長年連れ添った夫や妻、慈しみ育ててくれた親。愛する家族の死に直面したとき、大きな喪失感に包まれる人も多いはずです。でも、残された家族は、ただ悲しみにくれているわけにいきません。

亡くなった直後は葬儀の手配や死亡届の提出、その後は健康保険や税金の申告など、さまざまな手続きが待っています。相続税が発生するケースでは、期限までに申告しないと、ペナルティが課せられる可能性もあります。昨年8月に夫のケンタロウさん(享年74歳)を見送ったばかりのミサオさん(65歳)も、この数か月、悲しむ間もなくさまざまな手続きに追われてきました。

夫のケンタロウさん(享年74歳)を見送ったばかりのミサオさん(65歳)の場合
夫のケンタロウさん(享年74歳)を見送ったばかりのミサオさん(65歳)の場合

残された家族は悲しみのなかでも、さまざまな手続きに忙殺される

 ミサオさんより10歳年上だったケンタロウさんは、現役時代は商社に勤め、定年退職後は得意の語学力を生かしてボランティアで子どもたちに英語を教えていました。長男(40歳)、次男(37歳)は、ともに立派に成長し、4人の孫にも恵まれました。ところが、3年前に受けた人間ドッグで肺がんが見つかり、昨年8月に帰らぬ人になったのです。

「病気が見つかってからは、生きている間に夫との時間を悔いなく過ごそうと思っていたので闘病生活での後悔はありません。大変だったのは、夫が亡くなったあとのさまざまな手続きのほうでした。葬儀が終わったと思ったら、健康保険や年金保険など行政上の手続きのほか、公共料金の名義変更、夫のクレジットカードの解約、生命保険の保険金請求など、やらないといけないことが山ほどあって、ゆっくり悲しんでいる暇もありませんでした。ようやく、さまざまな手続きが一段落したと思ったら、今度は税務署から『相続税の申告等についてのご案内』という書類が届いたのです」(ミサオさん)

「相続税の申告等についてのご案内」は、以前は「相続についてのお尋ね」と呼ばれていたもので、相続税が発生する可能性のある人に送られるものです。税務署は日頃の情報収集活動から、個人がどのくらい収入があるかを大まかに把握しています。そして、申告が必要だと思われる人が亡くなると、この「ご案内」を送って相続税の申告や納税を促しています。

ケンタロウさんが残した遺産は、評価額6000万円の自宅の土地・建物のほか、現役時代からコツコツ貯めた預貯金が1億4000万円。相続財産は合計2億円に及びます。

相続税を計算するときは、相続対象になる総資産から一律に差し引くことができる基礎控除(非課税枠)があり、以前は【5000万円+1000万円×法定相続人の数】までは課税されませんでした。でも、2015年に控除額が見直され、現在は【3000万円+600万円×法定相続人の数】まで引き下げられています。

 ミサオさん一家の場合は、ケンタロウさん亡きあとに残された家族は妻と子ども2人なので、法定相続人は合計3人。基礎控除額は4800万円です。相続財産は2億円なので、残された家族には申告義務が発生し、税務署からの「ご案内」が届いたというわけです。

自分で相続税の申告をすれば、高額な税理士報酬を節約できる!

「相続税の申告等についてのご案内」が届いたら
「相続税の申告等についてのご案内」が届いたら

相続は、人生でそう何度も経験することではありません。税金の計算には専門的な知識も必要なので、いきなり「ご案内」が届いて戸惑う人も多いはずです。そのため、相続税の申告は税理士に依頼して申告書を作成してもらう人が多いのではないでしょうか。

でも、相続税申告は、必ずしも税理士に依頼しなければならないわけではありません。相続税に詳しい税理士の福田真弓さんは、次のように話します。

「資産額が高額だったり、土地の権利関係が複雑だったりする場合は、相続税に詳しい税理士に依頼したほうが結果的にお金も時間も節約できます。でも、相続財産が自宅の土地・建物、預貯金だけで、特例を使えば相続税はかからないという人は、自分で相続税の申告をすることは決して不可能ではありません」(福田さん)

通常、税理士に申告業務を依頼すると、資産総額の0.5~1%の税理士報酬がかかります。相続財産2億円のミサオさんの場合は100万~200万円が目安ですが、自分で申告すればこのお金を節約できるのです。

では、自分で相続税の申告をしやすいのは、どのような人なのでしょうか。福田さんの新著『自分でできる相続税申告』(自由国民社)に沿って、その流れを見ていきましょう。

相続財産の内訳がシンプルで、家族の仲がよいことが条件

相続税を計算するときの核になるのは、相続財産を正しく把握することです。相続税の課税対象になる財産は、金融資産、土地・建物のほか、車やヨットなどの乗り物、貴金属など多岐にわたります。その価額は、財産の所有者が亡くなった日が基準になりますが、財産の種類によって評価額の決め方は異なるため、専門家に依頼しないとわからないケースもあります。また、相続税に用意されている控除や特例を使えるかどうかの判断も、専門的な知識が必要です。

でも、相続財産がシンプルで評価額の計算がしやすいものだと、自分でも相続税の申告がしやすくなります。それを判断するのが次の10項目です。すべてクリアした人は、自分で相続税の申告ができる可能性が高くなります。

まずは相続財産を正しく把握すること
まずは相続財産を正しく把握すること

① 相続財産は自宅と預貯金のみ

相続税を申告するとき、いちばんやっかいなのが土地の評価です。賃貸アパートや駐車場、農地、山林などを持っていると評価額の計算が難しくなりますが、持っているのが自宅だけなら、土地は路線価方式・倍率方式、建物は固定資産税評価額から算出可能です。

