古くから日本で親しまれてきた漆器。漆の色を生かした飴色や、深い黒や朱の塗りが、時間とともに変化して味を増していく風合いが魅力です。一方で「漆器はお手入れが大変…」というイメージをもつ方も多いのでは?

そこで今回は、京都で創業180年余りを誇り、伝統的な漆器からモダンなデザインまで手がけている漆器の老舗・井助商店の沖野さんに、漆器の特徴と扱い方のポイントを伺いました。

素材の「木」と天然の塗料「漆」が織りなす漆器の魅力

ひと口に漆器といっても、色のついたものから木目の見えるものまでさまざまです。そこで、まずは漆器に共通する特徴と魅力を伺いました。

■ 素材が木の漆器は、柔軟性があり割れにくい

木目が見える漆塗りの汁茶碗が4つ並んでいる
木の器に「生漆(きうるし)」を塗った漆器は、艶と木目が美しく出る

「漆器」とは、一般的に木で形作った器の上に、天然の樹液からつくる漆を塗ったものをいいます。

「木でできている漆器は、陶器やガラスに比べると素材自体がやわらかいため、傷つきやすい、壊れやすいというイメージをもたれることがあります。けれど、実際は柔軟性があるため、例えば床に落としたとしても、陶器やガラスに比べると割れにくかったりします」(沖野さん)

■ 「漆」は硬くしなやかで優れた塗料

扱いにくい、剥がれやすいなどの印象もある漆ですが、実はそのイメージは間違いなのだとか。

漆を塗ってできる膜は、一般的な化学塗料に勝るほどの硬さと柔軟さを兼ね備えています。また、酸やアルカリ、塩分やアルコールにも強く、耐水性・断熱性・防腐性も高い、非常に優れた塗料なのだそうです。

その特徴を生かし、漆は主に木を保護する目的で上から塗っています。

「木をそのまま食器として使うと、中にどんどん水が入っていき、形が変わったり傷んだりします。漆器は、木の器に上から漆を塗ることで水が入ることを防ぎ、長くお使いいただけます」(沖野さん)

■ 歳月とともに増していく光沢

全体は漆黒で光沢があり、縁が少し赤みがかっている蓋付茶碗
歳月と共に、黒っぽい色合いから赤みがかった色へと変化していく「溜塗(ためぬり)」の漆器

漆器の魅力である、独特の光沢感。長く使えば使うほど磨きがかかり、艶が増していきます。漆の種類や塗り方によりますが、歳月が経つほどに透明度が上がり、より鮮やかな色合いになっていく傾向があるのだそう。

暮らしとともにその一品だけの風合いへと変化する漆器は、まさに一生物として使いたい道具です。

特別な手入れは不要! 漆器の扱い方のポイント

木の魅力と、時間とともに趣きを増す魅力を持った漆器。長く使い続けるための扱い方を伺いました。

■1:中性洗剤とスポンジで手洗い。サッと布巾で拭きあげる

奥に食器用洗剤、手前にスポンジが置いてあり、全体に大きく丸のマーク
漆器は、食器用中性洗剤とやわらかいスポンジで手洗い

丁寧な手入れが必要そうに見えがちな漆器ですが、沖野さんは「そんなことはありません」といいます。

「基本的な普段使いのものは、漆器であっても、一般の食器用中性洗剤とスポンジで洗っていただいて問題ありません。洗い終わったら、やわらかい布巾でさっと拭きあげると、より長持ちします」(沖野さん)

ただし、食器洗浄機は洗剤が強すぎるため漆を侵してしまう恐れがあるのだとか。また、乾燥機も急な温度変化と乾燥が素材の木によくないので、避けましょう。

 ■2:極度の乾燥は大敵! 使うことが「いちばんのケア」

漆器は、極度に乾燥すると素材の木が変形してしまう恐れがあります。また、表面の塗りが剥がれてしまうことも。

特に注意したいのが、長期間の保管です。

「お重箱を家の奥に置いて何年も使わず、久しぶりに開いてみたら割れていた、といった話を聞くことがあります。置きっぱなしにしていると、どうしても乾燥が進行してしまいます」(沖野さん)

食材を乗せたり手洗いしたりといった普段使いで、水分を適度になじませて乾燥を避けることができます。おせち料理のお重箱なども、年に一回開けて使っていると長く使えるのだそう。

