【目次】

目白ってどこにあるの?「場所」

目白駅前エリア
目白から池袋方面へと続く道はきれいに整備されています。目白から池袋までは徒歩で10分程度と近いですが、この周辺はとても静かです。写真の右奥には、外国人仕様の木造2階建ての家が建ち並ぶ「徳川ビレッジ」があります。

目白駅周辺は武蔵野台地の南向き斜面地にあって、眺望に優れたエリアです。それゆえに昔から住宅地として人気が高く、都内の高級住宅街のひとつとして知られています。東京都豊島区目白があるのは豊島区の南側で、新宿区と接しています。近くにある文京区目白台と混同されることも多いですが、目白駅前の辺りが豊島区目白です。文京区目白台は少し目白駅から離れていて、東京メトロ有楽町線の江戸川橋駅方面にあります。神田川の北側、南向き傾斜地にある目白や目白台なども含めた台地全体を「目白」と呼ぶこともあり、この一帯は高級住宅街として知られています。

目白の「最寄り駅」

目白の最寄り駅は、約3分程度の間隔で走るJR山手線の目白駅。とても便利です。

目白駅前
目白は、JR山手線の駅のなかでも特に落ち着いた雰囲気のある駅です。左側に見える木々に囲まれた部分が学習院大学です。

路線の上に駅舎のある駅を「橋上駅」と言いますが、目白駅は、日本で初めて造られた橋上駅としても有名です。目白駅ができたのは明治18(1885)年のこと。当時の目白には、「日本鉄道品川線」という、品川から赤羽を結ぶ路線が通っていました。日本鉄道は貨物輸送が主で、品川からは横浜方面と接続し、群馬の富岡製糸場の生糸を横浜港に運んでいました。当時農地だった目白にはその貨物列車は止まらず、1885年ごろ、1日数便ほど走っていた旅客列車の目白駅での乗客数は、わずか10人程度だったそうです。やがて、交通網の整備が進み、池袋と田端を結ぶ路線が開通して、山手線となったのが明治36(1903)年。そして橋上駅となったのは、山手線が環状運転をするための工事が進んだ大正11(1922)年です。

目白の「地図」

目白の「歴史」と「由来」

江戸時代、この辺りは畑や茶畑などの農地でした。

目白エリアから明治通りを渡ってすぐ、豊島区雑司が谷には「雑司が谷鬼子母人(きしもじん)堂」があります。本殿の建立は寛文4(1664)年、拝殿などは元禄13(1700)年に建てられたという、歴史のあるお寺です。長く庶民に親しまれていた場所で、江戸後期には将軍の御成り(訪問)もあったほどの賑わったそう。

鬼子母神堂
「鬼子母神堂」には、大きなイチョウの木があります。この木は応永年間(1394~1428年)に植えられたと伝えられているので、「鬼子母人堂」よりも古くからあったと考えられています。

目白駅前に「学習院大学」ができたのは1908年のことです。翌年には、中央大学附属高等学校の母体となる「目白中学校」、1917年には「成蹊女学校」が開校、さらに1921年には「自由学園」、1924年には「川村女学院」、「東洋音楽学校(現・東京音楽大学)」など、明治になって目白駅が整備されていくと、周辺にはたくさんの学校が設立されました。そしてそれらの学校の建設に伴い、目白は住宅地としても発展していきます。

川村学園
女子一貫校の「川村学園」は目白駅前徒歩2分のアクセスの良い場所にあります。「学習院大学」はちょうど目白通りを隔てて反対側のエリアにあります。

「川村女学院」は現在の「学校法人川村学園」です。目白駅前の目白2丁目には、川村幼稚園から小学校、中学校、高等学校、そして大学までそろっています。同じく目白2丁目には「豊島区立目白小学校」もあります。

徳川ビレッジ
「徳川ビレッジ」の敷地内にある木々は専門の業者により常に美しく整備されていて、この周辺の優雅な街の雰囲気にも一役買っています。

目白駅から7分ほどの距離にある目白3丁目には7,000坪という広大な敷地をもつ「徳川ビレッジ」という高級賃貸住宅地があります。ここには、大きな庭をもつ、2階建ての広々とした住宅が並んでおり、ビジネスのために来日した外国の方々も多く暮らしています。もともとは、昭和7年から住む徳川義親侯爵の本邸敷地だった場所で、今でも徳川家によって維持管理されています。そして、この「徳川ビレッジ」周辺にも、大きな家が建ち並んでいます。また、「徳川ビレッジ」のある場所には、天保7(1836)年ごろに建設された「雑司が谷感応寺」があったそうです。

目白の「由来」とは?

