そもそもディオールがこの人を選んだ理由

その時代に最も輝く上質の女性を、何とも的確にアンバサダーにし続けてきたのが、クリスチャン・ディオール。このブランドが誰を選んだかを見れば“時代が求める女性”がわかるほど。

つい先ごろ、「ジャドール」の顔=”フェイス”が、シャーリーズ・セロンから、トップアーティストであるリアーナに変わったばかり。ラグジュアリーで知的な絶世の美女から、グラミー賞9回受賞の若きレジェンドにして多様性の時代を象徴する人へと、大胆なシフトを見せたこと、さすがディオールと業界を唸らせている。

そして2010年からブランドの、2015年から「ミス ディオール」のフェイスを務めているのがナタリー・ポートマン。先ごろ「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」に際して来日したナタリーポートマンは眩しいほどに美しく、誰もがその人選に改めて納得したはずだけれど、ディオールがナタリー・ポートマンと契約した理由は、そもそももっと深いところにあったはずなのだ。

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東京 六本木ミュージアムで開催された「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」。ミス ディオールのミューズであるナタリー・ポートマンも来日。(C)Suguru Tanaka

「ミス ディオール」は言うまでもなくクリスチャン・ディオールの最愛の妹をイメージして作られた香り。その人、カトリーヌ・ディオールは裕福な家に生まれながら、令嬢という立場に甘んじることなく、第二次世界大戦中、占領軍への抵抗運動に身を投じるフランス レジスタンスとして活動した、極めて勇敢で正義感の強い女性であった。しかもゲシュタポによって拘束され、強制収容所に収容されながらも逞しく生き延び、大戦後に解放されている。

その一方で、花をこよなく愛するたおやかな心も持ち合わせる女性で、戦後パリに戻ってからは、パリの中央市場レアルで花を卸す仕事を始めていた。抵抗運動の功績からフランス政府に勲章を複数授けられるものの、表舞台に出ることなく、その後は花々とともに生きるような穏やかで美しい生活を送ったという。

カトリーヌ・ディオール(C)Christian Dior Parfums collection, Paris
カトリーヌ・ディオール(C)Christian Dior Parfums collection, Paris

「ミス ディオール」のCMで、ナタリー・ポートマンがスポーツカーの後部座席に花をいっぱい積んで走るシーンがあるけれど、それはひょっとするとカトリーヌ・ディオールへのオマージュなのかもしれない。

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「ミスディオール」CMのワンシーン。(C)パルファンクリスチャンディオール

ハーバード大学とイエール大学両方に合格。それでも不安定となった学生時代

なぜナタリー・ポートマンなのか、少しわかってきたはず。この人は、とてつもなく美しいけれど、ただの美人女優ではない。

ご存知の通り13歳で、リュック・ベッソン監督の『レオン』に出演して、いわゆる天才子役として世界的な注目を集めた訳だが、オーディションでは2000人以上の中から選ばれたと言うほど、少女と思えない美貌と才能に溢れていた類稀な逸材。オファーが集中するものの、16歳からは学業に専念、ハーバード大学とイエール大学両方に合格している。

そして大学時代も女優はほぼ休業状態、学問のためには女優のキャリアを失っても構わないとまで考えていたと言うが、それも『スター・ウォーズ』でアミダラ姫を演じて既に大スターとなっていた立場から、ハーバードにラッキーで入れた"おバカな女優"のレッテルを貼られるのを恐れ、精神的に不安定な状態になるほどに、必死で勉学に励んだと言うのだ。

卒業後は女優業に戻るものの、もともと女優になることを反対していた父親は、いよいよ自身と同じ医者か学者、弁護士になることを切望したと言う。「知的生活の方が、人生において満足感が得られるから」と。そういう環境で育ったことも、この人をただならぬ存在にしたと思う。

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1996年、ナタリー・ポートマンと両親。父であるアブネル・ヘルシュラグは、イスラエル人で産婦人科医。(C)Mitchell Gerber/Corbis/VCG via Getty Images