三重のお重箱で、黒い漆塗りに金と朱で扇の模様が描かれている
特別な時に使う漆器も、年に一回使うことで極度の乾燥を避けられる

長期間食器棚などに保管しておく場合は、漆器と一緒に水を少し入れたコップなどを置くことで、乾燥を防ぐことができます。

また、冷蔵庫も乾燥しやすいので要注意。あまり長時間冷蔵庫に入れたままにしないようにしましょう。

■3:急な温度変化に注意。気になるときは、事前に温めて

赤い漆塗りの器にぜんざいが注がれており、手前に赤い漆塗りの匙、奥に塩昆布の乗った赤い漆塗りの小皿が置いてある
熱いものを入れるときは、一度ぬるま湯で温める

乾燥と同じく気をつけたいのが、急激な温度変化です。素材の木が変形してしまうのみでなく、漆が白く濁ってしまう恐れがあるそう。

「温かい汁物にお使いいただくことは、全く問題ありません。ただ、グツグツと煮立った、すぐには食べられないほどに熱いものを入れたりすると、塗りがくすんで白くなってしまうことがあります」(沖野さん)

このように急な熱で塗りがくすんで濁る現象は、漆にかぎらず、塗料全般に起こり得ることです。一度白くなってしまった塗りは元に戻らないため、長く使うためにも注意したいポイントです。

「高温であることも白くなってしまう原因ですが、急な温度変化も原因のひとつです。もし気になるときは一度ぬるま湯に通して器を温めておくと、予防できます」(沖野さん)

■4:蒔絵のついた漆器は、こすり過ぎないよう丁寧に扱う

赤と黒の漆塗りの蓋付茶碗で、大きく松竹梅の蒔絵が施してある
お祝いの席で欠かせない、蒔絵のついた豪華な漆器の扱いは丁寧に

漆器といえば、お祝いの席で使う「蒔絵(まきえ)」のついたものを連想する方も多いかもしれません。蒔絵など装飾がついた漆器は、装飾が取れないよう丁寧に扱う必要があるそうです。

蒔絵とは、漆の上に金粉や銀粉を蒔いて模様を描いたもの。多くの場合はその上から半透明の透漆をかけてカバーしていますが、中には金粉を乗せたままのものもあるそうです。その場合、擦りすぎてしまうと金粉が取れてしまうことも。

洗うときは、ガーゼなどのやわらかい布で優しく洗い、拭きあげる布も柔らかいものを使いましょう。

また、蒔絵が乗せてある漆器に多い、漆を厚く塗り色が濃いものは、ちょっとした傷が目立ちやすくなってしまいます。洗うときや乾拭きするときは、擦る前に軽くホコリを落とすなどすると、傷つけにくくなります。

塗りが割れたり白くなったりしたときは?

万一、漆器の塗りが割れたり白くなったりしてしまった場合に修理することはできるのでしょうか?

「漆を塗りなおす修理はできます。ただ、一度今までの塗りを砥いでから、新しい漆を塗ることになります。そのため、塗り自体をもとに戻すことはできません」(沖野さん)

修理するとそれまでの歳月で変化してきた風合いは消えてしまうとのこと。使うことで育ててきた美しさを残すためにも、乾燥や急な温度変化に気をつけて扱いましょう。

もし、表面が割れてしまったり白くくすんでしまったりしたときは、早めに修理に出しましょう。修理を経て、もう一度風合いが変化していく様子を楽しむのも、暮らしとともにある食器の形かもしれません。

以上、漆器の魅力と扱い方のポイントをご紹介しました。


【まとめ | 漆器の扱い方のポイント 4か条】
1.中性洗剤とスポンジで手洗い。サッと布巾で拭きあげる
2.極度の乾燥は大敵! 使うことが「いちばんのケア」
3.急な温度変化に注意。気になるときは、事前に温めて
4.蒔絵のついた漆器は、こすり過ぎないよう丁寧に扱う


漆器は、特別なお手入れは必要なく、決して扱いが難しいものではありません。最近では、生活に取り入れやすいモダンなデザインの漆器も登場しています。

漆塗りのコップと蓋つきの器が並ぶ。鮮やかな色付けとベージュをこうごに塗り、独楽模様を表現している
古くから日本で親しまれている「独楽模様」をベースに、日本の伝統色をもとにした新たな漆の色合いで展開した井助商店のシリーズ「KOMA」

木の質感を楽しめ、使えば使うほど美しくなる漆器を、生活の中に取り入れてみませんか?

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