今の富裕層は、モノより体験に投資する傾向があるといわれています。投資する価値があると思えば、いくらでもそこに費やすという方も多いのではないでしょうか。その価値のある趣味となり得るもののひとつが、建築物の鑑賞。優れた建築物を見極め、その見どころに気づく目を養い、鑑賞を楽しめるようになりたいものです。
そこで今回、鑑賞におすすめの国内外の公共施設を選んでいただいたのは、女性建築家としては珍しい、大規模公共建築を手掛ける一級建築士の伊藤麻理さん。代表作に、石川県小松市の「サイエンスヒルズこまつ」という公共施設があります。今回はそうしたプロの見解のもと、4つの公共施設とその鑑賞方法を教わります。
「今回、オランダ、米国、日本の岐阜と仙台にある4つの公共建築を推薦します。前者ふたつはオランダの建築家レム・コールハース氏の作品であり、後者ふたつは日本を代表する建築家・伊東豊雄氏の作品です。
いずれも圧倒的な建築形式美で心を鷲掴みにされる、といったような建築ではありません。4つの建築に共通するのは、ひとつに、物理的な建築の造られ方に対し、建築の新しい発明を実現したこと。ふたつ目は、新しい時代に建築はどのように人々を支えることができるのかという根源的な問いに答えを見出した建築である、という2点があります」
誰もが称賛するような一般的な建築とは異なり、ワンランク上の鑑賞を楽しむために、公共建築物を手掛けてきた一級建築士の伊藤さんならではの視点を提供してくれました。
早速、その4つの建築物の特徴と鑑賞ポイントを教えていただきましょう。
■1:オランダ・ロッテルダム「クンストハル美術館」
「クンストハルは、デジタルという個のメディアが時代を席巻する時代において、今一度集団性(コレクティビティー)を体現し、率直に語らうことの意義を問いた建築であり、かつ、複数階のビルの中で、上下階というコミュニケーションの分断を『スロープ』という発明で一筆でつなぎ、建築内における上下左右の自由な振る舞いを手に入れた最初の建築です。美術を鑑賞するという行為に文字通り自由を与えた建築であるといっても過言ではありません」
■2:アメリカ・シアトル「シアトル公立中央図書館」
「シアトル公立中央図書館も、スロープという発明を随所に活かしながら、人々の溜まりと流れ、視聴覚的な連動と物理的な区分けを 過不足なく見事に調和させた建築だといえます」
■3:岐阜県岐阜市「みんなの森 ぎふメディアコスモス」(市立中央図書館)
「岐阜のメディアコスモスという中央図書館は、一人ひとりが生活する書棚の町中に、 小さな家のような明るい傘(場所)を配置し、その全体を木の格子状の屋根がまるで空に浮かぶ雲のようにおおらかに包み込んだ建築です。一人ひとりは書棚というローカルで時間を過ごし、傘というコミュニティーで語らう構成となっています」
■4:宮城県仙台市「せんだいメディアテーク」(複合文化施設)
「せんだいメディアテークでは、ビル全体の構造の柱を、まるで昆布のように曲がりくねったチューブの束にするという特異点をつくることで、自由を表現しています」
4つの公共建築を鑑賞し「追体験」を
伊藤さんは、この4つの公共建築を鑑賞する際には、それらが持つ価値観を「追体験」することを勧めます。
「私もみなさんも、急速に多様化・デジタル化へと突き進んでいる時代に生きています。新しい技術が新しい生活様式を作り、それはあたかも『重要ではないものを機械に任せ、人は人間でしか成し得ない根源的な価値を探し直せ』と私たちに突きつけてくるようですらあると感じます。
こうして根源的な価値を問われる現代において、私たちが日々、ラグジュアリーなものに惹かれてそれらを手に取ることは、そのブランドが大切に守り育ててきた考え方や精神性をも含む『もの』を生活に取り入れ『そのものの価値観に習って生きてみよう』という『追体験行為』であるのかもしれません。それであれば、ぜひ、この4つの建築の鑑賞をお勧めします。
なぜなら、この4つは、一義的には図書館や美術館という機能を提供しながらも、建築の中で紡がれ折り重なる普遍的な『確かな価値』を産み続けていることから、『その価値観に習って生きてみる』という追体験を支える希少な建築であると考えるためです。ぜひこの建築の偉業の前に一度、立ちすくんでみてはいかがでしょうか」
海外、国内問わず、こうした公共建築に訪れて鑑賞することは、思う存分、新しい価値を自ら取り入れる一助となりそうです。
代表作 ■「サイエンスヒルズこまつ」(2014年竣工) ■「那須塩原市 駅前図書館」(2019年竣工予定)
UAo (Urban Architecture Office)
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- EDIT&WRITING :
- 石原亜香利