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マーク・ジェイコブスのショーに参加するナオミ・キャンベル(左)とリンダ・エバンジェリスタ。1995年ニューヨークにて。(C)Sonia Moskowitz/Getty Images

56歳、乳ガンで亡くなったスーパーモデル。今もガンの再発と闘うトップオブトップ

90年代を席巻したスーパーモデルブーム。中でも5Gと呼ばれたビッグ5は、それこそ女優もアーティストもかなわない圧倒的な存在であったが、昨年1月、5人のうちの1人、タチアナ・パティッツが死去したことが報じられた。

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2019年のタチアナ・パティッツ。スペインのパルマ・デ・マヨルカで開催されたレムス・ライフスタイル・ナイトにて。(C)Isa Foltin/WireImage

リンダ、ナオミ、シンディ、クリスティーという他の4人に比べると、日本での地名度はさほど高くはなかったが、タチアナの個性である知的でクールな硬質の美しさはきっと脳裏に焼き付いているはず。

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タチアナ・パティッツと『ニッチメディア』創設者ジェイソン・ビン。1990年ニューヨークにて。(C)Jason Binn/WireImage

ドイツ生まれ、スウェーデン育ち。17歳でモデル・コンテスト入賞、19歳で英国VOUGEの表紙に起用され、シャネルなどのハイブランドに愛され、ハリウッド映画にも出演している。一線を退いた後は、動物愛護や自然保護などにも力を尽くしていたと言われ、アメリカで牧場経営していたともされたが、闘病生活の末に、乳がんによって56歳の生涯を閉じている。

奇しくも数年前から、彼女たちが象徴である90年代ファッションが復活トレンドとなっているが、こうしたタチアナの死もあり、ふと振り返ってみたくなったのは、あの熱狂的なスーパーモデル人気とは一体何だったのだろうということ。

世界一ギャラの高いモデルが、夫のDVに苦しんでいたとは!

じつは、スパモ・ブームの最大の立役者であるリンダ・エヴァンジェリスタもじつは乳ガンに侵され、乳房摘出手術を受けており、世紀のトップモデルであった人がじつに勇気ある決断をしたと賞賛されたが、一昨年再発がわかり、今もなおガンと向き合っている。

この人は3年前にも、いわゆる細胞冷却療法のクールスカルプティングという痩身の美容医療で、逆に細胞脂肪細胞が増えてしまうという極めて稀な副作用に見舞われるが、それを自ら公表し、訴訟に持ち込むなど勇敢な行動に出て、再び脚光を浴びている。今の自分を見て欲しいとばかりに、新たに雑誌の表紙に登場するなど、臆することなく活躍を再開させているのだ。

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2024年ニューヨーク・メトロポリタン美術館で開催された「眠れる森の美女 ファッションの目覚め」を祝うメットガラに出席したリンダ・エバンジェリスタ。(C)Theo Wargo/GA/The Hollywood Reporter via Getty Images

それだけではない、リンダの最初の夫は、当時モデル界の帝王とされたエリートモデルマネジメントのトップだが、2020年、まさにMeToo運動の最中、かつてこの人物から性的暴力を受けたと名乗り出るモデルが次々に現れると、リンダは自らもこの元夫からDVを受けていたことを吐露。と同時に、名乗り出たモデルたちの勇気を賞賛し、彼女たちを助けられなかったことを申し訳なく思うと語った。

ちなみにこの元夫は、多くのモデルたちへの性的暴行を否定し、なぜか起訴を免れたが、ご存知のように世界的に広がっていったMeToo運動は、主にこの90年代に起きたセクシャルハラスメントを、30年経ってようやく糾弾するに至った形。

全盛期のリンダは、「1万ドル以下の仕事なら、ベッドから起きない」と言われたのは有名な話。それくらい超売れっ子であり、完璧な美を備えていた。そんな人が夫からの虐待に苦しんでいたなど、誰が想像できただろう。ガンの発症も、当時のストレスや、常人には理解のできないプレッシャーが1つの要因になったかもしれないと考えると胸が痛い。

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リンダ・エバンジェリスタとカール・ラガーフェルド。1991年、ニューヨークでのシャネルファッションイベントにて。(C)Sonia Moskowitz/Getty Images

とは言え、世界一の美貌を讃えられた人のプライドが、そうした苦難も堂々と乗り越える強さをもたらしたのだと考えれば、ただただ凛々しく、いっそ清々しい。

 90年代ファッションの復活トレンドが孕む危うさ

一方で、その頃のファッションやカルチャーが今もてはやされている現実を、危惧する人もいる。スーパーモデルは言うまでもなく、ルッキズムの象徴的存在。彼女たちをハイブランドがこぞって起用し、スーパーセレブになることは、ブランド至上主義、ひいては外見至上主義を煽ることとなる。

また、世の中から崇められた著名なスーパーモデルですらセクハラを体験していたと言うし、そこに追随する多くのモデルたちがひどい待遇に加え、性的搾取を余儀なくされていたことは、古い時代の男尊女卑にも通じる。20世紀初頭のバレリーナが、まるで品定めのような舞台の後に紳士たちの相手をさせられたという、ルッキズムの黒歴史を彷彿とさせるようなことが実際にあったと言われるのだ。

またモデル志願者ばかりか、一般女性ももっともっと痩せなければいけないと言う強迫観念から、拒食症の問題が深刻化したり、痩せこけたモデルの需要から、ドラッグが蔓延したり……。スーパーモデルたちはヘルシーなライフスタイルを盛んに提唱したが、それは決して健全な時代ではなかったと言えるのだ。

