見事な女性に限って結婚していないという、なんとなくの噂の真相

あの人はなぜ結婚しないのだろう? もちろん、100%余計なお世話! 今やますます、結婚するもしないも個人の自由、ジェンダーフリーの世の中では“しない自由”が以前よりはるかに常識的に見えている。

ましてや、改めて断るまでもないけれど、既婚か未婚かと“女性の魅力”には何の関連もない。それでもなお、なぜ?と考察したくなったのも、“むしろ、見事な女性に限って、じつは結婚していない“という、昔から何とはなしに囁かれてきた、影なる法則を改めて思い出したからなのである。

そして実際、ハリウッドを見渡しても、これまで1度も結婚していない女優たちの顔ぶれが、何だか不気味なほど素晴らしいことに気づいてしまったからなのだ。

最初のきっかけは、前回取り上げたばかりのダイアン・キートンが独身だったこと。それこそ、「そうだ、女は、この人のように歳をとれば良いのだ!」と言い切ったほど、本当に本当に見事な74歳! 歳を重ねるほどに魅力的になる人が、今日まで一度も結婚していない理由を、知りたくなったからなのだ。

私たちからしたら、それこそ“エルメスのバッグを買う”以上に簡単に結婚してしまうようにも見える、「結婚大好き!」のハリウッド女優が、たったの1度も結婚していないこと自体を、非常に不可解に思ったのだ。

そしてシャーリーズ・セロンに、ナオミ・ワッツ。さらには、今や時の人とも言える、オプラ・ウィンフリー……タイプはそれぞれだけれど、まさに錚々たる女性たち。そこに何らか、共通点なのか人生の鍵なのかが隠されてはいないだろうかと思ったのである。

見た目と中身がこれほど違うと、恋はなかなか成就しない?

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シャーリーズ・セロン

まずシャーリーズ・セロンと言えば、「世界一セクシー!」「奇跡的な美しさ!」など、絶賛を欲しいままにしてきた人なのに、逆にその美貌を否定するように『モンスター』では22kg、また3児の母となる『タリーと私の秘密の時間』では16kgも太って登場、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』では自ら丸刈りとなり全身埃まみれ、いずれも体当たり演技すぎて誰だかわからないほどだった。時々、この人、自分の美しさに気づいていないのでは?と思うほどに、美しく見えることにこだわらない。要は、これほど外見と中身が違う人もいないのだ。それって、寄ってくる男と求めている男が、壊滅的に違ってしまうために恋が成就しないパターンと言えるのじゃないか?

また『モンスター』の“犯罪史上最悪の女連続殺人鬼“も、『スタンドアップ』の“壮絶なセクハラの裁判で初めて勝利する女性”も、いずれも実在の人物で、自ら名乗り出て映画化。それこそ作品に自分の主義主観をぶつけるタイプの女優で、国連平和大使につくほどの社会派なのだ。

『タリーと私の秘密の時間』役作りのため体重を+16kg増量したシャーリーズ・セロン
『タリーと私の秘密の時間』役作りのため体重を+16kg増量したシャーリーズ・セロン

実際に私生活でも「同性愛者同士の結婚が法的に認められるまで、自分たちも結婚はしない」と公言するなど筋金入り。実際、10年も付き合った当時の恋人(男性)とは婚約するも、結局は破局した。社会的な主張を、自分の結婚と引き換えにするという、普通では考えにくい価値観の持ち主であるわけで、その思考、一体どこから来るのだろう。

これだけの女性が、衝動的にでも結婚しなかったのは、複雑な家庭の事情もありながらやはり意識の根底に自分の幸せだけが優先しない、正義のためなら自らも犠牲にできてしまう、硬派なまでの社会性を持つ人なのだ。言い換えれば常に10階のビルの上から世間を見ていて、何が必要かをいつも考えているような広すぎる視野があると、いかにも個人的な行為である結婚には、関心がなくなりがち、そういうことかもしれない。

ちなみにこの人は少女の頃、娘に暴力を振るう実父を実母が銃殺するという、壮絶すぎる経験をしている。それが並外れた正義感を持つきっかけとなったのは言うまでもない。

主演映画の大コケと引き換えに、結婚をかなえようとした女優

次にナオミ・ワッツ。この人は、全く威圧感のない、包容力ある美しさが印象的で、私たち日本人にとっても不思議に距離感のない人だ。2人の息子の衝撃的な美しさでも有名だが、実はこの人も1度も結婚していない。

