け、大切な友人として時間を共にした。

トルーマンが当時、ベイブを筆頭にC.Z.ゲストやグロリア・ギネスなど美貌と富を合わせもつ数人の社交界の女性たちを“スワン”と呼び、敬愛していたのは有名な話だ。彼女たちに共通するのは、社交界を白鳥のように美しく泳ぎ渡る姿。

「ですがトルーマンは見抜いていました。優美なたたずまいの水面下で、必死に水かきをする彼女たちの努力を。“スワン”とは、単なる名家のサラブレッドではなく、洗練された作法や美しさをさらなる高みへとステップアップさせ、自由でありながら愛される存在であるために、つねに自分自身を磨き、だれよりも前向きに努力していた女性たちへの尊称です。天性の美貌や名家の栄誉に頼ることなく、自らの強い意志で“スワン”であり続けていたのです」

そのなかでもベイブはやはり格別に美しく、「あまりに美しいので、何度会っても初めて会うような気がする」とまで言わしめる存在だった。

ベイブ・ペイリー

「トルーマンは、ベイブに対してこんな台詞を残しています。『彼女にはたったひとつだけ欠点があった。それは完璧であるということだ。もしそうでなかったら、完璧なのだが』と。完璧さがいかんなく発揮されたのが、彼女のファッションでした。1950〜60年代といえば、パリのオートクチュールや、イタリアのグッチなどのレザーブランドがアメリカで大人気だった時代。完璧さというのは、完璧なドレスアップを指すのではなく、自然体に見せながら、非の打ち所のない着こなしのことでした。ブランド物で固めた着こなしなどを古くさく見せるほど、すべて自分流にアレンジして着ていて、そこに絶妙な抜け感があったのです。今でいう“自分らしい”ファッションの元祖と言えるでしょう」

世界のベストドレッサーリストの“殿堂”に永久に名を残す彼女は、家の外に出るたびにニュースになって、新たな流行をつくった。

「本物の趣味のよさは、時代が求める新しいセンスの基準にもなっていきました」

パンツルックはベイブを通じて市民権を得た

「スカーフを巻く時間がないからと、“エルメス”の『ケリー』バッグに無造作にスカーフを結んで出かければ、それを見た世の女性はこぞって真似を。機能的だと言って最初にパンツスーツを着こなしたベイブのおかげで、パンツルックは市民権を得たのです。中年になり、彼女が白髪の混じった髪を染めずにいれば、アメリカ中のおしゃれな婦人たちが『素敵!』と、毛染めの瓶を捨てたとまでいわれています。おしゃれの先駆者ではありますが、その裏側では、自分自身を良く理解し、自信があったからこそ、当時は革新的ともいえる変化をさりげなく行動に移すことができた。自己を確立した、自立した生き方こそ真に新しく、人々を魅了し、彼女を輝く存在に見せたのかもしれません」

ベイプ・ペイリー

「ファッションアイコンなんて言葉のなかったころに、今どきのいい方をすれば、とびっきりのインフルエンサーのような存在だったのでしょうね」

文豪を虜にし、ファッションアイコンとして人々に愛され続けたベイブは、63歳という若さでこの世を去る。気品、美貌、そしてセンスを兼ね備えた永遠のファッションアイコン、ベイブ・ペイリー。アメリカンエレガンスの最高峰ととして、末永く語り続けられるに違いない伝説の女性である。

この記事の執筆者
TEXT :
藤岡篤子さん ファッションジャーナリスト
BY :
参考文献:『カポーティ』ジェラルド・クラーク=著、中野圭二=訳(文藝春秋) / 2017.7.7 更新
1987年、ザ・ウールマーク・カンパニー婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
クレジット :
写真提供/Getty Images 構成/末成あゆみ