昨今の「猫ブーム」とは対極にあるような、荒野でたくましく生きる一匹の雌猫。

そんな猫を主人公にした物語『荒野にネコは生きぬいて』の面白さを、劇作家の長塚圭史さんが語ります。

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「自然保護にせよ、動物愛護にせよ、そもそも人間がいなければこうした概念は生じなかった。

けれど我々は今日もこうして存在し、世界を分断し領土を分ち所有して、地球を浅ましく貪っては、思い出したように愛でている。

しかしこれはどうしようもない。

発展・開発の欲望を諦めない限りは、原始的生活に回帰する覚悟を決めなければ、この光景は変わらない。そして人間の欲望は如何とも止めようがない。

 

雌の子猫が荒野に捨てられる。

この捨て猫が荒野を生き抜いてゆくのがタイトルどおり本書の物語だ。

対象を『小学中級以上』としながら、この雌猫の生涯は物凄まじい。昨今の少々だらしのない猫ブームを一蹴する。

逃れようのない本能から本書は目を背けない。成猫になった雌猫は、雄猫と出会えば子を孕み、ほとんど訳もわからず産み落とす。だが母猫となったその瞬間、子猫を守って行く喜びで『体じゅうぞくぞく』するのだ。

しかし大事に育てた二匹の子猫は、空き瓶から生じた山火事で失う。自身も怪我を負い満身創痍。けれども体力が回復し、季節が巡れば、また雄猫と出会い、また子猫を産む。その子猫たちを猟犬から守るため、自ら囮おとりとなって逃げ惑ううち、あまりの恐怖のために守っていたはずの子猫たちの存在を忘れてしまい、また一匹で生きてゆくのだ。

圧倒的な動物本能と併せて、この猫が人間への依存をやめられない描写が折り込まれてゆく。人間に近づけば、食事や暖かい寝床を得られるのだということを捨て猫は知ってしまっているのだ。荒野に捨てられても、猟犬を放たれても、山火事を起こされても、冷水をかけられ放り投げられても、それでも人間と共存してゆく。

人間はいるのだ。知ってしまった以上、ましてや捨てられた猫は、人間のいる荒野を生き抜かねばならない。地球を貪る人間の棲む荒野を」

 

■1910年イングランド北西部生まれの作者が描く、ネコの忍苦の一生。環境の厳しい高原地帯で勇敢に生き抜くネコを、客観的な視点でとらえる。同作者によるハリネズミ、ポニーを描いた作品も興味深く、併読もおすすめ。

 

この記事の執筆者
1975年、東京都出身。1996年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。2008年、文化庁新進芸術家海外研修制度にてロンドンに1年間留学。2011年、「葛河思潮社」を始動。近年の作品に舞台『浮標』演出・出演、『夢の劇─ドリーム・プレイ─』台本・出演、『ツインズ』作・演出、『十一ぴきのネコ』演出、『かがみのかなたはたなかのなかに』作・演出・出演、『蛙昇天』演出など。また俳優として、NHK『あさが来た』、NTV『Dr.倫太郎』、WOWOW『グーグーだって猫である』シリーズ、映画『バケモノの子』、TOKYO FM『yes!~明日への便り~』など積極的に活動。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。 好きなもの:サム・ペキンパー、鰻、文房具(特にノート)、散歩、澁澤龍彦、カレー、ロンドン、春の祭典、高校野球、ナイツ、広島東洋カープ、塚本晋也監督『野火』、ソーセージ、冬、猫のいる生活、足、三好十郎、空いているバス、そば屋で昼酒、昔の原宿、本屋、『宇宙戦争』、日曜の朝のラジオ、有元利夫、早川義夫、下北沢ザ・スズナリ、アントニオ・タブッキ、CAMPER、市川紗椰、諸星大二郎
クレジット :
撮影/田村昌裕(FREAKS) 文/長塚圭史
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