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ナオミ・ワッツ

子どもたちの父親リーヴ・シュレイバーとは事実婚を11年間続けてきたとされるが、結婚式をキャンセルしたり、結婚を決意と語ったのに撤回したり、行ったり来たりを繰り返していた。残念ながら5年ほど前に破局し、別れた彼はワッツの半分の年齢、26歳のモデルとの交際が取りざたされている。

事実婚にも2種類あって、あえて籍を入れない場合と、どちらかが結婚を渋っている場合があるが、これは後者の少々気の毒なパターン。一体なぜ結婚に至らなかったのか? ちょっとした謎だったが、いくつかの記事を読んでいたら、点と点が線になり、理由がにわかに浮かび上がってきた。

俳優としては、ナオミ・ワッツのほうが格が上、どちらがそれを気にしたのかわからないが、男のほうがもう少し俳優としてポジションが上がるまで結婚を待っているのではないかとする記事が以前にあった。そして別れる2年ほど前、突然結婚話が持ち上がったことがあったが、それは皮肉にも、ワッツが女優生命をかけたと言われる映画『ダイアナ』で、大コケした時。興行的にも批評家の評価でも世紀の失敗作と言われ、ご丁寧に主演を演じたワッツは最低最悪女優賞、いわゆるラジー賞に選ばれてしまう。

あれだけの人物を大女優が演じるのは、本来が極めてリスキーなことだった。そもそも全然似ていないし、似せようとするあまりに熱演が過ぎて、申し訳ないけれど脚本の貧弱さもさることながら、作品全体がちょっと陳腐に見えたのは事実。

いずれにせよ、立ち上がれないほどに打ちのめされたワッツを支えたのが、事実婚のパートナーだったというわけだが、当初、彼は内縁の妻がこの作品でアカデミー賞をとり、頂点を極めるのではないかと思っていた節があり、うがった見方だけれど、間逆の結果になった事で彼は少なからず安堵したのではないか。自分との決定的な差がつかずに。「結婚決意」がにわかに報道されたのも、ちょうどこの頃。2人の関係が最も良かった時期だとも言われる。

Naomi Watts & Liev Schreiber
ナオミ・ワッツとリーヴ・シュレイバー

憶測に過ぎないが、この極めてデリケートな関係が11年も続いたのも、主にワッツの忍耐と気遣いの賜物。その辺が偲ばれるだけに、なおさら切ないが、愛する男を立てようとするがあまり、望んだ結婚ができない、待ち続けても実らない、なんだかそういう風になってしまうメンタリティの持ち主っているのである。

しかしこれまた見上げた女性。愛する男性の立場を考え、バランスを考え、自分の欲得をとりあえず後回しにすることができる人も、こんなふうに結婚のタイミングをはずしがちなのだ。

才能がありすぎて、誰もついていけない人

一方、こういう人もいる。オプラ・ウィンフリー。メーガン&ヘンリー王子のインタビューで9億円儲かったとかいう噂の真偽は別として、大統領に立候補したら間違いなく当選すると目されるほどの、ちょっと前例のないほどの偉大なキャスターは、日本には例えられる人がいない。しかし女優もしたことがあるエンターテイナーであるという意味ではやはり黒柳徹子さん的なレジェンド。で、この人も結婚経験は一度もない。

オプラ・ウィンフリー
オプラ・ウィンフリー

もっともこの人の場合は、2000億円もの資産がある黒人ナンバーワンのお金持ち、しかも篤志家としてすでに250億近い寄付をしている、有名な慈善運動家でもあるのだ。なんだかスケールが凄すぎて、結婚していないなどという事は取るに足らないプロフィール。だから何?と、アメリカ中から言われそうだが、それはそれで理由があるはずと考えた。

19歳の学生の頃から、ラジオのパーソナリティーとして頭角を現していたというから、まぁ天才である。しかも勇敢、相手が誰であろうとズバズバと切り込んでいくその切り口は、歴代カリスマアンカーが束になっても、誰も敵わないと言われる。それこそトークという武器ひとつで、レジェンドとなったわけだから、そんじょそこらの男が太刀打ちできる存在ではない。あまりにも才能がありすぎて、パートナーに恵まれないということって実際あるのだ。

