人生を重ねた大人だからこそ見えてくる、豊かな暮らしとは?をテーマに、雑誌『Precious』編集部が総力取材する連載「IE Precious」。今回は「フィリップス・オークショニアズ」日本代表・ディレクターの服部今日子さんのご自宅を紹介します。
「家は自分だけの美術館。気分によって自由に作品を入れ替えています」
宮島達男、ジェフ・クーンズ、黒田泰蔵、田中敦子、アリギエロ・ボエッティ、サイモン・フジワラ、草間彌生、ロバート・インディアナ、蜷川実花etc.
一歩足を踏み入れると、世界的に活躍するアーティストの現代アートや器、オブジェ、絵画、写真、アンティーク…。玄関から廊下、リビング&ダイニング、寝室にいたるまで、あちこちに飾られたアートピースに心躍ります。
リビングの一角には、ジェフ・クーンズのバルーンドッグ、草間彌生の代表作「黄かぼちゃ」のオブジェ、ロバート・インディアナの活字体の彫刻「LOVE」。本はジャンル別ではなくカバーの色で分類。
現代美術家サイモン・フジワラのパールをテーマとした立体作品。
「異物を挿入することで生まれる養殖真珠を通じて、異文化の衝突や彼自身のルーツ(日本人の父と英国人の母)について追求した作品。美しさと風刺が共存する点にひかれて」
ジョージェ・オズボルトの絵画の下には「カルテル」で購入した白いチェアが。
リビングのソファに腰掛けると対面にあるのがコーナーベンチ。中央の棚の内側は収納になっていて、35歳で逝去したぬいぐるみアーティスト・さとうかよの虎の作品が飾られている。
「ここを虎の穴と呼んでいて、ソファに座ると虎と目が合うんです。いちばん好きな作品スペースです」。
コーナーベンチは1950年代のブラジル家具。
「友人のブラジル人家具ディーラーがやっていた香港でのポップアップストアでひと目惚れ。アートはじっくり吟味するんですが、このベンチはデザインも素材も気に入って即決。組み立て式ではないので船便で運び、その高額な輸送費と、自宅に搬入できるかどうかで、かなりドキドキした買い物になりました(笑)」
ひとつひとつをじっくり鑑賞しながら(できれば解説つきで)過ごしたい、まるで小さな美術館のような家に暮らすのは、服部今日子さん。コンテンポラリーアートを中心に展開する、世界的な老舗オークション会社「フィリップス・オークショニアズ」の日本代表を務めています。
部屋中のアートピースを見渡せる、リビングのこのソファのこの位置が、服部さんのいちばん好きな場所。ここでアートブックを眺めたり、インスタグラムで世界中のアート関連の投稿を見たりしているときが最高に幸せな時間なのだとか。
「本当に好きなもの、一緒に暮らしたいと思う作品を少しずつ、長年かけてコツコツ集めていたら、いつの間にかこんなことに…(笑)」
それぞれ主張する作品たちにもかかわらず、ひとつの空間で自然と調和しているから不思議です。
「洋服やアクセサリーと同じで、アートにも自分にとっての旬があります。もっと気楽に自由に楽しんでほしい」
「作家も年代も、テーマや色、形、大きさもバラバラですが、すべて、だれがなんと言おうと本当に好き!だと思うものだけを集結させています。私が好きなものというフィルターで妥協せず選んでいるからこそ、どこか一体感があるのかもしれません」
リビング&ダイニングの白い壁を生かした【白のコーナー】。
「あえて白い作品でまとめました。左上はサイモン・フジクラの立体作品。右上のヴィア・セルミンの作品は、ずっと欲しくて一昨年N.Y.のギャラリーでやっと購入。その下は、メキシコ人画家のガブリエル・オロツコの作品。誕生日にご本人からプレゼントしていただきました。手前は、黒田泰蔵さんの器で、長年かけて少しずつ揃えた大切なものです」
寝室に飾られているのは写真家・野口里佳の作品。
「この空の青に惚れ込んで。ずっと眺めていられる大好きな写真です」
ベッドサイドのキュートなサイドテーブルは「カルテル」のもの。
ダイニングに置かれた花器。奥は大林組の会長のチャリティ陶芸展で。手前は友人のL.A.在住のアーティストからのプレゼント。
寝室のキャビネットの上にもアートが。右から、ドイツ人アーティストのハンス・ピーター・フェルドマン、若手アーティスト・熊谷亜莉沙、椿野成身の作品。いずれもアートフェアや卒業制作展などで購入。
ただ、服部さんのような【アートのプロ】がその審美眼で選び、そのセンスでもって飾るからこそ、素敵な部屋になるのであって…、アート初心者にとっては、まずアートを選び、購入し、自宅のインテリアと共にセンスよく暮らすのは少々ハードルが高いような気がします。
シンプルな水色のワンピースはガブリエラ ハースト。ハツコエンドウの遠藤社長が制作した花器もお気に入り。
こちらも寝室の一角。本の色にこだわる服部さんらしい収納。こぶしのオブジェはパリ在住のアーティスト、グザヴィエ・ヴェイヤン。涼しげなカーテンは「東京デザインセンター」で。
