毎日の食卓を飾る器は、身近でありながら生活を豊かにしてくれるもの。皆さんも親から受け継いだお皿や、海外旅行で購入したマグカップなど、思い入れのある陶磁器をお持ちだと思います。

そんな陶磁器が割れたり、欠けたりしてしまったときの修復法として、近年注目されているのが「金継ぎ(きんつぎ)」です。古くからあるこの技法では、どのように修復を行なっていくのでしょうか?

今回は、金継ぎのワークショップなどで活躍する女性二人組ユニット「うるしさん」に、金継ぎの基礎知識や、その魅力を伺いました。

「うるしさん」として活動されている村田優香里さん(左)と坂本恵実さん(右)
「うるしさん」として活動されている村田優香里さん(左)と坂本恵実さん(右)

■「金継ぎ」は古来からある●●を使った修復方法

「“金で継ぐから、金継ぎ”。多くの人はそのように想像されますが、実際は“漆(うるし)”を使った、焼き物の修復方法のこと。天然の樹脂塗料である漆は、縄文時代の漆器が出土するなど、古くから存在しているもの。塗料としてはもちろんのこと、接着剤として私たちの暮らしを支えてきました」

いわゆる「修理」という意味合いで長く使われてきた漆での接着に、付加価値がついたのが室町時代。

「茶の湯文化のなかで、割れた茶碗の継いだ部分に金粉や銀粉を施す、という手法が生まれたといわれています。不完全な造形に美を見出すという、茶の湯らしい“数寄”の精神もありますが、単純に茶碗が高価だったことも理由のひとつかもしれません」

「うるしさん」が実際に金継ぎによる修復を手がけた陶器
「うるしさん」が実際に金継ぎによる修復を手がけた陶器

■漆は酸にもアルカリにも強く、瞬間接着剤より強固!

それではなぜ、漆が修復材料として使われるのでしょうか。

「それは漆の特性にあります。漆は樹液なのですが、そのなかに含まれる“ウルシオール”という成分が空気中の水分と結合することによって、固まる性質を持っています。酸にもアルカリにも強いので、一度固まるとほとんど取れることはありません。瞬間接着剤よりはるかに強固なんですよ」

天然素材の方が接着力が強いということに驚きますが、漆といえば「かぶれる」というイメージをもつ人も少なくありません。

「それもウルシオールの成分によるもの。反応が出るかは人それぞれですが、かぶれを防ぐためには、素手で触らないよう手袋をして作業するように注意してください

天然の漆。素手では触らないように要注意
天然の漆。素手では触らないように要注意

■金継ぎでどんなものが修復できる?

「私たちの元には、かなり大きく破損したもののご相談も来ますが、初めて挑戦するのであれば、小さな欠け程度がいいと思います」

ほとんどの陶器や磁器を修復することができるそうですが、ガラスだけは本漆では接着できないそう。

端が欠けてしまったお気に入りのカップも、金継ぎによる修復でよりいっそう愛着がわくもの
端が欠けてしまったお気に入りのカップも、金継ぎによる修復でよりいっそう愛着がわくもの

■基本的な金継ぎの方法

それでは実際の手順を追っていきましょう。
 

  1. ■割れた面に漆を塗り乾かす(1日程度)
  2. ■割れをムギ漆で接着して乾かす(2週間程度)
  3. ■表面を削って整え、漆を塗って乾かす(1日程度)
  4. ■仕上げに漆を塗り、上から金粉を振りかけ、乾いたら完成

「ムギ漆とは、水で練った小麦粉と漆を混ぜたもの。これで割れたかけら同士をつなぎます」

水で練った小麦粉と漆を混ぜた「ムギ漆」
水で練った小麦粉と漆を混ぜた「ムギ漆」

各行程でポイントとなるのは、意外にも乾かすことなのだそう。

「“乾かす”というと乾燥した季節がよいと思われがちなのですが、実は漆の硬化にはある程度の温度と湿度が必要。冬よりも、梅雨時期や夏の方が向いているんです。なので、寒い時期は専用のムロをつくったり、お風呂場にスペースをつくったりするなどして乾かします」