金乗院
写真右手にある「目白不動明王像」は文京区関口駒井町にあった「目白不動堂」にありました。戦災により焼失したため、こちらの「金乗院」に合併されたそうです。

目白の隣、豊島区高田にある「金乗院」前には、「目白」の名前の由来となった「目白不動明王像」があります。こちらは、江戸守護の五色不動のひとつとして知られています。寛永年間(1624〜1644年ごろ)、3代将軍・徳川家光の命によって「目白」という名前が付けられました。

目白の3つの「魅力」

■1:駅から徒歩5分の場所に美しい日本庭園があります

目白庭園
「目白庭園」内には、木造瓦葺き平屋建ての「赤鳥庵」があります(写真左手の建物)。「赤鳥庵」という名前は、この地で鈴木三重吉によって創刊された子どものための文芸雑誌『赤い鳥』にちなんでいるそう。

目白駅から徒歩5分ほどの場所に池泉回遊式の日本庭園「豊島区立目白庭園」があります。ここは池袋に近い都心であることを忘れてしまいそうなくらい静かな場所で、近隣住人の憩いの場になっています。

そのほか、庭園の近くには「自由学園」の校舎だった「自由学園明日館」もあります。設計したのは「旧帝国ホテル本館」を手掛けたフランク・ロイド・ライト。国の重要文化財に指定されていて、現在は結婚式場やコンサートホールとしても活用されている趣のある建物です。「目白庭園」や「自由学園明日館」、「徳川ビレッジ」といった歴史的な文化資源が点在している目白駅北側のエリアは、池袋方面に向かって道路がきれいに整備されていて、敷地の広い建物が並んだ閑静な住宅地となっています。

■2:伝統のある学校がたくさんあります

学習院大学
「学習院」は明治10(1877)年の華族学校が神田錦町に開設されたのが始まりで、昭和22(1947)年に私立学校になりました。こちらの正門は明治41年に目白に移転をしてきたときに造られたもの。

目白1丁目のほとんどが「学習院」の敷地です。「学習院」には、幼稚園から大学までがそろっています。そのほか、目白通りの北側には「川村学園」があり、こちらも、幼稚園から大学まであります。また、目白駅からバスで5分ほどの距離に「日本女子大学」もあります。「日本女子大学」も明治34(1901)年に開校された歴史のある学校です。目白駅周辺は、学生たちでいつも賑わっています。

■3:池袋駅や新宿駅が近く、お買い物も便利

池袋駅
池袋駅東口は再開発が進み、新しいランドマークとして「ハレザ池袋」がオープンしました。8つの劇場を備えた複合施設で、映画館も入っています。

JR山手線で目白から池袋までは1駅3分程度、新宿駅までも10分程度で到着できる好立地にあります。池袋駅は、JR山手線のほかに埼京線や湘南新宿ライン、東京メトロ丸ノ内線・有楽町線・副都心線、そして西武池袋線と東武東上線の通るターミナル駅です。池袋は百貨店や家電量販店など、買い物には困らないさまざまなジャンルのお店がそろい、また劇場や水族館などのエンターテイメント施設も充実しています。

***

豊島区目白はアクセスの良いJR山手線沿線にありながら、とても静かで暮らしやすそうな住宅地でした。名門学校もそろい、日本庭園もあり、近くにはお買い物やエンターテイメント施設のそろう池袋があり、住む人を魅了するアイテムがそろっている場所なのだと感じました。

参考:豊島区ホームページ
     学習院ホームページ
   川村学園ホームページ
   雑司が谷鬼子母時鬼子母神堂ホームページ
   自由学園明日館ホームページ
   徳川ビレッジホームページ
この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
PHOTO :
AC,柳堀栄子
WRITING :
柳堀栄子