Column : 持たない時代に「持つ」ということ

ものを「持たない」「買わない」ことに目が向けられている今、名品とどのように付き合い、何を求めるのか? プレシャス世代の3人の女性がそれぞれの視点で語ります。経年変化にこそ、ものの価値を見出す。

今回は、服飾史家で作家の中野香織さんにお話しを伺いました。

中野香織さん
服飾史家、作家
イギリス文化、ファッション史、ラグジュアリー領域に関し執筆・講演を手がける。著書に『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義』(安西洋之氏との共著/クロスメディア・パブリッシング)、『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)ほか多数。

つくり手の創造性が最大限に発揮されたものを選び時間をかけて「名品」に仕立てる

 

ものに意味を与えるのは、私たち人間です。

そんな私たちの価値観は、時代の変化の影響を大きく受けます。

2010年代の後半から変化の兆しは見られましたが、ここ2~3年の感染症や戦争によって20世紀的な価値観の終焉は決定的になっています。大規模な自然災害や難民問題、貧富の差の拡大、文化の盗用、大量生産大量放棄による地球汚染といった課題が山積し、企業も人も、この課題に優先的に向き合わないことには全員の明日がないという待ったなしの事態に直面しています。

このような時代の流れの中で、2000年前後であれば、社会的な地位や安心感を与えてくれるもの、よりよい生活への憧れであったはずのものが、旧く見え始めるようになりました。富や文化の上下関係がある20世紀的世界観のなかで「名品」とされてきたものが、現代においては魅力的に映らなくなってきました。

より正確にいうと、上下格差を秘めた「名品」とされるものを所有することを誇ったり、名品の所有によって安心感や優越感を得ようとしたりすることが、時代錯誤で恥ずかしいというムードが生まれているのです。名品に私たちが与えるべき意味が変わっているのですね。

では、私たちはこれからの名品にどのような意味を与えていったらよいのでしょうか。

高品質でデザインが美しく、職人技巧が凝らされた創意あるものを讃えるのは当然でしょう。それ以前の必要最低条件として、生産者の人権や産地の環境が守られているのか、流通の過程で不平等な搾取がおこなわれていないか、文化の盗用がおこなわれていないか、廃棄の過程で環境を汚染する物質が使われていないか、といったことを問うていく姿勢が求められます。そうした透明性、包摂性、フェアネスを備えた人間的な創造性にあふれるものを、私たちの責任において「名品」と認定していくことによって、私たち全員が生きやすい未来を創り上げていく、そのくらいの覚悟を持ちたいところです。

よいものに溢れ、価値観も上下ではなく縦横に多様化する時代です。このような時代に何を自分にとっての「名品」とするのかは、生産背景や流通過程、そして手に入れた後の扱い方を含めた、ものと自分と地球全体を含めたコンテクストをどのように自分なりにアップデートするかにかかっています。所有するのか共有するのかも、コンテクストに含まれます。

ちなみに私は、可能なかぎり、顔が見える生産者にお願いし、生産者との交流のなかで、彼らの創造性が最大限に発揮されるように作ってもらうように努めています。それを生活のなかにとりいれて、時間をかけて「名品」に仕立てるというストーリーに挑んでいます。面倒です。でも面倒を経た暁に生まれる喜びの実感は、ゆるぎないものです。

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EDIT&WRITING :
藤田由美、池永裕子(Precious)