金融資産は、非上場株式などがあると評価額の計算がむずかしくなりますが、預貯金や株式、投資信託などだけなら、財産をもっていた人が亡くなった日を基準に判断します。

ミサオさんの場合、これは評価額6000万円の自宅の土地・建物と、預貯金が1億4000万円でした。

② 自宅の土地の形は正方形や長方形だ

土地の形がいびつだったり、間口が狭かったりすると、土地の評価額の計算がむずかしくなります。自宅の土地の形が正方形や長方形などの整形なら簡単に計算できるので、自分で申告しやすくなります。

③ インターネットを使える

相続税の申告に必要な書類のなかには、インターネットでダウンロードできるものが多くあります。調べ物をするのも、パソコンやスマートフォンを使えると作業がはかどります。

④ 亡くなった人の配偶者だ

亡くなった人の戸籍上の配偶者は、相続財産が1億6000万円か、法定相続分(※)のいずれか多い金額までは「配偶者の税額軽減」が受けられ、相続税がゼロになります。

※法定相続分とは、民法で「このように財産をわけたほうがよい」としている財産のわけ方の目安。法定相続人が妻と子どもの場合は、配偶者が財産の2分の1、残りの2分の1を子どもたち全員でわけることになります。ただし、法定相続分はあくまでも目安で、このように分けなければいけないわけではありません。

このケースでは資産総額が2億円なので、ミサオさんの法定相続分は1億円。前者の1億6000万円まで配偶者の税額軽減が受けられます。この特例を使うことで相続税がゼロになるなら、申告書にミスがあっても追徴課税はかからず、実害はありません。相続税の申告にも挑戦しやすくなります。

⑤ 自宅を相続するのは配偶者か同居親族だ

亡くなった人の自宅を相続するのが配偶者か同居親族の場合、一定の面積までは土地の課税価格を8割引きにできる「小規模宅地等の特例」が使えます。同居していなくても、一定条件をクリアすれば「家なき子特例」といって、「小規模宅地等の特例」は利用可能です(ただし、2018年4月以降に発生した相続から要件が厳格化される予定です)。

この特例を使って相続税がゼロになるなら、自分でも相続税の申告がしやすいはずです。

⑥ 生前贈与は受けていない

亡くなった人から生前に贈与を受けていると、一定の贈与については相続税の申告時に過去の分も含めて、計算し直さなければいけないものもあります。生前贈与を受けていなければ、相続税の申告は比較的簡単です。

⑦ 遺言書がある

相続税申告の内容は、誰が何をいくら相続するかによって変わります。遺言書があると、財産の分割は比較的スムーズに進められます。遺言書がない場合は、相続する人の全員一致で財産の分け方を決めることになるため、合意形成に時間がかかることがあります。

⑧ 家族の仲がよい

相続が”争族”にならないように…
相続が”争族”にならないように…

「うちに限って相続でもめるわけがない」と思っていても、その「まさか」が起こるのが相続です。家族の仲が悪いと財産の分割でもめて、納税期限までに結論が出ないことも。日頃からの家族の関係も、相続時にものをいいます。

⑨ 故人の財産はすべて故人名義

相続税の計算をするときは、亡くなった人が稼いだものや代々受け継いできたものは、たとえ名義がほかの家族になっていたとしても、亡くなった人の遺産とみなされます。家族名義にしている預貯金などがある場合は、実質的な持ち主は誰かを判断するために、税理士の判断を仰いだほうがいいケースも出てきます。

⑩ 海外に財産がない

外国の銀行に預けた預金、海外の別荘など、海外にある財産も相続税財産の対象になります。評価額の判定などには専門家のサポートが不可欠なので、海外に資産があると、自分で相続税の申告をするためのハードルが上がります。

この10項目をチェックしてみると、⑦の遺言書を除いてミサオさんはすべての項目をクリアしていました。

資産の内訳は、自宅の土地・建物のほかは預貯金や投資信託などの金融資産だけ。最近まで再雇用で事務の仕事をしていたので、ミサオさんはインターネットを難なく使いこなせます。当分の間、自宅にはミサオさんが住み続ける予定なので、相続税の特例も利用できます。土地は長方形でケンタロウさんとはずっと同居、代々受け継いだものや海外の資産もありません。

しっかり者の子どもたちは、自宅を購入するときもしっかり自分たちで頭金を貯めたので、これまでまとまったお金を贈与したことはありません。唯一クリアできなかったのは遺言書ですが、家族の仲はよく、子どもたちも「親父の遺産は、母さんが全部使えばいいよ」と言ってくれているため、ミサオさんなら自分で相続税の申告ができそうです。

では、自分で相続税の申告をするときは、どのようなことに注意すればよいのでしょうか。次回は、利用できる相続税の特例のほか、具体的な申告手順について教えてもらいます。

福田真弓さん
税理士
(ふくだ まゆみ)1973年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学経営学部卒。2003年1月に税理士登録。税理士法人タクトコンサルティングに入社し、富裕層への相続や事業承継対策を提案。2008年12月に独立。現在は、勤務税理士時代の資産税の経験をもとに、相続税・贈与税の税務申告をはじめ、会計税務やマネー全般に関する個別相談・提案業務などを行う。新聞記事へのコメント、雑誌の取材や記事執筆、講演、テレビ出演の実績も多数。共著の「身近な人が亡くなった後の手続のすべて」(自由国民社)は累計65万部のベストセラーに。相続税申告のポイントを分かりやすくまとめた最新刊「自分でできる相続税申告」(自由国民社)も、たちまち重版に。
この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。