「挙げたらキリがないくらいチャレンジの連続でした」──。そう語るのは、ますます複雑化するICT分野のセキュリティ確保に、暗号技術開発で邁進する国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT) サイバーセキュリティ研究所 研究所長の盛合 志帆(もりあい しほ)さん。
もともと「コツコツ努力するのが得意」だったという生粋の研究者肌である盛合さん。小学生時代は昆虫観察に夢中になり、中高時代の趣味はなんと勉強! 大学卒業後に入社したNTTで初めて暗号の研究開発に携わり、25年以上が経ちました。今では日本を代表する暗号専門家のひとりです。
現在は、情報通信分野を専門とする日本唯一の公的研究機関であるNICTにて、サイバーセキュリティの基礎研究から、開催中の東京2020オリンピック・パラリンピック対応などの社会的要請に基づく実践的な技術開発、人材育成までと幅広く、未来のICT社会の安全を確立すべく取り組んでいます。
経済産業省平成23年度工業標準化事業表彰(国際標準化奨励者表彰)など、数々の華々しい受賞歴の一方、2人の息子の母親という一面ももつ盛合さんに、キャリアに関するエトセトラをうかがいました。
NICT史上初の女性研究所長 盛合 志帆さんへ10の質問
「大学卒業後、NTTに入社し携わったのが暗号解読の研究です。大学で取り組んでいたこととも違いましたし、希望もしていなかったんですが、いきなり暗号のチームに入ることに。そして、はじめに与えられたテーマが暗号解読だったんです。
勤務した横須賀市の研究所は、内外の人から地球防衛軍の秘密基地、なんて呼ばれていて(笑)小高い山の上にあり、研究に没頭するにはぴったりの環境でした。毎晩22時の最終バスで帰るような生活。凝り性なので毎日最後になるまで残って研究にのめり込みました」
「10年ほど勤めたNTTでは、暗号の研究として設計と安全性解析、そして普及や国際標準化に至るまで携わり、国際的な標準になる暗号技術を目指し、三菱電機と共同で新暗号技術『Camellia(カメリア)』を完成させました。
その技術の普及でほかの企業に売り込みに行ったり、国際標準としてみんなが使えるような形を模索しているなかで、影響力のある製品であるPlayStation®もターゲットになり、ソニー・コンピュータエンターテインメントに技術紹介したことがきっかけで、転職することになりました」
「そして2012年に、自分の原点である『研究』を推進する独立行政法人情報通信研究機構(当時)へ。現在は、NICTの5つある研究所のうちの1つであるサイバーセキュリティ研究所 研究所長として、サイバーセキュリティの基礎研究から、オリンピック対応など社会的要請に基づく実践的な技術開発を行ったり、IoT機器調査、産学官連携まで幅広く行っています。
また、サイバーセキュリティの技術を持っている人が日本では少ないので、人材育成のために国をあげた演習も。例えば、ある企業に変なマルウエアが届き開けてしまい、それが踏み台になって外部から侵入があり、個人情報が盗まれてしまった…、そんなニュースを耳にすることがありますが、当事者になってしまったらどうしたらいいのか、誰に報告したらいいのか戸惑ってしまいすよね。その初動対応を演習形式で教えてほしい、といったニーズは多いです。
うちの研究所のメンバーで構成するナショナルサイバートレーニングセンターがほぼ毎週サイバーセキュリティ演習を開催し、全国47都道府県で約100回、年間3,000人くらいの方が受講されています。国の機関のほか民間の方もいますが、そういった攻撃が起こったときにどう対応したらよいのかを実地で学んでいただいています。
研究所の業務が多岐にわたっており、いまは全体を把握するのが主な役目ですね。毎日何かしら事件が起こるんです(笑)」
チャレンジは自分への信頼を高めるチャンス
「挙げたらキリがないくらいチャレンジの連続でした。まずは子育て。最終バスまで仕事をする生活のなかで、子供ができて。それでも職業人として成果を出し続けなくてはならない。19時のお迎えには18時に仕事を切り上げなくてはならず、それまでのようにはいかなくなったのが、一つの大きな壁だったかなと思います。
学会で数か月に1回会う、子育てしながら研究を続ける女性の先輩が数人いて、その方達が苦労しながら頑張っているのも、励みになりました。
また、『地球防衛軍の秘密基地』で研究に没頭していた私が、ソニーで発売日に向けて数百名のメンバーで製品の設計・製造をしていくという現場の最前線へ行ったのも挑戦でした。そのとき2人目の子供がお腹にいたんですが、夜中の24時に退社する際も、私以外はまだ残っているような状況。自分で選んだ道でしたがプレッシャーがありました。
