イタリア・ブレシア北東部にあるガルドーネ・ヴァル・トロンピアは、メラ川とその支流に囲まれた長さ約50kmの峡谷部。その近くには洞窟壁画で有名なヴァルカモニカもあり、ローマ帝国以前から人類が定住していた歴史ある土地なのだ。先史時代からヴァルトロンピアが栄えた理由のひとつに、豊富な鉱物資源がある。採掘活動は古代から行われており、特に武器生産に欠かせない製鉄技術で名高く、ヴェネツィア共和国統治時代には特別な自治権と優遇税制が認められていたほど。
廃坑で熟成させた超絶チーズ「トレヴァッリ」
そのヴァルトロンピア上部、サン・コロンバーノという小さな集落にあるのが、3代に渡って続く家族経営のチーズ熟成工房「Trevalli(トレヴァッリ)」だ。とはいえ「トレヴァッリ」の活動は単にチーズを熟成させるだけではなく、ヴァルトロンピア地方で乳牛を放牧し、搾乳してチーズを作る小規模生産者のチーズを集めて熟成、管理、販売している。今風の言葉にするならばSDGsになるだろうか。山岳部に暮らす生産者と日々連絡を取りつつ牧草地から直接熟成庫へとチーズを運び、最適な状態になるまで管理、熟成させる。生産段階はもちろんだが、チーズにとって熟成期間がいかに大事かを再認識させてくれる仕事なのだ。そしてユニークなのがその熟成場所。古来より鉱山として栄えたヴァルトロンピアには、使われなくなった廃坑も多く、「トレヴァッリ」はそうした廃坑でチーズを熟成させているのだ。
これはロンバルディア州はじめ、多くの関係者が参加して完成したプロジェクトで、14万7000ユーロ(約2058万円)をかけて廃坑を整備し、長さ100m、ヴァルトロンピアDOP50個はじめ合計200個のチーズを保管できる熟成庫が完成した。実はこの横穴式のトンネルは年間を通じて温度と湿度が一定に保たれており、チーズの熟成にとっては理想的な環境なのである。特に秀逸なのはヴァルトロンピアDOPとバゴス。熟成が生み出すかぐわしい芳香とコクのある深い味わい、そして長い余韻。イタリアの地方には、まだまだ日本では知られていない優秀な生産者や食のプロフェッショナルが多く存在する。「トレヴァッリ」のチーズもそんな銘品のひとつだ。
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト