ダイヤモンド形のキルティングに、ダブルCのクラスプ、レザーをあしらったチェーンなど、ひと目でわかるアイコニックなディテールが羨望をかき立てるシャネルのキルティングバッグ「11.12」。
雑誌『Precious』6月号では『永遠の輝きに心奪われる〝シャネル〟「11.12」、その尽きない魅力』と題し、時代を超えて愛される名品バッグの「今」に迫る特集を展開しています。
今回はその特集の中から、羨望のバッグ「11.12」が生み出されるまでのアトリエでの製作風景と、クチュールのアトリエならではの「サヴォアフェール」(英語の直訳で「ノウハウ」)をお届けします。
クチュールの手仕事にも美意識が息づいて
フランス語で「サヴォアフェール」。英語の直訳で「ノウハウ」とは、まるで異なる次元で語られる、フランス流エスプリの効いた言葉です。そもそもこの表現が許されるのは、ファッションや時計宝飾において、クチュールレベルの細やかな手仕事と究極の美学を貫くブランドだけ。
いくつものクチュールの工房を傘下に収め、創業者ガブリエル・シャネルのDNAが100年もの時を超えて受け継がれるシャネル。そのものづくりを語るにあたり、「サヴォアフェール」ほどふさわしい言葉はありません。
職人たちにとっても、その美意識が全工程に息づいてこその最大限の賛美であり、誇りなのです。アイコニックなバッグ「11.12」の製作工程にも、まさに「サヴォアフェール」が感じられます。
パリ北部にあるシャネルのメティエダール アトリエのひとつ「アトリエ ドゥ ヴェルヌイユ アン アラット」での製作風景です。職人は4~5年の修業を経て、このバッグの独特な手法と技術を習得します。
その形、さりげなさ、制作の難しさから「モナリザの微笑み」と呼ばれる背面のポケット。レザーの切り出しには細心の注意が払われています。
左/「11.12」のアイデンティティのひとつ、メタル製のダブルCのクラスプ。ダブルCのクラスプには抗えない魅力があります。右/バッグの中にもうひとつのバッグをつくる伝説的な製法により生み出される「11.12」。画像は、ダブルフラップを開いて、クラスプを取り付けるところ。
バッグの中身を見せないための内側のフラップは、美しいバーガンディーカラー。内フラップのライニングにゴールドロゴをスタンプ。
左/アイコニックなディテールのひとつ、レザーをあしらったチェーンは、手作業でチェーンにレザーを編み込んでいきます。レザーの編み込みも一定のテンションで行われるとのこと。右/約15時間をかけて完成した「11.12」。完成までには、最新かつ最大級の力が注がれます。
ステッチをかけた縫い合わせる前の各パーツ。ガブリエル・シャネル自身の「エレガンスとは外側と同様に内側も美しいこと」という信念を、バッグにも取り入れています。キルティングは、寸分の狂いもなく制御された機械で、ダイヤモンド形のステッチがかけられています。ここから外側と内側のふたつのバッグをつくり、裏返して違和感なくふたつの素材が動くようにひとつに縫い合わせたあと、金づちと手で丁寧にレザーをしごいて、美しく成形していきます。
ガブリエル・シャネルが女性たちの新たなニーズに応えるバッグを求めて、初のショルダーバッグをつくった1929年当時、女性向けのバッグは、レザーや馬具メーカーがつくっていました。女性の日常に寄り添うバッグを生み出せるのは、クチュールの美意識をもつアトリエしかないと考えたのです。
その取り組みは、当時のバッグづくりのコードからの脱却を意味するものでした。その集大成が、「11.12」のベースとなった1955年誕生のバッグ「2.55」です。
例えば硬いレザーより、手袋に使われるような、しなやかなラムスキンレザーを使ったこと。その耐久性を高め、ふっくらと厚みを出すためにキルティング ステッチも。これは競技場で見かけた厩務員のジャケットやサドルブランケットから着想を得たものでした。
またバッグの中身がひと目でわかるよう、ライニングをラズベリーレッド(のちにバーガンディーへと進化した)に。ダブルフラップで収納の実用性と秘密を暗示させる心ときめく仕掛けも施しています。
こだわりのポケットは背面と内側に計7つ。中には恋人からの手紙を忍ばせ、リップスティックを差すためのポケットもありました。
さらに進化した「11.12」では、チェーンにレザーを編み込み、クラスプもダブルCに。アイコニックな魅力がアップしています。
新しいデザインの実現のためには、素材も製法も、粘り強く開発を重ねます。職人たちは常にガブリエルの難易度の高い注文に応えていくなかで、アトリエの技術も進化していったのです。こうしたクチュールのアトリエでしかなしえない「サヴォアフェール」に触れると、またひとつ「11.12」への思いが深まります。
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- PHOTO :
- (C)CHANEL
- EDIT&WRITING :
- 藤田由美、古里典子(Precious)