多彩なジャンルや業態の飲食店が無数に存在し、世界的に見てもエキサイティングな東京のフードシーン。そのなかでも、この連載ではニューオープンを中心に「今」行きたい、「人」を連れていきたい、“大人のためのレストラン”にフォーカス。第7回は、2017年9月23日にオープンした広尾の「オード」をご紹介します。

八丁堀から広尾へ、皿の上から空間全体へ

食通が「オード」を語るときに飛び交う、「生井ワールド」という言葉。そう、このレストランはオーナーシェフである生井祐介さんの世界観が隅々まで表現された空間なのです。数年前から「八丁堀にすごいフレンチがある」と話題になり、2015年版のミシュランガイドでは一ツ星を獲得した「シック・プッテートル」(現在は店名とスタイルを変えてリニューアル)。クリエイティブな料理とそれに合わせたワインペアリングが評判を呼んだその店で腕を振るっていたのが生井さんです。「以前は皿の上に自分の想いをのせていましたが、それを内装や音楽など空間すべてで表現するためにつくったのが『オード』です。立地についても、よりアクセスがよく国籍も年齢も多様な方がいらっしゃる場所で、かつ外食文化が根づいた街を……と広尾を選びました」(生井さん)。

「オード」は壁もユニフォームも、さらには看板料理もグレー。「グレーが好きなんです(笑)。内装はグレーを基調に濃淡をつけた空間をつくり、料理が映える“舞台”に仕上げました」(生井さん)。「オード」とは壮麗な抒情詩の頌歌を表すラテン語。料理はもちろん、シェフやスタッフの想い、全国で出合った食材と生産者の熱意、器や箸といった日本が誇る手仕事の賜物、フランス料理への敬意など、さまざまな要素をコラージュのように組み合わせて1篇の詩を紡ぎ出すようなイメージで名付けたといいます。

2面に窓を備えた四季を感じられる空間に大型カウンターを設置。料理人とゲストがふれあうカウンターは、前店になかったスタイル。店名に込められた想いそのままに、コラージュのようにデザインされた天井にも注目を。
2面に窓を備えた四季を感じられる空間に大型カウンターを設置。料理人とゲストがふれあうカウンターは、前店になかったスタイル。店名に込められた想いそのままに、コラージュのようにデザインされた天井にも注目を。
グレーの壁にトム・ディクソンのメタリックなライトが映える、6名までの半個室。カウンター側に小窓があり、個室風の作りながらライブ感も味わえる空間。海外からのゲストに人気が高いそう。
グレーの壁にトム・ディクソンのメタリックなライトが映える、6名までの半個室。カウンター側に小窓があり、個室風の作りながらライブ感も味わえる空間。海外からのゲストに人気が高いそう。
より落ち着きのある4名までの個室は、接待やプライベートを大切にする方との会食にぴったり。メンバーやシチュエーションに合わせてカウンター、半個室、個室から選べる点も魅力です。
より落ち着きのある4名までの個室は、接待やプライベートを大切にする方との会食にぴったり。メンバーやシチュエーションに合わせてカウンター、半個室、個室から選べる点も魅力です。

旬の食材が響き合う、「オード」という美味なる詩

メニューはランチ、ディナーともに季節の食材を使ったおまかせコースのみ。ゲストに手を使ってリラックスしていただくという意味も込めたフィンガーフードから始まり、冷前菜、温前菜、魚料理、肉料理、デセール、小菓子と進みます。構成自体はフランス料理のフルコースに則っていますが、緩急のつけ方は1篇の詩や曲さながらに練られたもの。いちばん盛り上がる「サビ」は、メインなこともあればその一歩手前に設定してラストまで高い満足感をキープするように調整することも。食材や季節に合わせたこのさじ加減も「生井ワールド」の大切な要素です。

そして、もっとも重要な要素が日本産をメインとする食材。「開店準備中に全国を巡り、生産者や漁師の方々と対話を重ねました。五島列島からダイバーが海中で放血神経締めした魚を仕入れることができるのも、コミュニケーションや信頼関係に拠るもの。獲ったその場でストレスなく神経と血を抜くので、劣化しにくく、熟成すると旨味が増します。このような素晴らしい技術も含め、食材に携わる人たちの熱意やそこから生まれる日本の食文化をオードから発信していきたいです」(生井さん)。幼い頃から絵画と音楽に親しんできたという生井さんの感性は、食材の魅力の引き出し方や表現方法にも息づいています。たとえば、シグネチャー的存在の「グレーのひと皿」。