しかしこの人の場合はさらに特殊で、両親は10代同士の未婚カップル。生まれた時から親戚をたらい回しにされ、9歳で性的虐待に合い、14歳で出産。その子どもは後に亡くなったと言うが、ともかく、子どもの頃から凄絶すぎる人生を強いられた。

ただ、そういう生い立ちから、今日の地位を得るまでの大逆転の原動力となり、彼女の人生を作ったのは読書だったと言う。貪るように本を読み、幼い頃から猛スピードで、相手を圧倒するような人間性を確立していったのだろう。20歳そこそこで大成功を収めているのだから。

ましてやこの人は何かのビジネスで成功したわけではない、言葉と感情と志、人間洞察力と判断力、分析力、 そして表現力、そうしたものを人並み外れて兼ね備えているわけで、これはもう並大抵の人間力ではない。そこまで特別な能力を持った人間は、やはり結婚という形式には向かないのだろう。

著名な作曲家や画家、何百年も作品が残るような芸術家には独身者が多い。そういう天才たちは、リアルな恋愛や結婚生活をはるかに超えるような精神世界を生きているからこそ、結婚という生の現実に向かい合えないのかもしれない。この人にもちょっと同じような次元の高さを感じてしまうのである。

逆に言えば、この人を見ていると、別に結婚の制度などなくても良いのではないかと思えてくるほど。結婚によって、DNAにはなかったとてつもない人間のポジションを手に入れた メーガン妃とは、全く対照的である。

映画のヒロインのような人は、おそらく「ライトワーカー」だ!

そしてもう一人、ダイアン・キートン。これまで噂のあった男性3人は、いずれも映画の共演者である。以前も書いたことだが、映画の製作者は作品のヒロインを、大体いつもダイアン・キートンと区別がつかない位に、この人そのものの魅力的な女性に設定する。だから共演者はヒロインに恋をするように、必然的にダイアン・キートンに恋をしてしまうことになったのだろう。まさに映画のヒロインそのもののような、奇跡的なまでに人を魅了する能力に長けた人なのである。

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ダイアン・キートン

唐突な言い方だけれど、映画のヒロインの多くは、「ライトワーカー」であると思う。最近よく目にするようになったこの「ライトワーカー」という“人間の種類”、スピリチュアルな世界では有名な概念らしいが、要は独りよがりではない、必ず誰かの為になろうと考える人々……。

スピリチュアル的に言えば、神様からそういう役割を与えられた人々ということになるが、基本的には“いい人”として良い人間関係を築くのだけれど、その分、苦労も苦悩も多いという。そして人との違いを感じることも少なくないから、孤独にもなりやすく、結果として結婚にあまり向いていないともいう。人を感動させる芸術家も「ライトワーカー」は多いというから、先の話ともつながってくる。

大体が、映画の世界には、自己中心的で独りよがりのヒロインってあんまり見かけない。奇しくもシャーリーズ・セロンが人の心が読めない女を演じた『ヤング≒アダルト』はそういう意味では稀有なヒロインだったが、多くのヒロインはむしろ、何となくでも人のことを考えてしまうからこそ、人生思うようにいかないし、苦悩もする。が、人からはとても愛されるというヒロインが多いはずなのだ。最後に結婚というハッピーエンドの形は少なくないけれど、正直その先も人生は続くわけで、非の打ちどころのない結婚をしたかどうかは別の話。

とすれば、このダイアン・キートンはまさに「ライトワーカー」、いささか乱暴な落とし込みになってしまったが、思えばシャーリーズ・セロンも、そしてナオミ・ワッツも、タイプは違うが皆ここに当てはまる。本人たちは気づいていないかもしれないが、自分よりも人のことを考えて、結果的に自分の欲望を後回しにする。そういう人だから、誰からも愛されるけれど、なんだか結婚に向いていないという……。

それは、世の中の常識が大きく変わっていくこれからの時代、個性としてより、むしろひとつの魅力にも映ることになるのかもしれない。あくまで結婚できないのではなく、結婚しない、いや結婚よりも大切なものに気づいた人として。結婚には向かないけれど素晴らしい人生を生きている人として。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!もっと攻めなさい』(集英社インターナショナル)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
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