結局、自分の意志を通し、本格的に女優として始動するも、「ハリウッドは浮き沈みが激しく、今日は褒めちぎられたと思ったら、明日には罵倒される狂った世界。だからこそ自分には家族が何よりも大切なのだ」と、あるインタビューで語っている。

なぜ、なかなか代表作に恵まれなかったのか

話を元に戻して、復帰後まもなく、ストリッパー役で注目を集め、その後も立て続けにスキンヘッドにヌードにと、なかなか過激な役に挑戦をし続けたのも、完璧な美貌やハーバード大卒で6カ国語を操るIQがかえってアダになり、役柄が絞られてしまう可能性を見越してのことだったのだろう。

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2005年5月に開催された第58回カンヌ国際映画祭にて。映画『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』のプロモーションフォトコールに出席したナタリー・ポートマン。(C)Evan Agostini/Getty Images

しかも当時のナタリーは、自ら作ったイメージを壊すことに必死だったはず。「多くの人は私がとても真面目で潔癖な堅物、保守的な人というイメージを持っていたはずだけれど、それはある部分、自分が意識的に作り上げたもの。そうすれば、このハリウッドでも"物"として扱われ消費されることなく、安心していられるから」と。少なくとも優等生なイメージは、自分を守るためだったと吐露しているのだ。

それは『レオン』に出演した時、少女でありながら性的な対象として見られることを自ら感じ取り、その後にやってくる『ロリータ』出演のオファーも断り、性的な対象になるのを避けるためにこそ堅実なイメージをあえて作り上げたと言うのである。
なかなか代表作と呼べるものに出会えなかったが、30歳で早くも映画の制作総指揮を務めるなど、早熟にキャリアを積んでいるのは、この人の焦りのようなものがあったということだろうか。

そういう意味でも一つの転機になったのが、アカデミー賞主演女優賞を獲得する『ブラック・スワン』だった。生真面目で内向的なバレリーナが、黒鳥の役をライバルに奪われないために殻を破ると言うストーリーは、本人の苦悩とシンクロし、この映画のヒロイン同様、一皮剥けたという評価が多く聞こえてきた。

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2009年12月、ニューヨーク市のマンハッタンの路上にて。映画『ブラック・スワン』でのロケのワンシーン。 (C)Bobby Bank/WireImage

この映画では運命の出会いもあり、バレエの振り付けを担当したバレエダンサーと結婚に至ったことは、映画のヒットとともに大きな話題となった。

“妻にしたい女性”のナンバーワン? 服は必要がなければ買わない?

実はその一方で、 英国雑誌系のウェディングプランニング・サイトが実施した“妻にしたい女性”部門で、ナタリー・ポートマンはなんと第1位に輝いている。2位はミーガン・フォックス、3位はケイティ・ペリーという結果。英語圏のこうしたアンケートはどこに基準があるのか、日本人には実感として掴みにくいけれど、逆に“妻にしたくない女性”部門のトップ3を聞くとなるほどと思う。ドラッグと飲酒問題が多かった今は亡きエイミー・ワインハウス。そしてリンジー・ローハンにブリトニー・スピアーズというお騒がせ系。妻にしたいのは、やはり真面目で聡明で問題を起こさない優等生なイメージを持つ人と言うことで、自らコントロールしたイメージも含めて、見事にそういうポジションにあることを印象付けた。

ただ実際のナタリー・ポートマンの私生活は、既成のイメージ以上に極めて質素であるという。プライベートジェットで動き回るような事はもちろん皆無で、旅行には列車で行けるところを選ぶようにして、飛行機を使うのは基本的に長期滞在の時のみ。普段の移動は電気自動車のカーシェアだという。

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2019年9月、ロサンゼルスで犬の散歩をするナタリー・ポートマン。(C)BG010/Bauer-Griffin/GC Images