メニューには食材のみが書かれており、本日は「秋刀魚/ブーダン/牛肉」(魚は季節によって変わります)。ランチ、ディナー共に冷前菜として登場するシグネチャーメニューで、表面には秋刀魚の頭、骨、アンチョビから作ったメレンゲを添え、なかには秋刀魚のコンフィと牛肉のタルタル、その下には秋刀魚のワタをブーダンノワールに使い、ほろ苦いクリーム状にして敷いたもの。お酒にも合う秋刀魚のメレンゲには「商品化してほしい」という声も多いとか。
メニューには食材のみが書かれており、本日は「秋刀魚/ブーダン/牛肉」(魚は季節によって変わります)。ランチ、ディナー共に冷前菜として登場するシグネチャーメニューで、表面には秋刀魚の頭、骨、アンチョビから作ったメレンゲを添え、なかには秋刀魚のコンフィと牛肉のタルタル、その下には秋刀魚のワタをブーダンノワールに使い、ほろ苦いクリーム状にして敷いたもの。お酒にも合う秋刀魚のメレンゲには「商品化してほしい」という声も多いとか。

秋刀魚など旬の青魚をまるごと1匹使う「グレーのひと皿」。プレートもこの料理のためにつくったオリジナル。「色を散りばめたカラフルな料理をつくったことも多々ありますが、単色で表現する強さもあるのかなと。何を食べたのか曖昧な印象に終わるのではなく、強く記憶に刻まれる料理をつくっていきたいですね。メニューを考案する際に着目するのは、季節感と食材の要素。色や既存のイメージなど食材を多角的に捉えて、フォーカスしたいポイントを絞って料理に仕立てます。この料理にソースで色を加えることもできますが、単なる飾りなど意味のないものは足さない。ポイントがきちんと表現されているかどうか、全体が本当に必要な要素で構成されているかどうかを大切にしています」(生井さん)。

ある日のランチにメインとして登場した「千代幻豚/牡蠣/南蛮」。豚皮の煎餅に小菊を散らし、その下には牡蠣とパセリのエスプーマ、マイクロクレソンやマイクロ葱、ナスタチウムなどグリーン、南蛮酢が香るソースを添えたバラ肉の煮込み、じゃがいものピュレを重ねて。
ある日のランチにメインとして登場した「千代幻豚/牡蠣/南蛮」。豚皮の煎餅に小菊を散らし、その下には牡蠣とパセリのエスプーマ、マイクロクレソンやマイクロ葱、ナスタチウムなどグリーン、南蛮酢が香るソースを添えたバラ肉の煮込み、じゃがいものピュレを重ねて。

「グレーのひと皿」もメレンゲの食感がいきていますが、長野の千代幻豚を主役にした料理も豚皮の煎餅がアクセントに。「僕、食感フェチなんです(笑)。パリパリやシャキシャキなど、さまざまな食感がミックスされて生まれるリズムを楽しんでいただきたいですね。この料理はサクサクのお煎餅とトロトロに煮たバラ肉の食感がポイント。千代幻豚の生産者、岡本さんとは先代から10年以上のおつきあいがあります。脂が香ばしくて身が甘く、素晴らしい豚肉。これからもさまざまな調理法で魅力を伝え続けたい食材です」(生井さん)。

おいしい豚肉サンドが食べたくなり、オープンサンドやタルティーヌをイメージして生まれたという千代幻豚の料理。「日々のすべてが料理のヒントになります。自分が食べたいもの、好きなもの、街で見た着こなしやヘアスタイル。ふと見かけたものの色やフォルムが参考になったりも」(生井さん)。食材のなかに見出したフォーカスしたい要素×日常などから得るふとしたヒント、この掛け算がオリジナリティーあふれる世界の源泉となっているのかもしれません。

しかし、そこに通低音として響くのはフランス料理への敬意。バンドマンだった生井さんは出入りしていたバーがきっかけで料理に興味をもち、その後フランス料理の技術とその応用力に惹かれてのめり込むように独学したといいます。「フランス料理の古典的な要素を大切しつつ、新しさを取り入れていくという料理のスタイルは八丁堀時代から変わりません。ここでいう新しさはとは、テクニックではなく表現方法についてですね。歴史をもちながら、自由を許容し発展を続けるフランス料理に敬意を抱いています。ノージャンルの創作料理ではなく、フランス料理のなかで自分の料理が表現できたら本望です」(生井さん)。