「いや、私もたくさん失敗してきました。どうしても欲しくて吟味に吟味を重ねて購入した作品でも、家に持ち帰ってみたら何かが違う…と、飾ることなくお蔵入りしてしまうものもあります。ただ、不思議なことに、数年後、何気ない瞬間にふっと見たら『こんなに素敵だった⁉』と急に飾りたくなってレギュラー入りするものも少なくありません。
自分の好きを基準に選んだものは、そのときその瞬間の自分にとって最高なもののはず。だから、違うと感じるのは飾るタイミングが合わなかっただけ。洋服やアクセサリーと同じで、アートも自分にとっての旬があります。だからもっと気軽に、楽しんでもいいと思うんです」
LEDのデジタルカウンターを用いた作品が有名な現代アーティスト・宮島達男の作品。数字の点滅が幻想的。
玄関では、アリギエロ・ボエッティ、ロバート・インディアナ、グザヴィエ・ヴェイヤンの作品がお出迎え。
こちらも玄関。アーティスト・近藤亜樹の段ボールのスツールの上には草間彌生のかぼちゃ形のポーチ。ちょっとした外出時には、名刺入れや携帯電話、財布、リップクリームなど必要最低限のものを入れて、ポーチだけを持ってさっと出掛けられるようこの場所に。働く女性の時短術のひとつ。
「インパクトあるポーチなので、デニム×白シャツのようなシンプルな装いでもアクセントになって便利です」
「現代アートは、作家と同じ時代を生きているからこそ、彼らが時代をどう切り取り、どう進歩していくかを追いかけるのも楽しい」
実際、服部さんは月に数回、多いときには週に数回、飾る作品をこまめに入れ替えているそう。
「気分や季節、シーンに合わせて気ままに作品を入れ替えています。この場所にはこれが今の気分、この隣りには案外これが合うかも…などとひとりでニヤニヤしながら(笑)、作業するのは至福のとき。家は、自分だけの美術館のようなもの。もっと自由に楽しんでみてください」
ただし、アートを購入する際には、心から欲しいと思う作品に出合うまでは焦らず妥協しないこと、インテリアとしてではなくあくまで自分の好きを貫くこと、とのこと。
リビング全景。「こだわりがあるわけではないのですが、アートに色があるぶん、家具は白を中心に揃えているのかもしれません」。白いソファは「アルフレックス」、座面に白いファーが敷かれた半円形のコーナーベンチは1950年代のブラジル家具。真ん中の棚の内側虎の穴(上記)。黄色い枠の鏡は「カルテル」のもの。「ここに大きい面積の鏡を掛けることで、部屋全体が広く見える効果もあります」。
鏡に向かって左手は造形作家・岡﨑乾二郎、右はアーティスト・田中敦子の作品。「鏡を外して、この壁に小さい作品をいくつも並べることもあります」。
「価格やその場の雰囲気などで『これでいいか』と購入したものは後々後悔しがち。これがいい!を大切にしてください。部屋に合わないことがあっても、インテリアや空間は替えられますが、好きな作品は変えられませんから」家で過ごす時間が増え、暮らしにアートを取り入れたいと思う人が増えている今、その役割がより大切になってきている、と服部さん。
キュートな黄色いキッチン。壁もタイルもキッチン台も、なんとすべてこの家のオリジナルの仕様!
「かわいいでしょう? なんともいえないレトロな風合いの黄色いキッチンもこの家に決めた理由のひとつ。この黄色を生かすため、キッチンツールに色を取り入れる場合は赤と決めています」
ダイニング。鮮やかな桜の作品は蜷川実花。
「桜は、いつ見ても気持ちがわぁ!と上がります。特にこの蜷川さんの色はエネルギーがあって元気が出ます。このテーブルで、この桜を背景に海外の方とズーム会議することもしばしば。会話のとっかかりとして盛り上がります」
テーブルは京都「泰山堂」でオーダー、椅子は「アルフレックス」と「カッシーナ」のもの。
器も好きな服部さん。ピッチャーは田中信彦、湯呑みは山崎美和。根来盆に映える、菓子を盛りつけた皿は田村一。
「癒やされたり元気づけられたりするのはもちろん、自分にとって心地よいもの、本当に好きなものは何かなど、自分との対話を通して、より深く自分を知ることができます。
また、好きな作品や作家の背景を探るうちに、好奇心や興味、知識、経験の幅が広がります。特に現代アートは作家と同じ時代を生きているからこそ、彼らが時代をどう切り取り、どう進歩していくかを追いかけるのも楽しい。さらに、作品を買うことで、世界中の作家やコレクターともつながれます。アートには、世界を広げてくれるおもしろさがあるんです」
服部さんのHouse DATA
●間取り…2LDK
●住んで何年?…約10年
- PHOTO :
- 川上輝明(bean)
- EDIT&WRITING :
- 田中美保、古里典子(Precious)