さらに、NICTに転職する際、あまり組織内部をわかっていないにもかかわらず、研究室長を務めることになったのも挑戦でした。また、2019年にNICTの司令塔のような存在であり、歴代素晴らしい方が務めている企画戦略室長をいきなり任され、なんで私が?と思いました。昨年1年間をかけて、機構全体の中長期研究計画策定や組織設計に携わったのも大きなチャレンジでした」
「昨今、我が国の研究者は若いときの雇用が不安定なこともあり、なかなか厳しい道になっています。そこで興味を持ってもらうために、今年5月、大学で職業をこれから選ぶ学生さんに向けて講義をしたんです。最後にメッセージとして大抵のことはなんとかなリますよ、とお伝えしました。そうしたら返ってきたレポートのなかに、そんなの楽観主義、たまたま上手くいっただけでは?と書いてあって(笑)
なんとかなる、というのは何もしないのではなく、なんとかするぞ、という意気込みです。過去のさまざまな挑戦をひとつひとつ乗り越えれば、自分への信頼、自信が生まれるんです」
成功するまでやめない!諦めずにやり通せば成功するしかない
「若いときは論文の一つの単語、表現やレイアウトといった細かいところまでこだわりをもってやっていましたが、多くのメンバーと一緒に仕事をするにつれ、協調し、他人の考えを受け入れる考え方に変わってきています」
「コツコツ継続すること。コツコツ努力するのに苦手意識はなく、当たり前かなと思っていたんですが、息子を見ていると全くやらないですね(笑)
実は私はゲームなどの勝負には勝つタイプなんです。特に時間がかかる、長いステップものは積み重ねで勝ってしまいます。短距離走より長距離走型ですね。
京セラの創業者でJALの再生でも有名な稲盛和夫さんの著書『生き方』が好きなんですが、稲盛さんは『成功するまでやめへんかったらええ』と。それを読んで共感しました。諦めずやり通して、成功するまでやめなかったら、成功ですよね(笑)やめた瞬間に成功はないですから」
「同じ分野の研究者としてお手本として尊敬している方は複数います。経営企画部時代は上司。企画戦略室長を任されたときは、もう相談してご指導していただくしかなかったので…。現在も上司がメンター役です。耳の痛いことを忠告してくれる元上司もいますよ(笑)
女性の先輩としては、NICTの数少ない女性役員のひとり、土井美和子監事です。重要な会議での存在感のだし方、コメントの仕方など勉強させてもらっています」
「仕事は一人ではできない、チームをやる気にさせる、人に任せる、です。
去年上司に、私が入ったことでチームの士気が上がったと言っていただき、とても嬉しかったんです。自分が貢献できているか心配だったのですが、自分一人ではなくチーム全体として成果が上がるということが重要で、そこに私は貢献できたのかな、と」
自分らしいリーダー像は支援型
「研究所長って、私のなかでは尊敬すべき偉大な存在だと思っていました。なので、自分がやれるのか不安でした。
しかし、さまざまな本を読んでみたところ、リーダーシップにはいろいろあって、最近はサーバントリーダーという、みんなが達成しようとしている目標に対して支援をするタイプが注目されているようです。キーワードは共感、傾聴。癒し、組織の士気やエンゲージメント向上に繋げるリーダーなら私に合っているかな、と。まだ研究所長になって3か月ですが、これを知って不安がなくなりました」
「知人に話を聞いてもらいます。企画戦略室長になる際には、これまで通りにやればいい、ここまで成功してきたことをベースに次の役割で適用すればいい、と知人に言ってもらい、スッと楽になりました。
不安は勝手に自分が思い込んでいるだけのことだったりします。他人から客観的にみた自分のよさを教えてもらい、元気をもらいます。ただ決断は自分です」
「私の場合、転職のきっかけは声をかけていただく場合もあれば、自分から動く場合もありましたが、怖がらずに前向きにチャンスを掴むことでプラスに繋がりました。たいていのことは多分なんとかなりますし、他人にない経験をすると、希少価値も生まれます。そして経験の数だけ広い視野を持てるようになり、自分の強みになりますよ」
以上、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)サイバーセキュリティ研究所 研究所長の盛合 志帆さんにうかがった、キャリアについての10の質問でした。
明日公開の【リモートワーク篇】では、アフターコロナ社会はリモートワーク&出勤のハイブリッド形式になるのでは、と予測する盛合さんの、コミュニケーションツール「slack」の活用法やウェブ会議でのこだわり、50歳の節目で購入した品などをご紹介します。どうぞお楽しみに!
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- TEXT :
- 神田 朝子さん ライター/ピアニスト
公式サイト:epiphany piano studio
- PHOTO :
- 黒石 あみ
- EDIT&WRITING :
- 神田朝子