世界レベルのパンデミックに見舞われた今年。外出を控えて静かに立ち止まると、見えてきた世界には、これまでとは異なる価値観が生まれつつありました。
そんな中、雑誌『Precious』編集部は、新しい時代が求めるファッションの「名品」とは何か?について、最新1月号の「ニューノーマル時代の『新名品』」特集を通して深く考え抜きました。その特集の中で、生き方やおしゃれに共感を集める素敵な女性たちに、今の暮らしの中で「名品がどうあるべきか」をインタビューしました。
この記事では、その特集の中から、エッセイストの光野桃さんからうかがった、暮らしやよそおいの変化についてご紹介します。
「心に余白を育み、利他的な生き方へと背中を押してくれるもの」
「名品には『響き』がある。
ひとつは外へ向かって、輝く美のポテンシャルを高らかに伝えるもの、そしてもうひとつは、身につけるひとの内側にそっと寄り添い、静かな変容を促すさざ波のような響きだ。
いま、わたしが心惹かれるのは後者、たとえばカシミアである。
質のいいカシミアに触れると、呼吸が深くなる。余計な飾りはいらなくなる。手放さなければならないものが、多分想像を絶するほどに多くなるであろうこれからの時代に、心を支えてくれると思う」
「コロナ禍初期から少し気持ちが落ち着いて、いま、あらためて世界に目を向けると、まるでパンドラの箱をぶちまけたかのようなありさまだ。排他主義、自己責任論、ヘイトに冷笑、差別に分断。そして大規模な森林火災。ありとあらゆるネガティブが出揃い、その恐ろしさは、種の滅びすら感じさせる。
ギリシャ神話のパンドラの箱からは、最後に希望が現れるが、今回はだめかもしれないと、絶望的な気持ちにもなる。
こんな時代にしてしまった責任の一端は、わたしの世代にあると実感する。昭和三十年代生まれ。物心ついた頃から、戦争などなかったかのように高度経済成長期の恩恵を浴びてきた。努力さえすれば明日は報われる、と言われて育ち、それを一心に信じてがんばった。だが、利己的だった。自分の夢と欲望をかなえることが一番大切だったのである。
いま、あらためて、到来したこの新時代に、せめても良い人間になりたいと願う。たとえば、利他的に生きられたら、と。
『利他』とは、自分でないもののために行動することである。
しかし、これがなかなか難しい。利他と利己は背中合わせの双子のようなものだからだ。他者のためにと思ったことが、実は心の奥底にある優越感のストーリーに他者を利用しているだけにすぎない、といったことがよく起こる。善行をしようと意識した途端、それが自己承認の道具やプライドという罠となって、そこかしこに潜みはじめる。
しかしそれでも、これからは利他的であることに心を配り、少しずつでも行動していきたい。そのためにまず必要なことは、自分の中にゆとり、余白がある、ということだろう。それがなければ、他者を受け入れることは難しい。カシミアを身につけたときの安心感や守られている感覚は心に確かな余白を生む。
カシミアは、ただ豪奢なだけではない、ある種の気難しさをもっている。
甘くとろける暖かさの奥に、ひんやりした温度を感じさせたり、軽やかな風合いのなかにずしりとした手ごたえを含んでいる。安易なコーディネイトを拒むところもある。そしてなにより、触覚を目覚めさせる。
その手触りは、他者という存在の複雑さ、わからなさ、そして愛おしさとも似ているような気がする」(光野さん)
※掲載した商品は、すべて税抜です。
※文中の表記は、WG=ホワイトゴールド、RG=ローズゴールドを表します。
問い合わせ先
関連記事
- PHOTO :
- 浅井佳代子
- STYLIST :
- 小倉真希
- HAIR MAKE :
- 三澤公幸(3rd)
- MODEL :
- 立野リカ(Precious専属)
- WRITING :
- 光野桃
- EDIT&WRITING :
- 藤田由美、小林桐子(Precious)