ワークショップでの接着の工程。集中して漆を塗布していく
ワークショップでの接着の工程。集中して漆を塗布していく

■初心者にはワークショップがおすすめ

コツをつかめば自宅でもできる金継ぎですが、最初はやはりプロに教えてもらうのが安心。

「金継ぎキットなども販売されていますが、漆の扱いや道具の使い方などは、教室やワークショップなどで教えてもらったほうが、早く習得できると思います

金継ぎのワークショップは各地で行われていますが、「うるしさん」の場合は、材料や道具などすべてそろえているので、修復したいものさえあれば気軽に参加できるそう。

「私たちのワークショップでは、乾かす行程をこちらでお預かりして行っているので、失敗の可能性は低いと思います。参加される方は女性が圧倒的に多いですが、独学ではじめた男性がつまずいて、習いにくることも」

ワークショップはわかりやすい解説で進めていくので、初心者も安心
ワークショップはわかりやすい解説で進めていくので、初心者も安心
金継ぎの流れを一目で理解することができる工程見本
金継ぎの流れを一目で理解することができる工程見本

はじめから難易度の高いものを修復しようとすると、挫折してしまうこともあるので、最初は簡単なものからスタートするのがおすすめだそう。

「料金は器の状態により異なるのですが、私たちのワークショップでは小さな欠けは3回の日程で12,000円ほど、割れの場合は6回の日程で26,000円ほどで行っています。自分で直すのが心配な方は、ご相談いただければと思います」

割れの様子はさまざまなので、世界にひとつだけの器ができあがる
割れの様子はさまざまなので、世界にひとつだけの器ができあがる
「リヤドロ」の作品の修復依頼も。欠けてしまった猫の足がこのように元どおりに
「リヤドロ」の作品の修復依頼も。欠けてしまった猫の足がこのように元どおりに

たくさんの人が金継ぎにふれる瞬間に立ち会ってきた「うるしさん」。その人たちの様子を見て、あることに気づいたそう。

「ワークショップに参加された人は皆、作業しながら“心が落ち着く”とか“器がどんどん愛おしくなる”というようなことをおっしゃっていて。そういった声を聞いていると、金継ぎにはセラピーのような作用があるのではないかと思っているんです。修復というのはつまり、傷を治す行為。器を治しながらも自分の心の傷を癒やしたり、何かに愛情を向けたりしている。そういう時間の過ごし方が、忙しい毎日のリフレッシュになっているんだと思います」

集中して作業に打ち込むかけがえのない時間
集中して作業に打ち込むかけがえのない時間

そんな「うるしさん」のもとには、さまざまなストーリーを背負った依頼品がやってくることも。

「ほとんどが思い出の品や限定品など、二度と手に入らないものばかりですが、そのなかでも子どもが割ってしまったお皿を“直せばまた使えるということを教えたい”と、持ち込まれたお母さまがいました。ものを大切にする気持ちを育むことを、金継ぎを通して教えたいという気持ちに感動しました」

ほかにも旦那様が大切にしていたカップが割れてしまい、一旦はゴミ箱に捨てたものをこっそり集めてサプライズでプレゼントした…という例もあったそう。

「そういったモノは、修復する前よりも、さらに大切なものになる。そんなところも金継ぎのよさだと思います」

PROFILE
うるしさん
村田優香里、坂本恵実からなる2人組ユニット。「楽しくうるしと。」をコンセプトに、漆をつかった金継ぎや日用品制作を行いつつ、ワークショップ等で活躍。ともに国立高岡短期大学(現・富山大学)専攻科修了。

うるしさん「金継ぎ相談会」の予定

「陶とうるしの秋じたく」
会場/Gallery + Shop Loquat (神奈川県)
日程・時間/2017年9月29日(金)13:30〜16:00、9月30日(土)16:30〜18:00
料金/入場無料
住所/神奈川県川崎市中原区木月住吉町15ー50
※お直しを依頼したい器を持参いただき、無料見積もり相談会を実施 
※また、9月29日(金)12:00〜13:30、9月30日(土)15:00〜16:30には同会場にてワークショップを開催(有料/要予約)。予約方法について、詳しくは会場のFacebookページ

この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
WRITING :
橘川麻実
EDIT :
青山 梓(東京通信社)