「生井ワールド」に欠かせないペアリング

ワインペアリングはディナーが9杯¥9,000〜、ランチはお客様に合わせたグラス数で¥5,000〜。写真はディナーへのペアリング例。乾杯用とフィンガーフード向けにシャンパンを2種用意したり、ポルチーニのイラストが目を引く日本酒が登場したり、メインにあえてイタリアワインを合わせたりと、マネージャーの松本将尚さん曰く「ひと筋縄でいかないラインナップ」。ペアリング以外も注文可能で、ワインはグラス¥1,200〜(ランチ)、¥1,800(ディナー)、ボトル¥6,000〜。フランスの主なワイン産地に加え、イタリア、アメリカ、チリ、日本など世界各国からセレクト。
ワインペアリングはディナーが9杯¥9,000〜、ランチはお客様に合わせたグラス数で¥5,000〜。写真はディナーへのペアリング例。乾杯用とフィンガーフード向けにシャンパンを2種用意したり、ポルチーニのイラストが目を引く日本酒が登場したり、メインにあえてイタリアワインを合わせたりと、マネージャーの松本将尚さん曰く「ひと筋縄でいかないラインナップ」。ペアリング以外も注文可能で、ワインはグラス¥1,200〜(ランチ)、¥1,800(ディナー)、ボトル¥6,000〜。フランスの主なワイン産地に加え、イタリア、アメリカ、チリ、日本など世界各国からセレクト。

前店からワインペアリングが高い支持を得ていた「生井ワールド」。その勢いは「オード」でますます加速!  シェフの店づくりや料理への考えに共感し、マネージャーとして参画した松本将尚さんがペアリングを練ります。「食材によって次々に変わる料理に合う1本を絞り込むことには苦しみもありますが、楽しみが勝りますね。今だから笑って話せますが、オープン前日、用意したワインがシグネチャーの秋刀魚に合わず途方に暮れたこともありました(笑)。料理に寄り添うものもあれば、合わせることでぱっと違う表情を見せるワインがあったりと、自分もペアリングを楽しんでいます」(松本さん)。その後シグネチャーの料理にどんなお酒が選ばれたかが気になった方、ぜひ実際に「オード」で確かめてみてください。お客様が食事されるひととき、必ず一度は笑顔になっていただきたいと「一卓一笑」を心がける松本さんのサービスにもご期待を。

中央が生井シェフ。左端が松本マネージャー。最年少の21歳を含めてそのほかのスタッフは現在20代。シェフからもゲストからも高いレベルを求められる場所での経験が彼らにどんな成長をもたらすのか、楽しみですね。
中央が生井シェフ。左端が松本マネージャー。最年少の21歳を含めてそのほかのスタッフは現在20代。シェフからもゲストからも高いレベルを求められる場所での経験が彼らにどんな成長をもたらすのか、楽しみですね。

エントランスから入り、一段高くなったカウンターへ登ったときから「生井ワールド」が始まります。最初のフィンガーフードを口にしたとき、これからどんな世界が広がるのかを実感できるはず。「ああ、ユニークさやサプライズではなく、記憶に残る味を追求した場所なのだ」と。新北欧料理を始めとする各国の料理やSNSの影響もあり、東京のフードシーンで料理にサプライズを求める空気が色濃いように思います。自分も、見た目や演出で感じた驚きが味の印象を上回っていることがしばしば。対して「オード」は(視覚的にもインパクト大ですが)、味の印象がくっきり明確な料理の連続。それはもう、イントロからアウトロまで。「お客様に喜んでいただくことが第一」というシェフの想いが一貫して、かつあらゆる要素に徹底された世界。ここではきっと、「記憶に残る味」に出合えます。

問い合わせ先

  • オード 
    営業時間/12:00〜13:00LO、18:00〜21:00LO
    定休日/日曜、祝日
    ランチ、ディナー共におまかせの1コースのみ
    ランチは7皿前後で¥6,000、ディナーは11皿前後で¥13,000
    カウンター13席、半個室6席、個室4席(個室料なし)
    TEL:03-6447-7480
    住所/東京都渋谷区広尾5-1-32 ST広尾2階

この記事の執筆者
早稲田大学卒業後、アシェット(現ハースト)婦人画報社に入社。『エル・ジャポン』、『エル・ガール』、「エル・オンライン」編集部を経て独立。現在はフリーランスのエディター、ライターとして紙/Webの両媒体を中心に、主にファッション、フード、ライフスタイルのジャンルで活動。セレクトショップ「ドローイングナンバーズ」ではワイン&フードのセレクトも担当。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
PHOTO :
濱津和貴
EDIT&WRITING :
門前直子