ただ改めて振り返ると、 ある意味この時代があったからこそ、21世紀以降、地球保護や多様性が本格化し、かつて横行したセクハラやパワハラを許すまじという倫理観や正義感やエシカルな考え方が、どんどん具現化していったと考えてもいい。それも含めて、あの時代を見つめ直すべきなのだろう。

奇しくも日本は、90年代冒頭に狂乱の時代とも言えるバブルが、ピークを迎えた途端に崩壊している。90年代はそういう意味でも“学びの時代”だったと言っていいのだ。

アンガーマネージメントに身を委ねるナオミ。新たな憧れの的、シンディ

ちなみに、スーパーモデル“ビック5”の他の3人は、今も現役として度々表舞台に登場するが、90年代がいかにヒステリックな時代だったとしても、さすがは時代の寵児となったエリートたち。決して身を崩すことなく、美しく歳を重ねている。

ちなみにナオミ・キャンベルは、アシスタントや運転手等への暴行で何度も起訴され有罪となっているほどの“問題児”であったものの、幼い頃から自分の中にある怒りを抑えられないという自覚を持って、アンガーマネージメントに身を委ねるなど、多くの批判と逆風を乗り越える強さを見せていた。

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1991年のナオミ・キャンベル。ミラノにて。(C)Vittoriano Rastelli/CORBIS/Corbis via Getty Images

そしてなんといっても、黒人モデルとして初めてVOUGEの表紙を飾るなど、 常に人種差別と戦い、勝利を勝ち取ってきた人。大統領が黒人になってもなお社会的な差別はなくならないと訴えるなど、この人だから世の中を動かせる説得力あるメッセージを送り続けている。

最近は次世代のヴィトリアズ・シークレットの下着モデルにも復帰。昔のようにただ細いだけではない、引き締まった肉体によって年齢を超えた美しさを身を持って伝えており、自分の使命を見つけた人として生き生きと自分の道を歩いているのだ。

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2023年ヴィクトリアズ・シークレットのショーにて。(C)Taylor Hill/Getty Images

一方、シンディ・クロフォードは、58歳の今も変わらぬ美しさを誇り、実業家の夫や子供たちとの幸せな生活が、改めてシニア世代の憧れの的となっている。

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シンディ・クロフォードと実業家の夫であるランディ・ガーバー。ニューヨークで開催されたクルーニー財団のアルビー賞レセプションにて。(C)Taylor Hill/WireImage

もともと医者か弁護士を目指していたと言われる知性の持ち主だからこそ、18歳で両親よりも稼いでいたという異例のサクセスで始まる人生においても、身を持ち崩さずに生きてこられたのだろう。当然のように慈善的な活動にも熱心だ。歳を重ねてなお輝く鍵は、“知性と幸せ”であることを改めて教えてくれる存在なのである。

アンチ整形派のクリスティーは、スパモブームの最高傑作!

そして、とりわけナチュラルかつ上品な美しさで人気を誇ったクリスティー・ターリントンは、ヨガブームの火付け役としても有名だが、もともと東洋哲学に関心を持っており、20代半ばでニューヨーク大学において比較宗教学の学位を取るなど、大変な勉強家。自らの妊娠を機に知ることとなる“発展途上国の妊産婦の現状”に心を痛め、コロンビア大学で公共健康学の博士号を取得、積極的な活動も始めていて、ドキュメンタリー映画『No Woman, No Cry』も自ら監督。ありきたりで表面的な人道派のアピールではなく、本気の社会性を持つ人だということがわかるはずだ。今も現役モデルとして活躍する一方、ジャーナリストとしての顔も持つ、文字通りの才色兼備が眩しい。

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1998年、ロンドンの百貨店・セルフリッジでカルバン・クラインの広告ビジュアルを掲げるクリスティー・ターリントン。(C)Fred Duval/FilmMagic)

何より、クリスティーは兼ねてより“アンチ整形手術派”も自認しており、あるインタビューでは「整形を受けた人を見て、それを良い選択だったと思ったことがない。私には奇妙にしか見えない」と明快に語り、55歳の今もシワは目立つものの、見事なまでにナチュラルな美しい姿でランウェイのトップを歩いている。この人こそスパモブームの最高傑作と言えるのではないだろうか。

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シャネル トライベッカ フェスティバルへ向かうクリスティー・ターリントン。(C)Ignat/Bauer-Griffin/GC Images

こう見てくると、スーパーモデル・ブームがその背景にいかに不健全なものを秘めていたとしても、この時代を代表するビッグモデルたちは、やはりただ者ではなかったということが炙り出される。激動の時代を力強く生き、全員50代となった今も、それぞれに素晴らしい生き方を見せてくれている訳で、彼女たちはルッキズムの象徴である前に、時代の先頭を歩く“自立した女性”の代表的であったのだと、今しみじみ思う。だから、かつてそのビジュアルに憧れた人も、改めてその生き方に強く共感できるに違いない。

それこそ、90年代に20代を生きた人々は、自らの成長をそのスーパーモデルたちの今に重ねてみることだってできるはず。ルッキズムが終わりを迎え、もはや若さ=美しさではなくなったと言われながらも、じゃあ一体自分はどうやって年齢を重ねたら良いのか?と戸惑うPrecious世代に対しての、尊い指針となってくれるのではないだろうか。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
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Getty Images
EDIT :
三井三奈子