普段よく耳にするフレーズでも、実は間違っていたり、丁寧に使っているつもりが相手に耳障りな印象を与えていたり……。そんな敬語の使われ方は、意外に多いようです。しかし、間違った使い方が身についてしまうと、公的な場で恥をかいてしまう恐れもあります。

ポイントとなるのは、まず、言葉としてどこが間違っているのか、誤りとされる理由をきちんと理解することです。

そこで今回は、間違って使われがちな敬語の正しい言い回しや、敬語を上手に使いこなせるようになるための方法を、ビジネスマナー・敬語講師の井上明美さんに教えていただきます。よりよい言葉遣いを身につけるために、ぜひ参考にしてくださいね。

■1:「あちらでうかがってください」は×

あちらでうかがってください
あちらでうかがってください

正しくは「あちらでお尋ねください」や「あちらでお聞きください」となります。「うかがう」は「問う(尋ねる)」「聞く」または「訪問する」の謙譲語。「あちらでうかがってください」は、謙譲語を尊敬語として使ってしまった例です。

敬語で最も間違えやすいのは、尊敬語と謙譲語が混ざってしまうこと。「大事な場面でせっかく相手を立てようとしているのに、自分側の謙譲語と相手側の尊敬語がごちゃごちゃになってしまうことが多いようです」。

また、「あちらでいただいてください」「存じ上げていらっしゃるかと思いますが」「先生が申したように」「もうご利用していますか」なども、同様に謙譲語を尊敬語として用いた誤りの例。

正しい言い方はそれぞれ、「あちらでお受け取りください」「ご存じかと思いますが」「先生がおっしゃったように/先生が言われたように」「もうご利用なさっていますか/もうご利用ですか」などとなります。代表的な尊敬語と謙譲語の形は覚えてしまうとよいでしょう。

×:「あちらでうかがってください」
○:「あちらでお尋ねください」

■2:「おっしゃられる」も×

正しくは、「言われる」か「おっしゃる」です。元の言葉「言う」を尊敬語にする場合は「言われる(れる・られる型)」あるいは「おっしゃる(その言葉専用の尊敬語の型)」のどちらかになります。

しかしこの2つの尊敬語を二重に用いて、「おっしゃる」+「言われる」=「おっしゃられる」としてしまうのが二重敬語と呼ばれるもので、気をつけたいところです。同様に「帰られる」と「お帰りになる」が一緒になった「お帰りになられる」も二重敬語となり、誤った使い方となります。

「丁寧に言おうという気持ちはわかるのですが、やはり耳障りな感じがありますし、間違っているのは確かなので、きちんと知っておいた方がいいですね」。

また普段、婉曲の表現をするとき無意識に使っている言葉にも注意を払う必要があります。「私的には~/自分的には~」「~じゃないですか」「っていうか」「~みたいな」「なにげに」などといった言葉は、ビジネスシーンや目上の人との会話など、改まった場では使わないほうがよいでしょう。

×:「おっしゃられる」
○:「言われる」「おっしゃる」

■3:「~してもらっていいですか」も×

~してもらってもいいですか
~してもらってもいいですか

人にものを頼むときは、「~していただけますか」が自然な言い方です。「~してもらっていいですか」という表現は、遠慮がちに言っているようで、どこか押しつけがましく感じられるところがあります。これを丁寧な言い方にすると「~していただいてよろしいですか」となりますが、この表現にもやや違和感があります。

「例えば銀行の窓口などで『お名前を書いていただいてよろしいですか』といった感じで使われたりします。この言い方がなぜ違和感を与えるのかというと、『書いていただいてよろしいですか』と言われても、そもそも書かなければいけないものなので、書くか書かないかを選べる余地はありません。その点で違和感が生じるのでしょう。

こういう場合は、相手にそれを判断させるような言い方ではなく、『お手数をおかけして申し訳ございませんが、こちらにご署名いただけますか・ご署名願います』『お名前をお書きいただけますか』などのお願いする言葉に限定してしまった方が自然な印象です」

例えば旅行先でカメラのシャッターを押してほしい時には、『シャッターを押してもらっていいですか』ではなく、「すみませんが、シャッターを押していただけませんか」とお願いするほうがスマートです。

×:「~してもらっていいですか」
○:「~していただけますか」

■4:「~させていただきます」の乱用は△

「後ほどお電話させていただきます」「商品開発を担当させていただいた○○です」。メールのやりとりやあいさつなどで「~させていただきます」という表現がよく使われます。

「『~させていただく』は、『~させてもらう』の謙譲語です。言葉自体が悪いわけではないのですが、なんでもかんでも『~させていただく』と、自分がすることすべてに対して使うと、不快な印象を与えることがあります。

また『特別価格にてご提供させていただき…資料を送らせていただきました』というように、1つの文章の中に何度も何度も『させていただく』が続くと耳障りな感じをもつ人も多いものです」

本来「させていただく」というのは、相手側から何らかの厚意(好意)や恩恵、またこれをしてほしいという依頼・要請などを受けたときに使う表現。それゆえ、「私と○○は結婚させていただきました」など、自分の一身上のことにまで用いると、おかしな過剰な表現になってしまうことも。

「例えば訪問先の会社で、電話やFAXなどを使わせてもらったとき、使った後で『先ほどは○○を使わせていただき、ありがとうございました』と。これは相手からの厚意を受けたお礼として述べるので、正しい使い方になります。

