【目次】

【「さびしい」「さみしい」、読み方はどちらが正解?】

漢字について考える前に、先に読み方をおさらいしましょう。

■辞書では「さびしい」と「さみしい」は同じ意味

「さみしい」を辞書で引くと、「さびしい」の音変化意味は「さびしい」のほうを見るように、と載っている場合が多くあります。つまり、辞書では「さみしい」は、「さびしい」にまとめられていて、ややスルーされているのです。

『三省堂国語辞典』には、「さびしい」は「寂しい・淋しい」と載っていて、意味は以下の通りです。

1)親しい人とはなれたり、親しんだものがなくなったりして、満たされない気持ちだ。
2)ひっそりとして、心細くなる感じだ。
3)残念だ。「寂しいことを言う」
4)あるべきものがなくて困る、物足りない。「懐が寂しい」
△さみしい(「さみしい」とも読むという意味)

■「さびしい」が音変化して「さみしい」になった

「さみしい」は、もともとあった「さびしい」が音変化した言葉です。『日本国語大辞典』によると、上代の「さぶし」が平安時代に「さびし」となり、それがさらに変化した語。近代以降「さびし」「さみし」は並んで用いられた、とあります。

古くからあった「さびしい」という読み方を標準としつつ、音変化した「さみしい」という言葉も同じ意味として使われてきたということです。NHKなどの放送局では、「さびしい」と「さみしい」は優先順位はなくどちらも使用されているそうです。

結論としては、「さびしい」と「さみしい」はどちらも正解といえそうです。ただ、微妙なニュアンスの違いや使い分けもありますので、それは後述します。

次に、漢字を詳しく見ていきましょう。

【「寂しい」と「淋しい」、漢字の違いは?】

先に結論を言うと…、「常用漢字表」には、「寂しい」「さびしい」は載っていますが、「淋しい」「さみしい」はありません。「常用漢字表」とは、現代において使用する漢字の範囲を「目安」として示したものですので、普段の使用ではそれほど気にしなくてもよいのですが、新聞や公文書などでは考慮されます。

■「寂」の意味は? 

『新漢語林』から、「寂(さび・せき・じゃく)」の意味のうち「さびしい」にあたるものをご紹介します。

1)さびしい。さみしい。静か。
2)さび。静寂(せいじゃく)なおもむき。
3)さびれる。景気が悪くなる。

「ひっそりとして静か。静かでものさびしい」という意味の「静寂」や、「人気(ひとけ)がなくさびしいさま」を表す「寂寥(せきりょう)」といった熟語に使われていますね。

■「淋」の意味は?

同じく『新漢語林』から、「淋(りん)」の意味です。

1)そそぐ(注)。水をそそぐ。
2)したたる。したたり落ちるさま。「淋漓(りんり)」
3)なが雨。「淋雨(りんう)」

「淋」の文字は、水が垂れる、したたる、という意味があり、「長雨」を意味する「淋雨」という熟語があります。文字そのものには、直接「さびしい」という意味がないことがわかります。

■「寂しい」と「淋しい」の違いは?

上記のように、「寂」の字には、「さびしい、さみしい、静か」の意味がありました。一方、「淋」という字には「水が滴(したた)る」という意味があります。「水」が「涙」を連想させるように、「淋しい」は主観的・情緒的、あるいは悲観的な感情を表す言葉で、思わず涙がこぼれるような孤独感を表現するのに向いた言葉です。

例えば、今も若い世代から支持を集める80年代のアイドルデュオ「Wink(ウインク)」の大ヒット曲『淋しい熱帯魚』は、ゆらゆら揺れる熱帯魚のイメージに重なる、ふたりの儚げでミステリアスな雰囲気に「淋しい」がピタリとハマっていました。心情的な孤独感を強調したい場合には、「淋しい」はしっくりくる表現です。この曲名の「淋しい」「さみしい」と読みますよ。

一方で「寂しい」は、人気(ひとけ)がなく、がらんとした状況や情景などを表す場合や、「孤独感によるさびしさ」のニュアンスも含んでいるため、「淋しい」よりも一般的で幅広いシーンで使うことができます。また、日本の美意識のひとつに「侘寂(わびさび)」という言葉があるように、単なる「さびしさ」や「古さ」ではなく、寂しく静かなものに味わいや趣を感じるといったニュアンスでも使われる言葉です。さらに「懐が寂しい」という言い方がある通り、「あるべきものがなくて物足りない気持ち」という意味もあります。この「懐が寂しい」は「さびしい」と読むべき、と辞書編集者の神永暁さんは自著で指摘しています。

■使い分けに迷ったら?

