建物でも自動車でも洋服でも食器でも本でも、昔のモノってどうして素敵なんだろう、と思うことがある。
特に建物。ほかはともかく、古い建築物だけは、いったん壊されたらそれっきりこの世から消えてしまう。そう思うと、焦りにも似た気持ちが湧いてくる。そして、旅先ではできるだけクラシックなホテルに泊まりたいと思う。そこに滞在すること自体を目的にして、観光や外出をしないこともある。
もっと身近なところでは、ドアを手で開けるタイプの古いエレベーターに乗りに行くことがある。都内で幾つか乗れるところを知っているのだ。そんな私は、たまたま書店で見かけた『看板建築・モダンビル・レトロアパート』に飛びついた。この本は懐かしい建物ばかり集めた写真集である。
昭和の商店街、モダンビルヂング、同潤会アパート、銭湯、カフェー、写真館……、という帯の文字を見るだけでたまらない。「ビルヂング」は「ビルディング」とは違うし、「カフェー」は「カフェ」とは違うのである。
頁を捲ると、魅惑的な建物たちに目が吸い寄せられる。ステンドグラスが自慢の洋食屋は、ちゃんと昼の姿と夜の姿が載っている。本を開いた形の本屋がある一方で、純白のお城のような建物の最上部に「精肉」と書かれたお店もある。「ヤモデンナ」という看板に「?」と思ってから、反対から読むことに気づいたり。
全景だけでなく、「創業時から現役のアメリカ製のレジスター」や「浴場のタイル画は弁慶と牛若丸」のように、ポイントとなる細部をクローズアップした写真があるのもうれしい。
巨大な廃墟めいた建物の姿に、頁を捲る手が止まる。滲むような光を帯びた写真には「取り壊し前夜、静かに浮かび上がるアパート」と記されていた。
- TEXT :
- 穂村 弘さん 歌人
- クレジット :
- 撮影/田村昌裕(FREAKS) 文/穂村 弘