また、あいさつをするときの『僭越ながら。ごあいさつさせていただきます』という言い方。これはあいさつをするように依頼・要請を受けたので、ごあいさつします・ごあいさつさせていただきますという意味で適切です。あるいは結婚式の出欠ハガキで『出席させていただきます』と書く。これも相手からの依頼・厚意を受けたとみなして返事をしている、という意味で正しい使い方といえるでしょう」


次に、敬語を使いこなすポイントや、上手く使えるようになるコツをお聞きしました。

■親しい間柄の人の前でも「動詞や文末を敬語」にする

動詞は敬語を
動詞は敬語を

相手との関係が深まり親しくなってきたときも、最低限の守るべきマナーはあるのでしょうか。

「親しい間柄では、ある程度くずしていいのだと思います。けれども全部をくずしてしまったら、くずれたままになってしまう。ですから、核となる相手の動作を表す部分だけは、敬語にするなどの礼儀や工夫は大切です」

また、言葉のひとつひとつに最上の敬語を用いると重たく感じられるときには、言葉の最初の方を軽くし、おしりを重たくするとよいとか。

例えば「歩いている」という言葉も、「お歩きになっている」とするより、「歩いていらっしゃる」と文末を敬語にした方が収まりがよく、敬意を損なうこともないそうです。

■「相手の気持ち」になって最もふさわしい言い方を考える

井上さんは、どのように言葉の訓練をされたのでしょうか。

「例えば、話をする際に誰への敬語なのか、もっとよりふさわしい言葉はないかと考えることは、いい訓練になりましたね。

例えば私の先生と観劇などに行き、『先生はこの席で見えているのだろうか』と思ったとき、『この席でご覧になれますか』『見えていらっしゃいますか』とも言えるけれども、『お席はこのあたりでよろしいですか』という言い方が最もしっくりくるな…とか。

何も、難しい言葉は知らなくてもいいんです。ひとつの言葉に対して語彙が3つあるだけでも、その場面場面でよりよい言葉に変換できます。困ったときに、もっといい言い回しはないかと考える、工夫することで鍛えられると思います」

井上さんは、講演の参加者などから「どうしたらいい言葉使いができるようになりますか」と聞かれることがあるそう。しかし、そういう方は、すでに自分の中で変化が起きているのだといいます。自分はこれくらいの言い方でいい……。そう諦めてしまうと、そこで終わってしまうとか。

「洋服やアクセサリーなどもそうだと思いますが、大切な場面でいかによりふさわしい物を選り分けることができるか。そういった判断力、語彙力、表現力が大切なのだと感じます。過剰すぎてもおかしいし、軽すぎてもおかしい、だけどさらりと敬語が出てくる人は、くだけた言葉を使っても礼を欠かない、品が落ちないというのは、あると思いますね」

基本はやはり、相手の気持ちを考えることなのだとか。当たり前のことかもしれませんが、これが敬語上級者になる近道なのです。

「小さいときから本を読んだり、バレエを観たりして、その場面で主人公はどんな気持ちだろうと考える。そうしたことも相手の気持ちを推し量ったり、表現力を養うことにつながる可能性があります。

受け取り方には個人差があると思いますが、いま使った言葉で相手はどんな気持ちになるだろう、どう言われたらしっくりくるだろうと、相手の気持ちになって言葉を選ぶのがいちばんかなと。

敬語は相手との関係や場面と調和してこそ生きてきますし、心くばりも伝わります。いま敬意を表するべき相手、敬語を使うべき相手は誰なのか、その調和に尽きるのではないかと思います」

いいと思える敬語表現も、いきなり自分の言葉にはなりません。分不相応に感じられる言葉もあるため「自分でも使えるような言葉を引き出しにためていくといいのでは」と井上さん。最初は恥ずかしくても、使っていくうちに自分の言葉になる瞬間があるのだそうです。

「たとえ間違ったとしても、相手の身を思った言葉であれば不快な間違いではありません。正しいとか間違っているとか正誤だけが重要なのではなく、同じ意味であってもほんの少しの要素を加えるだけで、響き方がまったく違ってくるということなんですね。この言葉でいいかなとちょっと考えるだけでも、言葉は変わってくると思います」

日々の生活の中で少し立ち止まり、自分が発する言葉について考えてみる。そんな経験を積み重ね、言葉遣いの美しい女性を目指していきましょう。

井上明美さん
ビジネスマナー・敬語講師
(いのうえ あけみ)国語学者、故金田一春彦氏の元秘書。言葉の使い方や敬語の講師として、企業・学校などの教育研修の場で講義・指導を行う。長年の秘書経験に基づく、心くばりに重きを置いた実践的な指導内容には定評があり、話し方のほか、手紙の書き方に関する講演や執筆も多い。著書に『敬語使いこなしパーフェクトマニュアル』『最新 手紙・メールのマナーQ&A 事典』(ともに小学館)、『知らずにまちがえている敬語』(祥伝社新書)、『大和ことばで書く短い手紙・はがき・一筆箋』(日本文芸社)、『一生使える「敬語の基本」が身につく本』(大和出版)など多数。Webサイト「ALL About」では、「手紙の書き方」のガイドを務めている。
『敬語使いこなしパーフェクトマニュアル』井上明美・著 小学館刊
この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
WRITING :
小野寺るりこ