「寂しい」と「淋しい」には微妙なニュアンスの違いがあることがわかりました。「寂しい」は客観的な状況や感情の描写に使われるのに対して、「淋しい」は主観的な感情表現や詩的な表現として使われます。
使用できる範囲は「寂しい」のほうが広いうえに、「淋」は常用漢字ではないため、新聞や公的文書では使われません。また、「淋しい」は情緒的な印象が強いため、ビジネスメールなどに用いるには、違和感を感じる人もいるでしょう。ふたつの使い分けに迷ったら、「寂しい」と表記することをおすすめします。


【ふたつの「使い分け」がわかる「例文」】

■「寂しい」の例文

・「ビジネスマンがいない休日の丸の内は寂しいかと思ったら大間違い。多くの観光客が闊歩していた」

・「なんとなく襟元が寂しく見えるので、スカーフを巻いてみた」

・「異動になった彼女からはあまり連絡もなく、一応交際中だというのに寂しい限りだ」

・「寂しい夜道を女性がひとりで歩くのは危険だ」

「淋しい」の例文

・「滅多に会わないでも永い別れとなると淋しい感がある」(内田魯庵 『鴎外博士の追憶』より)

・「父の葬儀が終わりひとりで部屋に戻ると、それまでは感じなかった淋しさが、突然、私を襲った」

・「ひとりでいると淋しくて淋しくて、いたたまれない気持ちになる」


【亡くなった人への気持ちにはどちらを使う?】

誰かが亡くなった場合の気持ちを表すには、「寂しい」と「寂しい」、どちらを使っても間違いではありませんが、ビジネスメールや、目上の方への手紙などでは、常用漢字である「寂しい」を使用するのがよいでしょう。


【「類語」「言い換え」表現は?】

・物悲(ものがな)しい
なんとなく悲しい様子。「物悲しい夜道をひとり帰る」

・うら寂しい
なんとなく寂しい様子。「冬のうら寂しい景色」

・侘(わび)しい
心細くて寂しい様子。みじめな気持ち。「侘しく暮らす」

・寂寥(せきりょう)
音もせず物寂しい様子。「寂寥たる真夜中」

・寂寞(せきばく・じゃくまく)
物寂しくて気持ちが満たされない様子。「佳景寂寞として心すみ」(奥の細道)

・閑散(かんさん)
ひっそりとして物静かな様。「閑散とした海水浴場」

・物足りない
なんとなく満足できない。「それだけでは物足りない」


【英語で言うと?】

「心細い」という意味の[lonely]やストレートに「物悲しい」を意味する[sad]で「さびしい」は表現可能です。他に「寂しい裏通り」は[a deserted back street]です。

・I'm going to be very lonely when you're gone.(君がいなくなると寂しくなるよ)

・He smiled sadly .(彼は寂しく笑った)

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「寂しい」と「淋しい」、「さびしい」と「さみしい」。これらは古くから使われてきた言葉が音変化して分かれたもので、いずれも誤りではありません。ただし、微妙なニュアンスの違いがあります。

公式な文書やビジネスシーンでは、常用漢字であり使用範囲の広い「寂しい」「さびしい」を用いるのが一般的です。もし迷ったときには「寂しい」を選ぶと安心でしょう。

この記事の執筆者
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参考資料:『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /『プログレッシブ英和中辞典』(小学館) /『日本大百科全書 ニッポニカ』(小学館) /『使い方の分かる 類語例解辞典』(小学館) /『角川類語新辞典』(角川書店) :