また何といっても、私服にお金をかけないのがモットーで、どうしても必要でなければ買わない。しかもヴィンテージの服を選ぶことが多いのだとか。家の中のものが壊れても、なるべく修理して使い、新しいものは極力買わない。バッグさえ修理して使うという。また本の虫だけれど、図書館を利用。セレブ生活と間逆の徹底したエコ生活を送っていて、ある意味“奇跡的に普通の生活をしているハリウッドセレブ”と言っていいのだろう。妻にしたいNo. 1となるのもよくわかる。

ヴィーガンどころではない、動物素材を使わない靴のブランドを創設

子供の頃からずっとベジタリアン、途中からヴィーガンとなったのも、幼い頃に見た生き物にまつわる悲惨なビデオをきっかけに、早々に動物愛護に目覚めたから。それも主義主張だけではなく、バックや靴に関しても革製品や動物性の材料を使ったものは買っていないし使っていない、その代わりに動物性材料不使用の靴のブランドを立ち上げたりもしている。全てに"本気"なのである。

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2008年「テ・カサン」とのコラボレーションでヴィーガンシューズを発表。(C)Astrid Stawiarz/Getty Images

貧困問題に取り組む団体のアンバサダーを務め、女性をサポートする運動においても、数年前のオスカーでは、ノミネートされなかった女性監督たちの名前を刺しゅうしたディオールのケープをまとうという、ユニークな形で差別問題に取り組んでいる。

つまり何一つおざなりにしない。生きることに一生懸命な人だということが、まざまざと伝わってくる。

ふと思うのは、美貌も知性も才能もほとんど100点満点の人は、何かもうそれ以上望むものは無いと言う境地にまで達しているのではないかということ。

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第92回アカデミー賞授賞式に出席したナタリー・ポートマン。黒いケープには、この回のアカデミー賞にノミネートされなかった女性監督の名前の刺繍が。(C)Steve Granitz/WireImage

ただ、結婚から12年、二人の子供をもうけ、それまで仲睦まじい夫婦として知られていたのに、突如“夫が環境運動家の若い女性と不倫”というスキャンダルに見舞われる。夫は反省し、離婚を望まなかったと言うし、一時は、離婚を回避したと言う報道も度々あったから、結婚生活を続けるためにおそらく大変な努力をしたのだろう。でも結果として、離婚を選択しているのだ。

その辺りにも、何事もごまかさない、生きる上での本気さが出ている。だから、この人の選択なら……ということで、一般的にハリウッドの離婚に際して漏れてくる「あぁ、やっぱりね」といったため息は聞こえてこない。むしろこの人を、これまで以上に支持するメッセージが目立つのだ。

精神年齢と実年齢のギャップに悩んだに違いない40年!

美しすぎる上に、才女すぎる上に、真面目で礼儀正しくて、立派すぎるために、近寄りがたいイメージがあった人。逆に今回の離婚が、この人を初めて身近に感じるきっかけになったと言う声もあるほどに。

かくして、しなやかに、たおやかに生きながらも、ハリウッドや社会の不条理と闘い、決して妥協しない……そこが明らかにカトリーヌ・ディオールとダブってくるのだ。

そういうことを含めての起用だったと言いたいのである。

ちなみに聡明すぎるから、少女の頃に世の中の仕組みが見えてしまい、自分のイメージをコントロールしながら自らを守るような、精神年齢の高さと思慮深さを備えていた人は、だからこそその一方で、きっと同年代の中でも、またハリウッドの中でもずっとずっと孤独であったはず。

そもそも人間、精神年齢と実年齢の乖離が大きいほど、悩みも多い。この人はそういう意味で、10歳の時にスカウトされて以来、10代も20代も30代も、ずっとそのギャップに悩んできたのではないだろうか。あまりに老成していて。

でも43歳になった今、ようやくその精神年齢と実年齢が一致してきたのではないかと思う。そういう意味で、やっと楽になったのではないかと思うのである。

今のピュアな美しさは、この人自身が一番居心地のいい年齢になった証。新しい恋にも早く出会ってほしい。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
PHOTO :
Getty Images, Suguru Tanaka
EDIT :
三井三奈子